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異世界で騎士をはじめました。  作者: ダージリン
第二章 見習い
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見習い初日(4)

やっと、鈴蘭の戦うシーンを書いてみました。



 鈴蘭は今、訓練場に足を踏み入れている。ここは先程アグニアスに会うため訪れた場所だ。あの時は隠れて見ていただけだが、こうして堂々とこの場に立っていられることがとても嬉しい。


 私の中に期待が満ちた。と、同時に少しの居心地の悪さを感じる。それは多くの視線。

 私たちが訓練場を訪れると、今まで鍛錬に励んでいた騎士たちが一斉に動きを止め、こちらに視線を向けてきたのだ。

 

 あれは驚いた。驚きのあまり、手近にあったアーノルドの背に隠れてしまった。だがそれも一瞬のこと、すぐ殿下に引っ張り出され、訓練場のど真ん中へ連れて行かれた。


 ・・・うへぇ、じろじろ見るな。私しゃ見せもんじゃない。


 彼らが食い入るように見てくるのは、明らかにこの場にそぐわない私が珍しいからだろう。しかし、私だけが原因でないことも窺えた。

 私の手を引く殿下、その後に続くアーノルドとクラウスにも視線が集まっている。


 王子とその側近二人が突然現れたのだ。そりゃ、騎士さん達はビックリするよね。

 ここへ来る途中知ったんだけど、アーノルドは竜騎士団の団長らしい。騎士団の中でも、最も競争率の高い竜騎士団の頂点に立つ彼は、最早騎士たちの間では憧れの存在とのこと。


 そしてクラウスは公爵家の長男で、次期宰相候補。彼の母は降嫁した皇帝の姉、つまり王女で、殿下の従兄弟にあたるらしい。

 王家の次に権力のある一族、すごいな。


 王子にその従兄弟、竜騎士団団長・・・よくよく考えたら素晴らしいメンツだ。顔だけでなく、権力もトップクラスとは、何と恐ろしい集団だ。そんな完璧とも言える彼らに連れられる、ちっさいチンチクリンな私。奇異な目を向けられて当然だ。私は何度も溜息をついた。


「さて、これからスズランの実力を見せてもらうが、相手はどうするか・・・」


 イグネイシャスは微動だにしない騎士たちを一瞥する。


「俺が相手をしよう」


「お前は下がっていろ」


 イキイキと隣から相手に願い出るアーノルドを、イグネイシャスは声だけで制した。断られたアーノルドは、つまらなさそうに肩を落とす。


「おい、訓練生はいるか?」


「はい、10名おりますが」


 一番手前にいた騎士が敬礼をし、よく通る声で答える。


「よし、訓練生全員前へ出ろ」


 イグネイシャスの言葉に、おずおずと訓練生、ヒヨっ子騎士が前に出て来る。彼らはまだ正式な騎士ではない。言ってみれば、鈴蘭と同じ見習いだ。訓練生を一年間経て、初めて騎士を名乗ることができる。


「これからお前たちには、彼女の相手をしてもらう。やることは簡単だ。素手同士の組み手をしてもらう」


 イグネイシャスは後ろを振り向き、黒髪の少女に視線を向けた。


「スズラン、準備は出来てるか?」


「何時でも」


 鈴蘭は訓練生10名を眺め、静かに答えた。イグネイシャスは頷き、再び訓練生に目を向ける。


「では、そこのお前。こちらへ来い」


 一番右端にいた青年が指名された。鈴蘭と青年は5メートル程距離を取り、お互い向き合う。

 ひょろくもなく、ゴツイわけでもない。均整のとれた筋肉と、おそらく170後半くらいの身長。それに比べ、鈴蘭は150ちょっと。二人を見比べて、どちらが勝かと問われれば皆一様に、青年を示すだろう。


 そんな二人を戦わせる理由が騎士達は全く分からず、どよめきが広がる。


「お互い手加減はするな。全力でやれ、いいな?」


 イグネイシャスの言葉に、鈴蘭はゆっくり頷き、青年はイグネイシャスと鈴蘭を交互に見て、焦りながらも何度か頷く。



「おい、何で俺じゃダメなんだ?下手な奴が相手だと、スズランが怪我をするぞ」


 横から小声で言うアーノルドに、イグネイシャスは前方を見たまま淡々と答える。


「だからだ。お前が相手では本当の実力が見れん。お前は手加減するからな。対して訓練生はまだまだ未熟。戦う技術も精神もな。スズランが弱ければ相手が適当に勝つか、怪我をさせるだろう。反対に、彼女が強ければ、当然相手も本気でかかる。この場に手加減は不要だ」


「厳しすぎじゃないか?スズランは女の子だぞ?」


 アーノルドは眉間に皺を寄せ、低い声をさらに低くして言う。少し苛立ちを含んだ彼の言葉に、イグネイシャスは顔色一つ変えない。


「この世界で性別は関係ない。弱ければ命を落とすだけだ。本人にそのことを自覚してもらう必要がある。ただの憧れで死んでもらっては困るからな。これは彼女のためでもある」


 イグネイシャスの言うことは正しい。現実を知ることは大切なことだ。ここで手加減でもして、己の実力も分からず騎士を目指したら、苦痛を味わうのはスズランだ。今甘やかすのは得策ではない。むしろ叩き落とすくらいしなければ、そしてそれに耐え抜いて、初めて彼女の意思が本物だと言えるだろう。


 我が主が、ここまでするとは。余程スズランを気に入っているんだろう。大切だから死なせる訳にはいかない。その為にはどんな手段も選ばないってことか。


 アーノルドは肩を竦めて笑う。


「そりゃ、まあ、そうだな。これで諦めてくれたら一番願ったり叶ったりなんだが」


「同感だ」


 イグネイシャスも軽く肩を竦め、溜息混じりに言う。

 そして、向かい合う二つの影に緊張を帯びた声をかける。


「二人とも、準備はいいか?」


 イグネイシャスに二人はコクリと頷く。


「では始め」


 号令と共に動き出したのは青年の方。蟹歩きのように、横へジリジリと移動する。様子を窺っているのだろう。一方、鈴蘭は微動だにしない。ただ青年を見つめているだけだ。


 怯えて動けない、ワケではなさそうだ。しかし、青年のように様子を窺うのとは何か違う。

 ジッと見つめるその瞳は、何かを待っているように思う。そう、相手が近づいてくるのを待っている。イグネイシャスはそう感じた。


 お互い睨み合って、2分が経過した。シビレを切らしたのは青年だった。青年は一気に間合いを詰め、鈴蘭へと拳を突き出す。誰もが鈴蘭の痛々しい姿を想像した。


 しかし、その想像は全くの空振りとなる。


 拳が鈴蘭に当たる直前で、彼女はそれをひらりと一歩後方へ動いて避けた。避けたと同時に、己の目の前に突き出された腕の肘と手首を掴み、反転してそのまま青年を投げ飛ばした。


 青年は軽々と宙を舞って、地面へ叩きつけられる。「うぐっ!」と、くぐもった呻き声を上げ、青年は背に受けた衝撃に、上手く呼吸ができず激しく咳き込んでいる。


 今起こった出来事に、誰もが言葉を失った。皆信じられないものを見ているようだ。騎士達は勿論、アーノルドやクラウス、イグネイシャスまでもが目を見開いている。


 誰が想像するだろうか。小さな少女が大の男を投げ飛ばすなど・・・。


「ごめんなさい、大丈夫ですか?」


 皆が放心している間に、鈴蘭は投げ飛ばした青年に近寄り、労わる様に背を撫でる。あまりの出来事に、投げ飛ばされた本人は戦意を喪失しているのだろう。すでに彼に戦う意思は無い。


 どういうからくりだ?スズランに彼を投げ飛ばすだけの腕力があるとは到底思えない。腕力でないなら、一体どんな方法で投げ飛ばしたのか。


 イグネイシャスは想定外の展開に、驚きを隠せなかった。が、同時に体が疼いた。

 久しぶりだ、こんなに何かが面白いと思ったことは。


 小柄な少女が男を投げ飛ばしただと?ありえない。面白すぎるだろう。


 口角が上がるのを、イグネイシャスは抑えられなかった。


「スズラン、相手を増やしてもいけるか?」


 挑戦的な目を向けて言うと、彼女はニヤリと笑って「残り全員でかかってきても平気です」と言ってのけた。残りというと、9人。9対1か。少々気が引けたが、本人がいいと言っているんだ。やらせてみよう。


「残り9人、全員でかかれ」


 イグネイシャスの言葉に、固唾を飲んだ訓練生9名は素早く鈴蘭を取り囲んだ。


「遠慮無く来て下さい」


 鈴蘭はニッコリ微笑んでそう言った。その言葉が発せられた直後、言葉通り全員が鈴蘭へ襲いかかる。

 四方八方から繰り出される拳や蹴りを、鈴蘭は顔色一つ変えずに受ける。かわしては投げ、転がし、押さえ付け、また投げ飛ばし。青年たちは面白いほど意図も簡単に投げ飛ばされている。


 目の前で繰り広げられているものが、まるでダンスのよう感ぜられた。

 鈴蘭はひらりひらりと移動しながら、向かってくる男たちを投げる。そのあまりに軽やかな動きはダンスそのもの。

 青年たちは鈴蘭に踊らされる人形にすら見えた。


 漆黒の髪がくるくると回る。イグネイシャスは食い入るように、鈴蘭を見つめた。


 綺麗だ。と、素直に思った。取っ組み合いが綺麗と、美しいと思ったことなど初めてだ。

 心臓が激しく脈打つ。体中の血液が沸騰するほど、高速に駆け巡った。


 高鳴る鼓動を確かに感じ、イグネイシャスは一度瞼を閉じた。


「止め、そこまでだ」


 心を落ち着かせ、静止の声をかけた。ピタリと、10人がその場で動きを止める。青年たちはゼェゼェと荒く肩で息をしている。対して鈴蘭は息一つ乱していない。


 結果は誰が見ても明白だ。


 俺は甘く見ていた。


 イグネイシャスは、己の考えを反省せざるを得なかった。

 彼女は本気で騎士を目指している。そして、その素質もある。


 自分も、騎士に所属する身。優れた人材を見逃すわけにはいかない。

 彼は覚悟した。


 彼女を育てよう。立派な騎士に。誰にも負けない、強い騎士に。



 イグネイシャスは強い眼差しで鈴蘭を見つめた。それを横目でアーノルドが見遣る。


「決まりだな」


 フッと小さく笑い、彼も黒髪の少女に視線を向けた。




ありがとうございます。

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