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異世界で騎士をはじめました。  作者: ダージリン
第一章 異世界
12/26

見習い騎士の仕事とは?


 

 鈴蘭は手足を重力に任せてブラブラと揺らす。


「おいこら変態っ!覗き魔っ!早く降ろせぇーっ」


 私は赤竜王の部屋を退出してからというもの、ずっとこうして叫んでいる。暴れるのは途中で諦めた。だって疲れたし、それにこの変態想像以上に力が強かった。

 片腕で私を軽々と運んでいるが、小さいからと言って自分の体重がそこまで軽いとは思っていない。四十ちょいくらいはあるぞ。

 それをこの男、私が渾身の力で暴れてもビクともしなかった。そして端正な顔すら何の変化も無く、ずっと前を見据えるだけ。

 こっちが話し掛けてる(罵声を上げている)と言うのに、視線の一つも向けろよっ!


 まったく、ここまで綺麗に無視されると逆に清々しさすら感じる。

 鈴蘭は「はんっ」と鼻で笑った。

 

 と、ここで周囲からチクチクとたくさんの視線を感じた。

 ――む、これは・・・。


 今まで怒りやら何やらで暴れ叫ぶのに集中していた為気付かなかったがここはお城の中で、多くの貴族や騎士、使用人がこの廊下を使っている。当然、喚く私は目立っていた。


 そう、滅茶苦茶注目を浴びていた。

 痛い、イタすぎる。体中に風穴が空きそうだ。


 五月蝿い。と迷惑そうな目を向けられているかと思いきや、皆の瞳からは驚愕と奇異の色が伺えた。

 ――何故?と疑問に思ったが、瞬時に解決。


 コイツだ、コイツ。


 私は徐ろに首を上向かせる。

 ――うっ、首痛ったぁー・・・。


 随分上の方にある自分を抱えた人物の顔を見る。そうそう、よく考えたらコイツ殿下様だったよ。赤龍王の息子ってことは、この城の中じゃナンバー2の存在。そんなのがひたすら叫ぶ私を半ば拉致のように連れているのだから、そりゃ驚くよね。

 コイツ一人歩いていても目立つというのに、私まで加わったら目が行かない訳がない。


 だが、少々視線が痛すぎる。もっとチラ見とか出来んのか、全員ガン見かよ。失礼にも程があるな。


 私は暫し考える。


 ――よし、自分から自己主張するような行動はやめよう。うん、そうしよう。私はいない、私は空気、私は殿下の右腕。

 いや、最後のは無しで。何かキモい。


 イグネイシャスは、存在を消すように黙り込んだ鈴蘭へチラっと視線を向ける。

 ――突然静かになったな。自分が目立っていたことに気づいて、か?


 己の腕に抱えられ、手足を振り子のように揺らす少女の変化に、知らず笑が溢れた。それは刹那の出来事であったが、普段全くそのような表情を見せない彼を知っている者たちは、驚きで目を見開き、声を上げる。


 彼は周りの反応に気にすることなく、長い脚で廊下を進んだ。



  ◇◇ ◇◇



 ガチャリ、と扉を開ける音が聞こえ、鈴蘭はハッと首を持ち上げた。

 連れて来られたのはこれ又広い部屋だった。しかし、初めに待たされた部屋のような豪華、という表現は当てはまらない。家具の質は高いようだが、必要最低限の物しかない。壷やら絵画などの類は置かれていなかった。全体的に緑や茶色、白といった色彩で統一された室内は落ち着いた雰囲気だ。煌びやかな城の中にこんな部屋があったとは。


 何か、趣味がいいな。と私は思った。

 凡人の私には今までで一番安心できる所だった。


「ここ何処?」


 現在私の足となっている男に訊ねると、彼は私に視線を向けずに答える。


「俺の部屋だ」

 

 へぇー、おれのへや・・・・おれの・・・俺の部屋っ!?

 いきなり変態の部屋に連れて来られただとっ!


 私は驚愕し、体が動かなくなった。そんな私を気にかけること無く、殿下は部屋の中へと入っていく。


「は、えっ!ちょちょちょっ!入るなっ」


 再び暴れ出す私を殿下は先程の様に無視はしなかった。が、その代わりに不機嫌な目で睨んできた。


「俺の部屋だ、入って何が悪い」


「ああ、そうですね。――じゃないっ!私を入れるなってことっ」


「意味が分からん」


 呆れた様子でバッサリそう返される。彼の歩は止まらない。


「だから入りたくないって――て、え? のわあああぁーっ」


 突然訪れた浮遊感と視界の変化に鈴蘭は奇声を上げる。

 驚いて目を瞑った私は、すとんっと何かに座らされた。ソファー、にしては少々ごわついた・・・というか硬い?だが木の板ほど硬くない。ちょっと硬くて弾力がある何かに私は座っている。


 ――はて?


 疑問に思っていると、彼の声が頭上から降ってきた。


「変な声だな」


 高くも低くもない、心地よく耳に届く声が少し笑いを含めて言う。その声があまりにも近く聞こえ、私は飛び上がった。


「えっ!?な、何で私、変態の膝に座ってんのっ」


 そう、私の叫んだ通り自分はソファーに座った殿下の膝上に座っていたのだ。

 何故そうなるっ!普通に私もソファーに座らせればいいだろうっ!


 混乱する私を他所に、殿下は溜息を吐く。

 途端、鈴蘭の背筋がぞわぞわっと震え、体中が熱を持った。


 ――止めてくれっ、息がつむじにかかる・・・。


 一刻も早くこの居心地の悪さから逃れたいのだが、無理だ。頑丈な腕が私の腰に巻き付いて、尻を浮かせることすら叶わない。混乱気味に悪戦苦闘していると、再び声が落ちてきた。


「だから、俺は変態じゃない」


「どう見ても変態でしょっ!人の裸覗くわ、勝手に膝に乗せて抱きついてくるわ。これの何処が変態じゃないって言えるわけ?」


 私が責め立てると、殿下は凛々しい眉を下げ、バツの悪い顔をした。


「――あれは・・・悪かった。まさかあんな森の中に裸の女がいるとは思わなかったんだ。不可抗力でも見てしまったのは事実。不快な思いをさせて済まなかった」 


 あんまり素直に謝られて、鈴蘭は毒気を抜かれた。が、しかし同時に羞恥心が今更湧き上がってきた。

 ――やっぱり、しっかり見られたのかっ・・・。っく、これでは嫁に行けん。


 鈴蘭は耳まで真っ赤にして、汗ばんだ手をキツく握った。


「・・・確かに、アンタの言う通りあの場は仕方がなかった。謝ってくれたから、それは許す。でも今のこれは何?出来れば離して欲しいんだけど」


 首を斜め上に向かせ、トントンと腰に絡みつく腕をつつくと、鈴蘭と目を合わせた殿下は綺麗な形をした薄い唇をへの字に曲げた。


「離せば逃げるだろう」


「そりゃ、逃げたいけど。でも何処に逃げればいいわけ?」


「無駄だ。逃げ場など無い」


 私の問いに殿下は即答する。その答えに私は小さく息を吐いた。


「でしょ?ならわざわざ捕まえておく必要は無いんじゃない?」


 そう言うと、殿下は何故か顰めっ面をして


「いや、このままでいい」


 と、不機嫌な声音で言う。今度は私が顰めっ面になってしまった。


「いや、意味不明だから。何、私これじゃ小さい子供みたいじゃない。止めてよ、十七歳にもなってお膝抱っことか、正直恥ずかしいし、色々イタいわ」


 背後でハッと息を呑む気配がした。


「・・・お前、十七歳なのか?」


 もう、言い返す気も起こらないわ。何回目かね、この問い。


 溜息を吐いて一応「そうですけど」と肯定する。すると頭上からは「そうか、そうか・・・」と何度も呟きが聞こえた。

 何回連呼してんだ、と顎を上向かせた鈴蘭の頭にトンっと厚い胸板が当たる。チラリと視線を上げた鈴蘭は驚きで目を見開いた。黄金の瞳が私を見つめている。間近にある顔が、甘く微笑んでいた。

 

 何故?先程まで不機嫌だったはず・・・なのにどうして今はこんな甘ったるい顔してるんだ。

 それにしても、この笑みはいけない。普段無愛想な人がいきなりこんな表情をしては心臓に悪い。


 ――む、可笑しいな。心臓が五月蝿い。


 自分はあまり男に関心がない方だ、と思う。別に同性を愛するというワケでは無いが、それ以上に異性への好意を感じたことが無いだけだ。

 

 ――何だろう、殿下がイケメンだからかな?凡人の笑とは破壊力が違っただけなのかも。そう、だから皆私のような反応を起こすに違いない。

 きっとそうなのだ。これは自然、自分の心臓は正常なのだと自己解決。

 

 うーん。とりあえず、彼に私を離す気は今のところ無さそうなので、放置。ま、これ以上何かしてきたら容赦なくぶん殴る。血反吐吐かせてやるよっ!

 くくくっと私は黒い笑をつくった。


「もう、このままでいい。それよりさっきの話しの続き。本当に私を見習いとして雇ってくれるの?」


「ああ」


 殿下は淡々と答えた。


「具体的に何をすればいいの?」


 ずっと疑問だった。そもそも見習いの騎士とは何をするのか。まあ、ポンっと頭に浮かぶのは鍛錬、かな。それ以外に何をすればいいのだろう?

 首を傾げる私に意外な言葉が返された。


「俺の傍にいればいい」


 私は唖然とする。

 何だその愛の告白みたいなのは。ま、そんな甘ったるいものでないのは百も承知だが。

 私はさらに首を傾げる。


「はい?それだけ・・・?」


「お前の仕事は基本雇い主である俺の傍に控えていること、時間が空いた時は鍛えてやる」


「何それ、見習いでもそれって騎士っぽくない」


 私はむくれた。だって、私の理想と全然違うんだもん。

 私の発言に殿下は呆れた様子だ。


「お前、騎士に何を求めてるんだ。騎士の仕事は主を守ることだろうが」


「私の中で、騎士は姫君を格好良く助ける仕事をするんです」


「何処のお伽話だ・・・」


「地球のお伽話です」


 殿下は首を小さく振り、溜息を零す。


「まあいい、明日から見習いとして俺に従え、いいな?スズラン」


「何か釈然としない」


 唸る私に殿下が再度言う。


「いいな?」


 顎に手を添えられ、やや強引に上向かさせる。私を見下ろす殿下は笑顔だったが、先程の甘いものではなく、有無を言わせないものであった。長めの赤い前髪がサワサワと落ち、額に息がかかる。至近距離に私は驚いたが、とりあえず逆らってはいけないのだと理解できたので、コクコクと頷いた。


 満足したのか、殿下は私の顎に自由を与えた。解放され安著の息を漏らすと、突然扉が開く音がし、そちらへ視線を向ける。するとそこには、愛しのグレンが扉からひょっこりと顔を覗かせる姿があるではないか。


「グレンっ!」


 私は安心できる存在に両手を突き出して呼び寄せる。本当は駆け寄りたかったのだが、腰に巻き付くそれが許さなかった。いい加減離して欲しいものだ。

 私は大きな溜息をつく。勿論、私の心内を分かりやすく伝えるためだったが、当の本人は何処吹く風。


 もう一度溜息を吐いて、私の膝上にやって来たグレンに目線を落とす。


「置いてってごめんね」


 謝罪し、そっと頭を撫でる。


『お前の所為ではないだろう。こやつの所為だ』


「まあ、うん。そうだね」


 私とグレンに視線を向けられ、殿下は眉間を寄せる。


「・・・何だ」


「いーえ、何でもありませーん」


 私はぷいっとそっぽを向いた。背後で唸る声が聞こえたけどム―シっ!



「ぷっ・・・っく、 ぶわあははははははははっ!!!!」


 静まり返った室内に突然、盛大な笑い声が響いた。何事かと扉の方を見ると、腹を抱えて笑うアーノルドと、その一歩後ろにクラウスの姿もあった。

 

「くくくっ・・・何だこの光景、面白すぎる・・・」


「私は呆れてものも言えませんが」


「お前ら、何しに来た」


 苛立ちを露わにした殿下が二人を睨みつける。


「何しにって、俺はお前の護衛だぞ。居て当然だろ」


 何とか笑いを引っ込め(若干肩が震えているが)、アーノルドは腕を組んで殿下に向き直った。


「いらん、お前より俺の方が強い」


「・・・んなこた分かってるよ。ったく、相変わらずムカつくねー」


 憮然と言い切る殿下に、アーノルドはかなり砕けた口調で文句を言う。

 人のこと言えたもんじゃないが、殿下に向かってこの態度。クラウスも丁寧ではあるがアーノルドと似た様な態度であったことから、三人は主従を超えた関係であると鈴蘭は思った。

 その考えが間違っていないと確信させたのは、殿下がアーノルドの言葉に怒った様子を見せなかったからである。


「で?本当に何しに来たんだ。お前らは」


「陛下からの伝言をお伝えに」


 殿下の問いに答えたのはクラウスだった。

 父上から?と眉間を寄せ呟く彼に、クラウスは抑揚の無い声で話し始める。


「陛下からのお言葉はこうです。スズラン殿には殿下の下で働いてもらうこと、そして今後は殿下の部屋で共に過せとのことです」


「「・・・は?」」


 私たちは二人して同じ表情をしてしまった。そう、よくある表現で言いますと”鳩が豆鉄砲食らった”顔です。驚いたとはいえ、殿下と同じ顔をしてしまったことが悔やまれる。


 いや、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。何がどうしてそんなことに?


「え、いや、働くのは・・・いいですけど、もう一つは聞き間違え?ですよね」


「いえ、間違いなどではありません。陛下は確かにこうおっしゃりました。”殿下の部屋で共に過ごせ”、と」


 私の質問にクラウスは顔色一つ変えず淡々と言い直した。そんな彼に殿下も問いただす。


「どういうことだ」


「言葉通りです。それとこれは王命令、たとえ殿下とて逆らうことは不可能です」


 何故か私には彼の言葉が処刑宣告に聞こえてしまった。

 衝撃が強過ぎて、言葉が出ない。


「確かに伝えましたので、私はこれにて失礼します。それと殿下、今日はもうお休みください。明日はしっかり仕事をしてもらいますから。では」


 完璧な礼をしてクラウスは部屋を後にした。


「そう言うこった。じゃ、俺も退散するわ。お強い殿下様に護衛は不要だもんな」


 皮肉を込めてそう言うと、アーノルドもひらひらと手を振って退室して行った。

 私はただ唖然と、扉が閉まるのを眺めた。



「――どういうこと?」


「・・・・・」


 私の疑問に返って来たのは沈黙。それだけだった。






やっと鈴蘭とイグネイシャスの絡みが書けました。

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