覗き魔は赤髪の青年
狼に連れられてやって来たのは、私一人悠々と入れるほど大きな洞穴だ。まあ、大きくて当たり前か。そう、まだ言っていなかったが、この狼の体はかなり大きい。例えるならば、馬と同じかそれより少し大きいくらいだろう。私が背に乗っても全く問題なさそうなほどガッチリもしている。
あ、乗れないか。私が丸焦げになってしまう。
前を歩く狼を眺めながら色々思っていると、くるりと狼が振り返る。
『ここで待っていろ』
そう言って、狼はさらに奥へ進んでいった。
待てと言われたので、洞穴の中に腰を下ろすと、お尻がひんやりと冷たかった。狼は程なくして戻って来た。口には果物を咥えている。
『これでも食べていろ』
そう言われ、私は三つ地面に転がる実をジッと見つめた。まあ、言うまでもなく見たことのない実ばかりだ。美味しそうなのかと問われれば、見た感じ、不味そう。だって、紫と赤のシマシマ模様や黒とピンクの水玉模様に青の無地といった、パンチの効いた見た目ばかり。とてもじゃないが、日本人・・・いや、地球人皆が不味そうと口を揃えて言うだろう。
しかし、今のこの状況。背に腹は変えられぬ。
「・・・いただきます」
とりあえず、一番無難?そうに見える青い無地の果実を手に取り、ゆっくりと口へ運ぶ。
――パクリ。
「お、おおおおいひぃぃぃーーーーッ!なにコレ。予想外過ぎた、感動で涙が出るよ!」
絶対不味いと確信していた為に美味しさが倍増。ほっぺが落ちるほどの甘味、豊富な水分、最高だ。
くぅっ・・・と本当に涙を滲ませる鈴蘭に、狼は呆気にとられている。
『果物一つに何を騒ぐ』
「だって、すごいお腹空いてたし、死ぬかもとか思ってたし・・・色々あるのよこっちにも」
果物にかぶりつく鈴蘭を狼は優しく目を細めて見る。
果物を食べ終わった彼女に狼は話を切り出した。
『これから、どうするんだ?』
「うーん、とりあえず人間探しかな」
『まあ当然だな。人間は人間の世界で生きねば為るまい。今日はもう日が暮れる、明日この森の出口まで連れて行ってやろう』
「えっ、本当っ!嬉しいっありがとう!!」
嬉しさのあまり、抱きつこうとした鈴蘭はピタッと両腕を広げたまま止まった。
『何をしているんだ?』
コテンと首を傾げる狼に鈴蘭は尋ねる。
「その、触っても火傷しない?」
狼の煌々と燃え盛る体をジッと見て言う鈴蘭に、狼は苦笑?をして答える。
『大丈夫だ。私が敵意を持たない限り熱くはない』
「へえ、そうなんだ」
ってことは、今私に敵意はないということね。そもそも敵意があったら寝床に招いて食べ物なんてくれないか。
とりあえず、自分に敵意がないことが確認できて鈴蘭は安心した。
鈴蘭は恐る恐る、燃える体へ手を伸ばす。いくら大丈夫と言っても、やはり怖い。
ゴクリと息を飲み、いざ、出陣っ!!
そっと指先が炎に触れる。
「わあ・・・本当に熱くない。すごいっ!」
感じるのは炎の熱さではなく、体温の温もり。思わず、鈴蘭は狼に抱きついた。
「あったかい・・・あったかいね」
『・・・』
狼は何も言わず、首に抱きつく鈴蘭に顔をすり寄せた。彼女は嗚咽を漏らして泣いている。狼は彼女の顔を舐め、涙を拭う。彼女はくすぐったいと言いつつ、抵抗しない。
泣き疲れたのか、彼女はいつしか眠ってしまった。狼の腹を枕がわりにし、ダンゴムシのように丸まっている彼女に狼は視線を向ける。
――本心は、未知の世界に迷い込み、不安で一杯だったのだろう。
狼は、自身の体も丸め、優しく鈴蘭の体を包んだ。
◇◇ ◇◇
目を覚ました鈴蘭は、目に飛び込んだ赤々と燃える炎に驚き、体をびくつかせる。その振動に気づき、狼も目を覚ます。
『起きたか』
聞き覚えのある声に安著した鈴蘭は狼と目を合わせる。
「ああ、狼さんか。ごめん、枕にしちゃった」
『気にするな。腹は減ったか?』
鈴蘭が頷くと、狼はゆっくり洞穴の奥へ行き、昨日とは違う模様の果物を差し出した。
ありがとう。と礼を言い、果物にかじりつく鈴蘭は、ずっと疑問に思っていたことを尋ねる。
「ねえ、何で昨日は私の前に現れたの?肉食じゃないって言ってたから捕食目的じゃ無いんだよね。なら何で?」
彼女の質問に、狼は少し思案し、おもむろに語る。
『・・・そうだな、簡単に言えば興味本位だった。嗅いだことのない匂いがしたからな・・・そして、行ってみれば見たこともない髪の色の、人間の女がボケっと座り込んでいるのに驚いた。さらに言葉まで通じることにも驚いた』
「驚いた驚いた言うけど、私のほうがもっと驚いたよ。だって、自分は丸腰で、目の前には獰猛な狼が現れるんだもの。私、あの瞬間死を覚悟したね」
むくれる鈴蘭に、狼はくつくつと笑いながら、尻尾で彼女の頬を撫でた。
『そう怒るな。実際獲って食ったりしていないだろう』
「む・・・それは、そうだね。それどころか、お世話になってるし。何で私を助けてくれたの?あのままあそこに放置することも出来たでしょ?」
鈴蘭の言葉に、狼は眉間・・・いや、鼻の少し上にシワを作る。
『・・・言葉が通じ、状況が何となくではあるが分かっていたというのに、見殺しには出来まい』
人情・・・狼情?溢れる言葉に感謝しつつ、鈴蘭は冷や汗をかく。
「・・・・・私、あのまま一人で彷徨ってたら、死んでた?」
『おそらくな』
即答。これは参った。きっと私は狼に出会わなければ本当にあの世へ行っていたことだろう。
「ありがとうございました」
ありったけの感謝を込めて鈴蘭は頭を垂れた。これは日本式の感謝、土下座だ。これは感謝と謝罪の兼用ではあるが。
足元に平伏す鈴蘭を見て、狼は目をパチクリとさせる。
『くくくっ・・・やはりお前は面白い奴だ』
笑う狼を見て、顔を上げた鈴蘭もにこりと笑った。
おしゃべりをして和んでいた鈴蘭だが、一つ、狼に頼みたいことがあった。
「狼さん、実は私、体を洗いたいんですが何処か水のある場所はありますか?」
昨日から何度も冷や汗を掻いて、体も服もベトベトだ。正直気持ち悪くて敵わない。
『少し行ったところに池がある。連れて行ってやろう』
狼の案内で、鈴蘭は池へとやって来た。
「うわ・・・綺麗」
つい言葉に出てしまうほど、池の水は綺麗だった。水は底が見えるほど透き通っていて、朝日が水面に当たり、宝石のようにキラキラと輝いている。
あまりの絶景に、つい見入っていると側頭部を狼さんが鼻でツンツン突いてきた。
『この森は魔獣が多い。私は周りを見張っているから、ゆっくりしてくるといい』
「ありがとう」
鈴蘭は礼を言って、狼の鼻先を撫でた。
服を脱いで、裸になった鈴蘭はそっと足先を水につける。
「うん、やっぱり冷たい・・・でも我慢っ」
意を決して、彼女は肩まで水に浸かった。
「うううーーーっ・・・冷たいっ!でも気持ちいぃ」
汚れた体が清められる感じがして爽快感でいっぱいだ。冷たさに慣れてきたので、鈴蘭はせっかくなので池を泳いでみることにした。池はそんなに深くなく、一番深いところで底から水面まで約2メートルくらいだ。スイーと背泳ぎしていると、ガサガサと茂みが揺れた。
狼さんが帰ってきたのだろうか。と思い、鈴蘭はそちらへ近づいた。
ガサッと茂みから飛び出てくる存在に、鈴蘭は声をかける。
「お帰り狼さん。どうだっ・・・・・・・え?」
茂みから現れたのは、確かに燃え盛る赤い色。だが、その体躯は狼ではなく、人間・・・の青年。
紅蓮の赤髪は後ろで三つ編みに結ってあり、前髪は少し目にかかる長さ。そこからのぞく瞳は黄金色。顔のパーツは完璧な配置。そのあまりにも整った顔立ちが、今現在フリーズをしている。
そして、私もフリーズ。
ついでに、先に覚醒したのも私。とりあえず、叫んだ。
「いやあああああああああああーーーーーーー!!!!!?」
私の声で我に返った青年は、明らかに動揺していた。
「わ、悪いッ!まさかこんなところに女がいるなんて思っていなかったんだッ」
何とか鈴蘭を落ち着かせようと焦る青年は顔を背けながらも近づいてくる。
何故近づいてくるッ!?ここは逃げ去るところだろうッ
男の行動に、目を剥く鈴蘭は心の中でそう呟く。
「く、来るなぁーー!変態ッ」
「へ、変態ッ!?違う、俺は――」
変態呼ばわりされた男は、つい鈴蘭を見てしまい、またもや顔を背ける。だが足は止めない。
「うるさいうるさいッこっち来るなッ!」
鈴蘭は彼の足を止めようと必死に水をぶっかける。
「し、しかしだな、このままでは・・・ちッ」
何やら言い訳をしていた男がいきなり舌打ち。
――コノヤロー・・・!!舌打ちだと?人の裸見といて何だその態度はぁーーー!!!
怒りで頭が爆発寸前の鈴蘭に、男はあろうことか突っ込んできた。
「なッ――」
「伏せろッ!」
目を見開き驚く鈴蘭を抱きしめ、男はそのまま鈴蘭とともに池へダイブ。
何が起こったのか全く理解できないでいる鈴蘭。しかし、それは水面に顔を出した時に分かった。
「けほッこほッ・・・な、何アレ・・・」
鈴蘭が見たのは、目が一つしかない巨人の化物。おそらく、アイツが攻撃をしてきたのだろう。
「大丈夫か?」
「え、ええ」
男が心配そうに訊ねてきたので返事を返す。というか、この時鈴蘭の頭の中は真っ白で、そう答えることしかできなかった。
「ここで大人しくしていろ。俺がアイツを――」
男が言いかけると、また茂みからガサガサと音がした。鈴蘭が恐怖の目をそちらへ向けると、またもや燃え盛る赤。しかし、今度こそ望んでいた存在。
「狼さんッ!」
鈴蘭は嬉々として叫んだ。狼は怒りの目をギラつかせ、鋭利な牙を剥きだし一つ目巨人に食らいつく。巨人の悲痛の叫び声が轟き、水面が波打つ。狼が噛み付いたところから、炎が広がり、巨人はアッという間に消し炭と化した。
「ファイヤーウルフ・・・だと?あれが姿を現すはずが・・・」
狼を凝視してそう呟く男は目の前の存在に意識が集中してしまい、つい、手に力が入ってしまった。
――むにっ・・・
抱えていた鈴蘭の左の膨らみを、握ってしまった。
「あ・・・すま――っぐぅ!!?」
男は謝る暇もなく、怒りの鉄槌を右頬に食らった。
「ふざけんじゃないわよッ――!!!」
殴られて緩んだ男の腕からすり抜けた鈴蘭は、一目散に狼へ走り寄った。
「お、おいッ!そっちは危険・・・!?」
鈴蘭の行先にファイヤーウルフがいると焦った男は、目にした光景に呆気にとられる。
「おおかみさーーんッ!!」
そう叫んで、鈴蘭は狼にひしっと抱きつく。狼はグルグルと喉を鳴らして鈴蘭に顔をすり寄せた。その、他者からはありえない光景に、呆けている男を狼は一睨みし、鈴蘭を背に乗せ、彼女の服を口に咥え森の中へと去っていった。
しばらく動けずにいた男は、己を呼ぶ声に我に返った。
「イグネイシャス様ッ!ご無事で・・・」
草を掻き分け、小走りに近寄る白銀の髪の青年に赤髪の青年、イグネイシャスは視線を向ける。
「大事無い」
そう返して、イグネイシャスは池からザバッと出た。その様子に白銀の青年は呆れた顔をする。
「何が大事無いですか。びしょ濡れではありませぬか・・・」
「こんなもの、どうということはない。すぐに乾かせる」
「それは、貴方様なら一瞬で乾かせることでしょうな。赤の大陸の王子、赤龍である貴方様なら」
溜息混じりに言う白銀の青年をイグネイシャスは迫力ある黄金の瞳で睨む。
「何だ、嫌みたらしいな」
「お好きな解釈でよろしいです。しかし、書類の山は今も溜まり続けていることを忘れないで頂きたい」
多くの者が怖気づく彼の睨みも、彼には通用しない。
「くそ・・・せっかく体を休めに来たというのにすぐに連れ戻されるとは」
「2日も放浪しておいて何を言いますか、十分お休みになられたことでしょう。まあ、こんな魔獣の蔓延る森でお休みになる貴方様の神経が私には理解し難いのですけど」
いつも一言多い側近、クラウスの言葉にイグネイシャスは溜息を零す。
「・・・分かった。戻れば良いのだろう」
そう言って、クラウスの方へ歩み寄るイグネイシャスは足を止め、ふと茂みのある一点を見つめた。
「イグネイシャス様?どうしたのです、城へ戻りますよ」
「あ、ああ・・・」
クラウスに呼ばれ、イグネイシャスは視線を戻し、池を後にした。