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異世界で騎士をはじめました。  作者: ダージリン
第一章 異世界
16/26

思わぬプレゼント

今回はイグネイシャス視点です。

鈴蘭が王宮へやって来てから、彼の部屋に住むよう命じられたところまでのお話です。



 いつも通りの退屈でつまらない執務室。見るのもうんざりな書類を燃やしてしまいたい衝動に駆られていると、突然大きな魔力を感じた。

 ガタッと椅子から立ち上がり、暫し意識をそれに集中させる。

 

 そんな俺を訝しむ目でクラウスは見ていたが、気に留めなかった。

 

 ・・・敵か?いや、もう既に城内にいる。この魔力量なら警備の騎士が気付かないはずが無い。敵ではないだろうが、それにしてもこの魔力、何処かで・・・。


「殿下、これは――」


 記憶を辿る俺にクラウスが話しかける。どうやらコイツも異変に気づいたようだ。


「――!? まさかっ・・・」


 あることを思い出した俺は、執務室を飛び出した。後ろからクラウスの呼び止める声が聞こえたが無視した。

 そう、知っている。俺はこの魔力を、持ち主を知っている。


 これは、あの池で出会った黒髪の少女だ。


 初めて会ったあの時から俺の心を捉えて離さない存在。

 それが今、どういう訳かこの王宮内にいる。


 考えるよりも先に体が動いていた。早く会いたい。俺の頭の中はそれしか思考回路が働いていなかった。


 王宮内を走ったのは初めてだ。しかもこんな全速力で。

 過ぎ去る視界の中、礼を取るのも忘れ驚愕の顔を向ける者ばかりだったが、一切気にしなかった。俺にそんな余裕はない。とにかく、一刻も早く少女の元へ急いだ。

 何故だろうな、急がないといなくなる。そんな気がしたのかもしれない・・・


 徐々に少女の気配へと近づく。この辺りは応接室が並ぶ場所。


 ――あの部屋かっ


 部屋の前に着くやいなや、乱暴に両開きの扉を開け放つ。



 最初に目に飛び込んだのは、黒髪の少女が奇声をあげて床に滑り込む姿だった。どうやら壺が割るのを防いでの行動だろう。

 唖然とその光景を見ていると、少女と目が合う。


 久しぶりに見た黒曜石の様な瞳は、やはり綺麗だった。少女に見入っていると、あちらも俺に気づいたのだろう。

 驚愕の表情で何やら口にしようとしていた。しかし、その内容が何となく分かった俺は急いで彼女の口を手で塞いだ。

 思った通り、彼女は俺のことを変態と言おうとしたのだった。しかも、大声で。

 別に二人だけの時ならばよいが、今は警備の者もそこら辺にいる。下手をすれば不敬罪で捕まってしまう可能性があったが、何とか間に合った。


 安著の溜息を漏らすと、掌に鋭い痛みが走った。思わず手を引っ込めると、掌には歯型が。

 まさか、噛み付いてくるとは。本当、予想外、というか面白いことをしてくれる。


 掌を見ると、可愛い歯型くっきり付いているではないか。

 

 イグネイシャスは口角を上げて笑った。


「何事ですか殿下っ」


 俺が騒々しく部屋に入ったことで警備にあたっていた騎士が様子を見に来たようだ。彼の声に反応して他の騎士たちも集まって来る。


「おい貴様っ!何者だ」


 最初に現れた騎士が少女に剣を向けた。少女は何が起こったのか理解できていない様で、キョトンとしているだけだ。

 それを見ていた俺は、非常に不愉快な思いをしていた。少女に剣を向ける男に憤りを感じていたのだ。


「もういい、下がれ」


 俺は怒りを押しとどめ、幾分低くなった声でそう命じた。だが、男は抗議の声を上げ、退くどころか剣を下ろす素振りさえ見せない。

 俺は苛立ち、舌打ちをした。


「聞こえなかったのか、下がれと言っている」


 さらに低い声で命じ、男を睨みつける。俺の殺気を感じたのか、男は焦げ茶色であった顔を蒼白にし、慌てて後ろに下がった。


「お前達もだ、全員下がれ」


 視線だけ後方に向け、そう命じる。騎士達は皆一斉に部屋を出て行った。

 小さく息を吐き、再び視線を戻すと少女と目が合う。


「悪かった、怖い思いをさせたな」


 気遣ってそう声をかけると、少女は眉間に皺を作りこちらを睨みつけてきた。


「私、別に怖かったわけじゃない。ただ驚いただけ、主にアンタのことで」


 少女の言葉に俺は驚いた。

 剣を突きつけられ恐怖することなく、それどころか、ただ単に俺の存在に驚いたと言う。しかも、俺の正体を知ったにもかかわらず、初めて会ったあの日と何ら変わらぬ態度で接してくる少女。


 この時、俺の中ではあらゆる感情が湧き出ていた。その中でも一番強かったのはやはり、少女への興味。とにかく、少女は面白い。王子の俺に対する態度一つとっても、周りとは違う。

 彼女は分け隔てなく俺に接してくる。というより警戒心剥き出しだ。

 俺は彼女の中では変態という存在に他ならないらしい。


 正直言って少女の反応は新鮮だった。


 今まで異性に向けられてきたそれとは全く別の反応。思い通りにならないであろう少女。

 少女の色々な表情を見てみたい。喜ぶ顔、怒った顔、拗ねた顔、悲しむ顔、泣いた顔、微笑む顔。そのどれもを俺だけに向けて欲しいと望んだ。


 そして再び会えたこの瞬間、はっきりと自覚した。

 俺は少女が愛おしい。

 愛おしいにも様々な意味合いがあるが、俺の中にくすぶるこの感情は、家族に対する親愛のそれではない。

 これは異性に向ける、また生涯の伴侶に対する感情。恋情、だ。



 どういう経緯でこの王宮にやって来たのかは知らないが、この時ばかりは神の存在を信じてもいいとさえ思った。

 と言っても、それは間違いだったと直ぐに思い至ったがな。


 どうやら少女を連れて来たのは神ではなくアーノルドだったらしい。騒ぎを聞きつけ、アーノルドが部屋に入って来た時、少女が親しげにアイツの名を呼んだことが実に腹立たしい。

 少女を連れて来たことに感謝してやろうと思ったが、それは一瞬にして苛立ちと嫉妬に変わった。


 詳しい事情は父上の所でというから、俺も当然ついて行った。


 そこで初めて、少女の名を知った。スズラン。それが少女の名。

 知った瞬間、無性にその名を呼びたくなった。早く、あの黒曜石の瞳を見つめて、呼びたい。


 今思えば、その後は驚きの連続だった。


 少女は異世界から来たという。あまりに現実味の無い話だが、世にも珍しい漆黒の瞳と髪。顔の造りもどこか異なっており、異世界から来たと言われれば、納得できなくも無い。


 そして今日一番の驚きが、スズランの騎士団への志願だ。これは驚かずにおれないだろう。案の定、父上もクラウスも固まっている。アーノルドは知っていたのか、何やら呟きながら呆れていた。

 アイツが俺よりもスズランのことを知っているのが、どうも気に喰わない。


 アーノルドを睨んでいた視線をスズランに戻す。彼女は本気のようだ。それはあの目を見れば分かる。


 強い意志を宿す瞳。俺を引きつけて離さない。


 スズランは、働かなければ食も金も与えられる資格など無いと言う。なんて謙虚な。

 俺は今までこんな考えの女は見たことが無かった。女は強欲で悪知恵が働き、平気で裏切る。俺に群がる女は皆同じであった。全てがそうという訳ではないが、大半がそうであった。


 特に貴族階級の女は例に洩れずだ。

 スズランは当然、貴族でも無ければ平民でも無い。異世界の人間。比べようも無いが、しかし。


 彼女は今、見知らぬ地の王と対峙している。一番権力のある者を目の前しているのだ。にも拘らず、媚び一つ売らない。

 頑なに騎士団への入団を希望し、認めるまで絶対引かないとまで言う。


 なんと強い女だ。未知の世界で他人の力を利用しない、自分で道を切り開く。そんな人間がいることに心底驚いたし、心打たれた。

 心臓が破裂するのではと思うほど、ドクドクと脈打つ。


 欲しい。彼女が欲しい。誰にも渡さない。


 アレは俺の物だ。


「コレは俺が預かる」


 気付いたら、言葉を発していた。

 皆一様に驚愕の顔を向けてくる。当たり前か、俺が自ら他人を傍に置くなど到底ありえないからな。


 自分の周りに何人も召し使いを侍らす、貴族連中の気が知れない。鬱陶しいだけではないか。しかし、彼女は違う。絶対に煩わしいと思わない自信があった。何せ俺が近くに居たいのだからな。煩わしいと思うのは、むしろ彼女の方かもしれない。

 だが、彼女がいくら嫌がろうとも傍に置くつもりだ。でないと気が気で無い。彼女が他の男に奪われる可能性など万に一つも無い状況を作らねば。


 騎士団に入りたいという彼女の願いを叶えてやりたいとは思うが、騎士とは華々しいだけではない。命の保証が無い職だ。戦になれば当然狩りだされ、国の為に戦う。危険極まりない仕事だ。

 そう思い、身分証明が無ければ無理だと言ったが、絶対ではない。方法はある。


 そう、身分が無いなら作ればいい。誰かの養子にでもなれば身分証を発行することは可能だ。しかし、父はそれを言わなかった。おそらく父はスズランの身を案じたのだろう。

 いくら騎士を目指そうとも、こんな華奢な少女が騎士の訓練や仕事に耐えれるのか。導き出される答えは否、だ。

 何処をどう見ても騎士としてやっていけるとは到底思えない。魔術師団ならあるいは。と思うが、何れにせよ危険であることに変わりは無い。

 だが、彼女はどうあっても騎士を諦めないだろう。夢とか憧れとか言っていたしな。


 なら育てるしかない。と思った。誰にも負けない、己を守れる力を彼女に身に付けさせる。


 十分実力を付けたその時、彼女を騎士にしてやろう。


 そう思い、俺はスズランを見習い騎士として雇った。しかし結局のところ、傍に置く口実だがな。

 当然だが、一人前に育っても離してやる気は毛頭無い。将来は俺の妃になってもらうんだ。


 そうだな、ドサクサに紛れて花嫁修業もしてもらうか。ふむ、いい考えだ。


 俺はこれからの計画を練りながら、口の端を釣り上げた。




 父上の許可も下り、スズランは俺の傍に置くこととなった。俺は嬉しいあまり、直ぐにスズランを連れ出した。向かう先は自室だ。

 早く彼女と二人っきりになりたかった。部屋に向かう途中、彼女の行動は面白かった。暴れ喚き散らしていたかと思うと、突然静かになる。己がどれ程目立っていたか気付いたのだろう。およそ女性とは思えぬ暴れっぷりに自然と笑いがこみ上げる。

 本当に飽きない。見ているだけで面白い。


 これからが楽しみで仕方が無かった。


 部屋に着くとスズランは再び暴れ出した。俺は足早にソファーへ向かうと、抱えていたスズランを膝の上に座らす。

 彼女は羽のように軽い。座らす瞬間柔らかい髪が宙を舞い、俺の好きな匂いが鼻を掠めた。


 必死に逃れようと身じろぐ彼女の腰を、俺はさらに力を込めて引き寄せる。


 そんな俺を睨み、彼女は力では敵わぬと理解したのか、言葉で説得を始めた。そんなことしても離してやらないのにな。できれば一生このままで居たいものだ。


 そんなことを思っていた俺の耳に、本日何度目かの驚き発言が飛び込んだ。

 なんと、彼女は十七歳らしい。十七と言えばもう成人しているではないか。どうりで身長のわりに出るところが出ていると思った。

 しかし、これは嬉しい情報だ。法的にも彼女を手に入れることが可能だと分かったからな。

 まあ、もし成人していなくとも待つつもりではあったが。


 ここまで来ると自分は重症なのだと思わなくもないが、彼女が欲しくて堪らないのだから仕方が無い。重症だろうがなんだろうが、スズランは誰にも渡さん。


 それにしても、これ程一途なのは、やはり自分が竜であるからなのか。竜の伴侶つがいは生涯に一人のみ。愛を捧げるのは一生にたった一人だけなのだ。

 それが俺の場合スズランである。見つけてしまったのだ。いや、やっと見つけたのだ。愛するつがいを。彼女以外の女性を愛する事は、もう無いだろう。


 

 腕の中の彼女を愛おしい目で見つめ、腰に回す腕に力を込めた。と、そこへ無粋な奴が現われる。

 あの、何時ぞやのファイヤーウルフだ。スズランは「グレンっ!」と嬉しそうに声を上げて奴を呼んだ。

 彼女の腕に抱かれる存在を俺は睨みつけた。

 

 相手が人間だろうと動物だろうと魔物だろうと、スズランに近寄るオスは許さん。俺の性的直観が目の前の犬もどきを雄と判断した。ほぼ間違いないだろう。


 視線に気付いたのか、奴は一度目線を寄こし、ふんっと鼻で笑って視線をスズランへ戻した。


 俺の額に青筋が何本か立った。

 王子で、しかも竜である俺を鼻で笑うとは、いい度胸だ。いや、イカれた精神だ。文献でしか読んだことないが、仲間でさえ慣れ合わないという彼らの生態は、あながち嘘ではなさそうだな。


 それがどうして、スズランにはここまで気を許しているのかは、不思議でならないのだが。



 と、ここで突然、耳障りな大爆笑が部屋に轟いた。眉間を寄せ扉を見ると、大柄な体躯を丸めてアーノルドが笑っている。笑い死ぬ勢いだ。もういっそ、そのまま死ね。

 俺とスズランの邪魔をしたこと、その身を持ってして償え。そんな思いを込め、アーノルドを睨みつける。

 彼の背後には、冷めた目を向けてくるクラウスも居た。


「お前ら、何しに来た」


 苛立ちを抑えもせず、訊いた。

 「陛下からの伝言をお伝えに」と発しながら、クラウスはアーノルドより一歩前へ出て、淡々とした口調で言う。


「スズラン殿には殿下の下で働いてもらうこと、そして今後は殿下の部屋で共に過せとのことです」


 俺はクラウスが何を言ったのか理解するのに時間を要した。そして、それを理解した後は、ただ言葉を失う。

 

 ――は?俺の部屋で、俺とスズランが、一緒に?

 一体何の冗談だ。と思ったが、クラウスが冗談など言わないことは知っている。コイツは生真面目だからな、言われた通りのことを伝えに来ただけだろう。

 

 クラウスに冗談のようなことを言った張本人。父は冗談を実行してしまう人物だ。とにかく面白いこと好きな、酔狂な皇帝。そんな父親をよく知る俺は、毎度毎度呆れ返るが、よもや己に降りかかる時が来ようとは。


 最初は驚いて思考が停止してしまったが、ある意味これはチャンスだ。皇帝直々の命令、スズランに断る術はない。そしてそれは俺も同じ。

 彼女を手に入れるにはこの上ない好機。面白いからと言う理由であっても、父がスズランを気に入っているのは確かだ。それは先程の会話で確信した。

 得体の知れない相手に、父の態度は通常の倍以上に柔らかいものだった。


 スズランは随分と父に気に入られたらしい。


 そして、恐らく俺の妃としても認められるだろう。そうでなければ、同じ部屋に住まわそうとはしまい。

 酔狂な父だが、この時ばかりは感謝した。これからずっと彼女の傍に居られるのだからな。



 クラウスとアーノルドが部屋を辞し、スズランはぽかんっとその可愛らしく小さな口を開け、呆けていた。

 俺は口元が緩むのを抑えきれない。

 今日はなんと嬉しい日か。天から贈り物をもらった気分だ。


 実際にはアーノルドと父からのような気がするが。しかし、スズランがこちらの世界に来たこと自体が奇跡。さらに自分の腕に収まっているのは、もう運命としか言い様がない。


 神が俺のつがいを異世界から連れてきた。そう思わざる得なかった。





 

いつも読んでくださり有難うございます!

今後も宜しくお願いします。

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