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異世界で騎士をはじめました。  作者: ダージリン
第二章 見習い
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見習い初日(2)

お気に入り登録1000件突破っ!有難うございます。とても励みになっています。

今後とも応援よろしくお願いします。



 雲が穏やかに青空を流れ、心地よいそよ風が窓をすり抜け執務室に入って来る。

 今日の書類仕事を大方終わらせたイグネイシャスは、リュシエンヌからの報告を聞いていた。


「リュシー、スズランはどうだ?」


 報告と言うのはスズランのこと。彼女にはスズランの家庭教師と、その日の様子についての報告を頼んでいた。

 リュシエンヌは少し冷たい印象を与える灰色の瞳を細め、柔らかく微笑んだ。


「あの子は賢い子です。午前中だけでほぼ全ての文字を覚えてしまいました。あとは文法を使いこなせば完璧です」


 彼女の言葉にイグネイシャスは口角を上げる。

 リュシーはお世辞で人を褒める事はしない。彼女が言うんだ。どうやらスズランは見込みがあるらしい。


「半日でそこまでとは、驚きましたね」


 クラウスが目を見開いて、普段よりやや高めの声音で言う。スズランが半日でマスターしつつあることには勿論だが、それよりさらに、リュシーが人を褒めたことに酷く驚いたようだ。

 

 彼女は滅多に褒めないからな。長年の付き合いである俺ですら片手で数えるほどだ。クラウスの様子だと彼女が人を褒める瞬間を初めて目にしたのだろう。それ程に、彼女の賞賛は貴重なのだ。


「意外だな。あいつ、そんなに頭良かったのか」


 アーノルドは軽く、パチパチと手を叩く。イグネイシャスは意地の悪い笑みを浮かべ、アーノルドに視線を向けた。


「アーノルド。お前いつか、スズランに馬鹿呼ばわりされる日が来るかもな」


「殿下、いつかではなく、もうすぐの話ですわ」


 冗談半分、本気半分で言うと、リュシーが淡々とした口調で相槌を打った。


「オランド夫人の言うとおりですね。この筋肉馬鹿は直ぐに追い抜かれるでしょう」


 クラウスも目を細めてアーノルドを見遣る。


「うるせぇっ!お前らが無駄に頭良過ぎるだけだ。俺は普通だ普通っ!」


 心外だと肩を怒らせ、荒げるアーノルドの声を、さらに荒げた大声が突然、執務室に響き渡った。

 それは、けたたましく開け放たれた扉の音とほぼ同時だった。



「失礼いたしますっ!殿下に急ぎお伝えしたい事が御座いますっ」


 王宮の警護に当たる兵士の男が、雪崩込む勢いで駆け込んで来たかと思えば、ひどく焦った様子で叫ぶ。


「何だ」


 イグネイシャスは訝しむ目で兵士を見つめ、先を促した。

 兵士はゴクリと一度唾を飲み込み、大きく息を吸う。


「申し上げますっ!黒髪の少女が、お部屋からいなくなりましたっ!」


 焦っている所為か、緊張している所為か、それとも報告相手が放つ黒いオーラに怯えてのことか、兵士の顔は青く、叫ぶ声は裏返っていた。


「はあっ!?」


 目を丸くし、素っ頓狂な声を上げたのはアーノルドだ。彼の向かいに立つクラウスは、鋭い視線を兵士に向ける。


「宮廷内は捜索したのですか?」


「は、はい。全ての部屋を探しましたが見つかっておりません。残る場所は後宮と、外だけです」


 クラウスの冷静な声に、先程よりほんの少し落ち着いた口調で、兵士は答えた。

 一度思案し、クラウスは徐ろにリュシエンヌへと視線を向ける。


「後宮、の可能性は低いと思いますが一応探してみましょう。オランド夫人、後宮の方はお願いできますか?」


「ええ、分かりました。急いで向かいます」


 皆へ貴婦人の礼を流れるようにし、リュシエンヌは部屋を出て行った。


「アーノルドは外の捜索指揮を。私はもう一度王宮内を探します。殿下はここで――」

 

 待っていろ、と言葉が発せられる前に、椅子はもぬけの殻だった。


「聞いちゃいねぇよ」


 全開に開けられた両開きの窓を指差し、アーノルドが呆れた声で言う。クラウスは痛む米神を人差し指で押さえ、低く呻いた。


「全くっ・・・あの方は何時も何時もっ」


「どうどう、とにかく俺達も早く――って、おい。これは・・・」


 アーノルドが眉間に皺を寄せ、クラウスも眉をピクリと動かす。


「――急ぎましょう」


 クラウスの抑揚のない声が執務室に重く響いた。





 窓から飛び出したイグネイシャスは、まず鈴蘭の魔力を探した。


 北・・・いや、北東か。

 魔力を感知した方角に足先を向ける。しかし、そこで彼の足はピタリと止まった。


「――どういうことだ」


 北東を向くイグネイシャスの表情が、固く強張る。

 何故だ、たった今感じていたはずの魔力が消えただと?


 スズランは恐らく、魔法をまだ扱えない。常に魔力を垂れ流していたことを考えると、きっと元居た世界には魔法が存在していなかったのだろう。


 だから、魔力を追えば直ぐ見つかる。そう思っていたのに――。

 その魔力を感じない。いや、感じれなくなった。ほんの数秒前に、だ。


 魔力を扱えないということは即ち、それを抑える術を持たないことを示す。その術を持たない彼女の魔力が消えたという事は、ある一つの仮説に辿り着く。


 ――死。


 その想像が頭を掠めた瞬間、身体から体温が消えた。地面の上だというのに、足元がおぼつかない。頭にも激しい衝撃を感じた。

 凄まじく不安を感じたイグネイシャスは凍りついた足を叱咤し、最後に魔力を感知した方角へと走った。



  ◇◇ ◇◇



 竜の厩舎。アグニアスの前で、鈴蘭は微動だにせず入口を見ていた。彼女の目には一人の青年の姿が映る。明るい茶色の、少し癖のついた短髪。大自然の森を思わす深い緑の瞳。顔の造りは、まあ平凡。

 あ、私が言えたことではないか。失礼。


 彼は一言で言うなら好青年、中の上?というところか。何せ整いすぎた顔を連続で見てきたから、どうも目の前の青年が薄れてしまう。と言ってもだ、彼も普通に見たら格好いい部類に入る。

 例えるならば、運動部の顔が整った先輩。きっと日本の高校に通っていれば間違いなく女子生徒からモテていただろう。

 度を越したイケメンより、余程こちらの方が接しやすそうだ。と、どうでもいいことをつらつらと考えている鈴蘭に対して、青年は怒り・・・ではなく、何故か緊張を張り巡らせていた。


「何してるっ 早く離れろっ!」


 青年は登場時の声とは違い、かなり抑えられた小さな声で鈴蘭にそう叫ぶ。緊張した空気は未だに続いている。

 しかし、それは青年ただ一人の話。


 彼以外は全く何の緊張も感じていない。鈴蘭に到っては最早、青年の叫びの意味すら分からない。何をそんなに慌てているのか。彼女が青年に抱いたのは、その疑問だけだった。


「何で?」


 考えあぐね、青年に問う。すると、彼は眦を釣り上げ、焦りと苛立ちの入り混じった顔で再び小さく叫ぶ。


「何でじゃないっ!そんなに竜の近くへ寄っては危ない、死ぬぞっ」


 真剣にそう言われたが、鈴蘭は首を傾げ、苦笑するだけだった。


「大丈夫。食べられたりしないよ」


 そう言って、青年の制止も聞かず鈴蘭はアグニアスの鼻を撫でた。まるで猫のように、気持ちよさげに喉を鳴らすアグニアスを見て、青年は目を落とさんばかりに見開く。


「す、すげぇ・・・」


 青年は感嘆の声を漏らした。竜がここまで人間に懐くことは珍しい。パートナーである竜騎士兵でさえ、気に障ることをしてしまったら、酷い仕打ちを受ける。

 

 元来、竜は警戒心が強く、誇り高い生き物だ。馬とは違い、乗り手を選ぶ。気に入ってもらわなければ、背に乗せてもらえさえしない。竜騎士兵になった者の始めの試練は、パートナーの竜に認めてもらうこと。それが出来なければ竜騎士をやめなければならない程だ。


 だから、竜騎士兵になれる確率は非常に低い。選ばれたものはエリート中のエリートなのだ。それ故に、竜騎士に憧れる者は数多くいる。騎士を志願する者の大半が、竜騎士を目指している。


 青年は多くの竜を見てきた。そして竜騎士も。だから、目の前の少女の行動に驚かずにはいられない。己を鍛えるよりも難しい、竜との絆。この少女は何の苦もなく、竜と接している。それはもう、人間の友達と接しているかの如く。


 有り得ない。唯々、驚くしかできなかった。


 そして、あまりの衝撃に今更気付いたが、少女自身も信じ難い容姿をしていた。黒髪に黒目。十八年間生きてきて、初めて見る色だった。こんな人間、存在するのか。


 目に映る少女が本当に実在しているのか、将又はたまた、自分が寝ぼけて夢でも見ているだけなのか。判断し兼ねるくらいだった。


 まじまじと見つめていたら、青年は少女と目が合う。


「ほらね、大丈夫だったでしょ?」


 と、少女はにこりと笑った。

 その屈託のない笑顔に、青年の頬は朱に染まる。


「あ、今更だけど、私の名前は鈴蘭。貴方の名前はなんて言うの?ここへは何をしに?」


 ここへ入る時、周りはしっかり確認した。誰もいなかったはず。

 恐らく彼は、何かしら用事があって厩舎に入って来たのだろう。そして私を見つけた。


「俺はカイル・オルコット。厩舎の掃除をしに来た。それが仕事なんだ」


「そっか、掃除に来たのね。お邪魔して御免なさい。私はこのアグニアスに会いに来ただけなの」


 そう言いながら、鈴蘭は頭を擦りつけてくるアグニアスを撫でてやる。その光景を見るカイルの眉がギュッと寄った。


「その竜は確か、乗り手を失った・・・」


「そう、昨日暴れてたから心配で、様子を見に来たの」


 カイルの目が大きく見開く。


「暴れてたからって・・・まさか、傍で見てたのか?」


 目の前の少女にカイルは心底驚かされた。竜が暴れだしたらエリートである竜騎士でさえ手を焼くのだ。さらに相手はかなりの巨体。周りを広範囲で巻き込んでしまうことは簡単に想像がつく。


 よく無事に生還できたものだ。最悪死んでいたかもしれない。それなのに、今こうして例の竜にわざわざ会いに来ている。暴走する姿を見たにも拘わらず、動じない少女に驚いたし、それ以上に少女と竜があまりに親しい様にも驚いた。


 竜が人懐こいわけではない。むしろ気難しく、そう容易く絆は生まれない。だが、少女とアグニアスという竜は現に仲良く戯れているし、普段周囲に無関心な他の竜達までも気になるのか、少女に視線を寄せている。


 俺が掃除に来ても寝そべって見向きもしないのに。明らかに竜達の反応が違う。

 少女。スズランには彼らを惹きつける何かがあるのかもしれない。いや、それは竜に限ったことではない。俺自身、スズランに興味を持った。彼女は一体何者なのか。どんな人物なのか。とても気になる。


 そっと、スズランに目を向けたカイルは、珍しい黒色の髪を眺めた。綺麗な髪だな、と思っていたら、突然テノールの美声が背後から飛んできた。


「何をしている」


 驚いて後ろを振り返ったカイルの動きが固まった。視線の先には、こんな王宮から離れた城壁の傍にある厩舎に、そう頻繁に訪れることのない人物がいた。彼がここへ来る時は大抵竜騎士団も一緒にいる。彼が一人で来るなど、カイルがこの仕事を始めてから一度もなかった。


 そんな方が何故ここにっ!?

 カイルの脳内はプチパニックになっていた。しかし、一歩下がって礼を取ることは忘れなかった。


「げっ!・・・じゃなかった。何でこんな所に殿下が?」


 鈴蘭は入口に現れた、目に優しくない容姿の男に目を見開いた。

 ビックリしてつい本音が出てしまったが、流しておこう。


 殿下は長い脚を惜しげもなく使い、あっという間に目の前まで近づいてきた。首を八十度程上げると、彼の顰めっ面が拝めた。


「それはこちらのセリフだ。お前こそ、部屋を抜け出して何をしている」


「えっと、散歩・・・?」


 間違ってはいない。休憩時間に気分転換に来ただけだ。しかし、殿下の表情は変わらない。むしろ一層迫力が増した。


「散歩にしては随分遠出したな。それも無断で」


 事実な為に何も言い返せない。無断もそうだが、今更ながら休憩時間はとっくに過ぎているのではと思い至った。時計が無いから時間がさっぱり分からないが、感覚的に休憩の一時間は過ぎている気がする。


 しくじった。休憩が終わるまでには帰る予定だったのだ。午後からまたリュシエンヌ先生の授業が始まる。彼女を怒らすと怖いだろうと、私の直感がそう言うからそれを回避するためにも急いでここまで来たのだ。しかし、思った以上に遠かった。


 見事な失敗に、鈴蘭は舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。


 苦虫を噛み潰したような顔の鈴蘭を、イグネイシャスは先程と変わらぬ表情のまま見つめる。


「で?ここで何をしていた」


「何って、アグニアスと話してただけ」


 ね?アグニアス。と背後にいる竜に視線を送る鈴蘭。


「この男は?」


 視線を下げ、微動だにしないカイルに視線を向け、幾分低くなった声でイグネイシャスは訊ねた。


「この人はカイル。ここの掃除をしてくれている人」


 そう答えると、殿下は空恐ろしい目でカイルを睨んだ。

 何故?ただ掃除をしてくれていると言っただけだ。何がそんなに気に食わなかったのか。


 鈴蘭は溜息をついた。


 殿下は私の手に到底負えない。負うつもりはないけど。理解の域を超えている。喜怒哀楽の、特に怒のスイッチがさっぱりだ。


「戻るぞ」


 何故か疲労感を感じた鈴蘭にイグネイシャスが声をかける。・・・その声が近いのは気のせいか?

 そう思ったのと同時に、浮遊感を感じた。


「えっ?うわっ!?」


 私は殿下の小脇に抱えられていた。

 

 声にしか気づけなかった。声が聞こえた時にはもう抱えられていた。何て早業。反射神経には自身があるのに、めげるじゃないか。


 只者じゃないな、殿下。もしかして、かなりの手練だったり?

 感心しつつも脱出する為の手は止めない。


 それにしても前回同様ピクリともしない。どんなけ力があるんだ。


「ちょっ・・・自分で歩くからっ!」


 ジタバタ暴れながら顔を上向ける。見下ろしてくる殿下の眉間は寄せられていた。若干睨まれてもいる。


「ダメだ。また放っ付き歩かれても困る」


「それは謝るっ!勝手に出てきてごめんなさいっ!!ほら、謝ったでしょ?早く降ろして」


「却下」


 短くそう言うと、殿下は目も合わせず歩き出した。


「あっ、コラっ!?降ろせって言ってんでしょっ!降ろせ馬鹿野郎ーっ!!」


 どれだけ喚こうと、殿下の腕は緩むことなく、歩も止まらなかった。

 厩舎がどんどん小さくなっていく。見えないけど。離れているのは確かだ。


 ぶらぶらと揺られながら下を見ると、グレンがいた。目が合う。

 私は「助けて」と口パクで頼んだが、グレンは溜息を吐いて首を横に振った。何て人間臭い仕草だ。


 グレンは助けてくれないらしい。私に怒られて来いと言うのか。少なくとも二人のお叱りを受けるんだぞ。リュシエンヌ先生とこの殿下だ。どちらも怒ると面倒そう。


 鈴蘭は大きな溜息を吐いて項垂れた。


 人間、力を抜くとかなりの重さになる。だが、そんなこと気にしない。精々苦しめ。

 念を込めて心で呟いた。


 しかし、彼の顔は終始変わることはなかった。彼の平然とした顔を崩せる日が私に来るのか。怒らすことは簡単そうだけど。


 鈴蘭は低く唸った。





 

『我が家でお茶でもいかがですか。』ブログでイラストを載せています。小説関連のものもあるので、気が向いたら覗いてみてください。

    ↓   ↓   ↓

 http://wagake.blog.fc2.com/

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