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異世界で騎士をはじめました。  作者: ダージリン
第一章 異世界
15/26

その後、殿下の部屋にて(2)


 

 鈴蘭はバスルームから出て、先程いたソファーのある応接間のような部屋に戻った。


 ソファーにはその長い脚を優雅に組んで殿下が座っており、何やら紙の束をめくって眉間にしわを寄せていた。私が近寄ると、気配に気付いた殿下は手元から視線をこちらへ移す。

 先程の眉間のしわは何処へやら、目を見開き驚愕の顔で私を見つめる。


 今度は鈴蘭が眉間を寄せた。


 ――くっ・・・非常に居た堪れない。

 

 何だその奇妙な物を見るような目は。そんな訴えなくても分かってるよ。

 私にこんな服似合わないのは百も承知。


 だから、それ以上見るな。


 今すぐこの場からとんずらしたい衝動に駆られたが、この格好で部屋から出る勇気が無い私は必死に我慢した。


「・・・服、別の服を用意してほしい」


 人に頼みごとをする時は相手を睨んではいけません。

 しかし、逃げたい衝動を必死に押し込めている私にそんな芸当は不可能です。しっかり殿下を睨みつけて絞り出すように、唸るように言いました、はい。


 殿下は目を瞬かせる。


「何故だ?気に入らないのか?」


「出来れば、レースもフリルも無く、それでもってスカートでも無いものをお願いしたいです」


 ネグリジェ全否定な要望にイグネイシャスは眉根を寄せる。


「夜着にそんなものは無い」


「・・・じゃあ、何かシャツとズボンを貸して下さい」


 スッパリ切られても尚、食い下がる私を彼は訝しむように見つめた。


「そんなに嫌か?何処が気に入らないと言うんだ」


 呆れた溜息をつく彼に私は眦を釣り上げて抗議する。


「全部に決まってるでしょっ!?何が可笑しくてこんな女の子みたいな格好しなくちゃならないんですかっ」


「お前は女だろう」


 真顔で言わんでも分かっとるわっ、んなこと!


「ええ、ええっ!!女です。生物学的には女ですともっ だからって世の中の女が皆こんな格好を好むわけじゃないから。何で似合いもしない服着なくちゃいけないのっ!」


 私の必死な叫びに彼は首を傾げる。


「文句の付けどころが無いほど似合っているが」


 スラッと、鳥肌が立つような事言ってのける彼に私はドン引きした。


「うげぇっ 何その嫌味っ!からかうのも限度があるわ」


「嫌味でもからかいでも無い。十分似合っている。可愛い」


 身体に電気が走った。

 何だその歯が浮いて抜けてしまう勢いのクソ甘い発言っ 私の危険感知スイッチ入ったわーっ!


「ぎゃあぁ―――っ!?ついに目が腐ったんじゃないっ!」


「腐って無い。何で素直に受け止めないんだ」


 彼はムッと口を尖らせた。そんな彼に私は肩を怒らせる。


「私は至って素直に受け止めてるっ!ああーっダメだ!もう耐えられない」


 コイツの脳と目は重症だ。これは最早手遅れの域っ!

 こんな口論をしていては埒が明かない。もうこれ以上この服を着ていたくないんだってのっ


 私はクルリと回れ右し、足早に扉へ向かった。


「おい、何処へ行くつもりだ」


「さっきの侍女さんか、別の人探して違う服を用意してもらうのっ」


「ダメだ」


 何故か怒気を含んだ声音で彼が否定する。

 彼が何に怒っているのか皆目見当もつかないが、そんなこと今はどうでもいい。というか一生どうでもいい。アンタにかまってる暇は0.0001秒も無いんだっ!


「アンタの意見は関係ないからっ!私はこれ以上この格好に耐えられないのっ」


 扉の目の前に着き、勢い良くドアノブを引こうとしたその時、バンっと大きな音が左右の耳元から聞こえた。開きかけていた扉は、私の背後から伸びた二本の腕により閉ざされてしまった。

 いつの間にここまで来たのか、後から私を閉じ込めるように扉へ手を付く殿下がいた。


「服を変える事に反対しているわけじゃない。その格好で外へ出るなという意味だ」


「何でっ!」


 キッと振り返って睨んだが、的を外した。睨んだ相手は合っているが、それは目で無く顔でも無く、鳩尾でした。

 ちっ、無駄にデカイんだよ。

 私は相手の長身に悪態をついて、忌々しげに再度睨む。今度はちゃんと見上げて黄金の目を睨んでやった。すると、彼は顔を歪ませ不愉快オーラ全開で見返してきた。


「女が夜着で出歩くものではない。非常識だ」


 言われた言葉に、すっごくムカついた。誰が好き好んで羞恥を晒しにいくんだ。女云々の前に、こんな服装出歩きたくもない。ってか私は常識人だっ。

 そもそも、存在自体非常識なアンタに言われたくないわっ!何だよその整い過ぎた顔はっ それこそ非常識の何者でもないわぁっ!!

 私は己の中で暴れ狂う感情を何とか抑え込み、若干眉をピクピクと痙攣させた。


「・・・じゃあ、アンタが侍女さんに頼んでよ」


「さっきも言っただろう。女物の夜着はそれしか無い」


「じゃあ男物でいい」


「サイズが到底合わない」


 バッサリ言われ、私は顔を歪ませる。

 もう、泣きたい気分だ。嫌だ、こんな格好嫌だ。早く脱ぎたい。こんなの私じゃない。


 腕の中を見下ろし、イグネイシャスは溜息をついた。


「分かった。他の服を用意してやるから、とりあえずソファーへ戻れ。部屋からは絶対に出るな」


 そう言って、彼は奥の部屋へと姿を消した。

 しばらくして、彼は戻って来た。手に白い布を持っている。


「これに着換えろ」


 目の前に突き出された布を私は凝視した。 


「これ、アンタのシャツ?」


「そうだ。文句があるならその格好のままでいろ」


 私は無言で彼のシャツを受け取る。手にとって広げてみると、普通の白いシャツだ。


「ありがとう、これ借りるね」


 一言礼を言い、私はまたバスルームへ向かった。勿論着換えるためだ。脱衣所に到着してすぐさま憎っくきネグリジェを脱ぎ捨て、シャツに袖を通す。ボタンを順番に止めていき、鏡を見る。

 シャツが大きい所為で、裾が膝の少し上まである。丈は先程のネグリジェより幾分短いが、こちらの方が全然マシだ。

 袖も随分長いが、折り曲げればいいだけである。


 鈴蘭は自分の姿を見て、呆れた。

 そりゃ呆れもするさ、体格の差が激し過ぎる。アイツ、どんだけデカイんだ。私の目線が鳩尾って、180・・・いや、190センチはあるかもしれない。

 アーノルドと同じくらい大きかった。しかし、二人は体格が全く異なる。アーノルドはその強面美丈夫に合った、決してごつくは無いが遠目でも分かるほど鍛えられた身体をしている。対して殿下は、一見細身に見えるが、その肉体はバランス良く、無駄無く鍛えられている。二人を例えるなら、屈強な獅子と俊敏且つしなやかな豹だ。

 何故そんなことが分かるかって?

 

 そりゃ抱き上げられたり、抱きつかれたりしたからね(勝手に)。自分も武道を志す者として、それくらい見たり触ったりすれば分かる。というか、ただ単に筋肉フェチだったり・・・。


 しかし、世の中は不平等だと思う事が多々あったが、こちらへ来てからその回数が異常な早さで上昇している。

 殿下やアーノルド、それにクラウス・・・赤竜王も皆揃ってルックスが良過ぎるのだ。個々の特徴はあれど、誰一人として欠点が見つからない(注:外見の話であって、中身、性格のことでは無い)。

 

 鏡の中の自分を見ると、溜息しか出ない。

 チビで童顔で平凡。


 完璧な彼らの近くにいるには少々辛い・・・いや、酷過ぎる。

 これから、あの外見だけは神々しい殿下の傍に居なくてはならないとは、己が残念でならん。


 ああ、神様って残酷なんだね。

 

 天を仰いでそれっぽく心に思ってみても、見えるのは只の天井。いや、只のではないか。質の良い天井とでも言っておこう。


 如月鈴蘭、頑張れ。


 己を応援し、私はバスルームを出た。




「着換えたか」


 戻って来た鈴蘭にイグネイシャスは声をかけた。

 私を見て、殿下は無言で眉間にしわを寄せる。


「・・・やはり先程の方が・・・いや、しかしアレはアレで・・・ズボン、か。サイズがな・・・」


 何やらブツブツと呟き始めた彼を私は怪訝な目で見る。


「何?なんか変?」


「・・・いや、何でもない。俺も湯浴みをしてくる」


 私の視線から逃れるように、殿下はバスルームへと姿を消した。


 

 私は溜息をついてソファーにボフンっと座る。すぐ右隣りにはグレンが身体を丸めていた。


「グレン、何か今日一日凄い疲れた」


『だろうな。実に濃い日であった』


「明日から見習い騎士か・・・と言っても騎士らしい事させてもらえないだろうな」


『いきなりは無理だろう。それにスズランはまだこの世界の知識が低い。今の内に学んでおくのも良いと思うが。幸い、ここは大陸の中心地である王宮だ。必要、不必要関係無く情報が飛び交っているだろう』


「それもそうだね。まず、知らないことには上手く世を渡ってけない」


 元の世界に戻れるかも分からない今、自分がする事はこちらでの生活能力を身につける事。いつかは殿下のもとを離れ、自立しなければ。

 

 でも、今日はひとまず眠い。


 鈴蘭の目はうとうととし、やがて重さに耐えきれずその瞼を閉じた。



  ◇◇ ◇◇



 長い回想にお付き合い下さり、ありがとうございました。


 思い出しました、しっかり思い出しましたよ。

 しかし、しかしですね・・・。


「可笑しい」


 そう、可笑しいのですよ。私の記憶が正しければ、今頃・・・


「私、ソファーで寝てなかった?」


「俺が運んだ」


 私の疑問に答えたのは勿論殿下だ。


「何故」


「睡眠はベッドでするものだろう」


 憮然と言う彼を私は半目で見やる。


「まあ、そうだけど。私はソファーで十分」


「ダメだ。女をソファーなんかで寝させられん。それにあそこは廊下と直接繋がる部屋だ。突然誰かが入ってきたらどうするんだ?無防備にも程がある」


 間髪入れず、刺々しい口調で殿下に注意された。彼の黄金の瞳が鋭く私に向けられる。


 貴方、何をそんなに苛立っているんです。ハッキリ言って怖いですから。


 殿下は昨日からちょくちょく怒る時がある。そんでもって、それがまた怖いこと。

 あれですね、殿下は口で怒るのではなく、威圧的な視線やオーラで訴えます。直接第六感に訴えかけるとは、なんと恐ろしい。

 こうやって静かに怒りを向けられると、つい身が竦みます。


 いやー、大声で怒鳴られた方が断然マシだ。そういや、よくお爺ちゃんに怒鳴られてたっけ、げんこつ(祖父曰く、愛の鉄拳)付きで。


 とりあえず結論を言うと、下手に殿下の怒りを飼わないこと。それに尽きる。

 怒らせてしまったら逆撫でしないこと。穏便に終わらすことを最優先事項とする。


 あー、でも殿下がネチッこかったら困るな。長期戦とか無理。こっちが逆ギレしてしまう。私、短気だから。

 どちらかというと、怒鳴り散らす方だ。まあ、あのお爺ちゃんの血を引いている訳でして。

 と、まあ。殿下がしつこくない事を切に願う。


「分かった。ちゃんとベッドで寝ます。でも一緒に寝る必要はあるの?」


「ベッドが一つしかないんだ、仕方が無い」


 未だベッドから出る気配の無い殿下から視線を外し、グルッと寝室を見渡す。


「こんだけ広ければベッドの一つや二つ増やせそうだけど」


「何か言ったか?」


 明らかに聞こえていただろうに、胡散臭いほど爽やかな笑顔でそう返してくる辺り、私の提案は却下らしい。


「いいえ、何でもありません」


 私はあからさまに溜息を吐いた。


 散々、変態変態と言ってきたが、昨夜何もされなかったことから、見境の無い男ではないらしい。

 ただ単に、私が女の魅力に欠けるだけかもしれないが。・・・自分で思って妙にしっくりくるのが非常に悲しいが、事実である。


 まあ、私なんて殿下からすれば所詮子供。それどころかペット的存在なのだ。

 だからって、犬のようにご主人様絶対服従なんて真っ平御免だがね。


 ふっ、生憎私の忠誠は可愛いお姫様限定だ。

 野郎に捧げるものなど何一つ持ち合せとらん。


 とりあえず、ペットに変な真似はしないだろうからベッドの件は諦めた。


 

 

 私が静かになった処で(自分の世界に入っていただけ)、イグネイシャスは両腕を上げ、伸びをするとベッドから降りる。


「そろそろ朝食の時間だが、その前に着換える必要がある。・・・ドレス、は着ないよな。待っていろ、侍女に服を持ってこさせる」


 そうして用意された服は、白いシャツに焦げ茶のベスト。ズボンは黒色だ。ちなみに全て子供(男の子)用。

 

 この世界では女性の普段着は基本ドレスらしい。一体何の拷問だよ、それ。

 もし戸籍とか、そんな感じのものがあるなら私の性別は男と記して欲しい。とてもじゃないが、女として生きていく自信が無い。毎日ドレスとか、地獄だな。


 着換えた後は朝食を摂った。頬が零れ落ちるほど美味しい朝食を堪能した私は、今日一日の活が入った。

 今日は初仕事だ。実際何をするのか詳しく知らないが、気合を入れておくに越したことは無い。


 さあ、立派な騎士になる為頑張ろうではないか。


 そう意気込んでガッツポーズをかました鈴蘭だが、直ぐにそれは力無く萎れる事となる。

 






読んで下さりありがとうございます!

「その後、殿下の部屋にて」はこれで終了です。

次回はイグネイシャス視点をと考えてます。

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