襖を開けたら、異世界
小さい頃読んだ絵本に、私は憧れた。それは、魔物に攫われた麗しき姫君をイケメン騎士が颯爽と救い出すという、何ともベッタベタな物語。
しかし、私は現在17歳の女子高生というガキでも大人でも無い微妙なお年になっても尚、この本が大好きなのです。
そして勿論、私の夢はイケメン騎士に救われる麗しき姫君・・・・・ではなく、麗しの姫君を颯爽とお救いする騎士様になりたいっ!!です。
ちなみに、この話をすると誰もがシラけます。シラけた彼らは声を揃えて言います。
「・・・逆だろう」と。
いやいや、君たちこそ何を言っているんだ、と私は思うわけですよ。だって、カッコイイじゃないですかっ!お姫様助けちゃうんですよっ!めっちゃ強いじゃないですかっ!ああっ・・・私も強くなって颯爽と美しい姫君をお助けしたい。
何故この気持ちを誰も理解してくれないのか・・・それが私には理解し難い。
――と、失礼。いつの間にか興奮してました。何故いきなりこのような話が始まったかとういと、私が現在少しばかり混乱状態であるが故。
私、如月鈴蘭は今現在、異世界?とやらに訪れております。何故かと問われますと、私自身状況把握が出来ていないので、詳しくは説明できません。しかし、ここまでに至った経緯だけお話しましょう。
今からどれくらい前だったかよく分かりませんが、ここへ来る前。そう我が故郷、地球にいた時。私は途方に暮れていました。それというのも、実は私、如月鈴蘭は17歳にして天涯孤独という珍しい者となりました。
元々両親はいませんでした。私が物心つく前に交通事故で死去。残された私は母方の父、お爺ちゃんに引き取られ、幸せに暮らしていました。しかし、そんな幸せも長くはなかった。お爺ちゃんが寿命を終え、お空の星となり、身内がいなくなった私は天涯孤独に。
さて、これからどうしようか、当面のお金はお爺ちゃんも残しておいてくれたが、それだけに頼るのも心もとない。とりあえずアルバイトでも探そうと私は思い至った。
今思えば、寂しさと喪失感を忘れたいが為に、忙しくしたかったのかもしれないな。
私は座敷にあるお爺ちゃんの遺影の前に正座し、両掌を合わせた。
「お爺ちゃん、私強く生きるよ。心配しないで、お爺ちゃん直伝の武術もしっかり受け継いでるんだから」
にかっと金歯が光る笑顔の遺影に決意表明した私はスっと立ち上がり、座敷の襖を開けた。と同時に、頭が真っ白になって意識を失った。
自然溢れる草木の匂いで私は目を覚ました。上半身を起こし、少しばかりもったりとした感じの頭を軽く振る。辺りを見渡した私は、目が点になりかけた。いや、もう点だ。
「・・・何故に森?」
そう、私は緑生い茂る森にポツンと座り込んでいた。何が起こったか皆目見当も付かない私は、とりあえず後ろを振り返った。
「・・・そんなワケないか」
期待が外れた私は、深く溜息を吐く。もしかしたら、あのドラ○もんの『どこでもドア』の仕業かと期待したが、まあ、ありえないよね。
だって、襖開けて気づいたらここにいるんだもん。期待くらいするさ。でも、背後に襖が無いことに、どこでもドアじゃないと思った。
・・・・・・ん?ドアが無い。とすると、私はどうやって帰ればいいんだ?
ふと、疑問。しばし頭の中を掻き回し、私はポムっと一つ手を打つ。
「ま、どうせ帰っても誰もいないし、気ままに行こう。とりあえず、この森から出ないことには始まらない」
ここが何処なのかも分からない今、情報を集めるためにはとにかく人を見つけねば。今の所周囲に人の気配は感ぜられない。
鈴蘭はよいしょっと立ち上がる。
「まずは水の確保」
そう言って、彼女は川を探しに歩き出した。
時計が無いから分からないが、三十分・・・いや、一時間は経ったか、未だ川を発見できず。
流石に精神的にも肉体的にも疲労を感じた鈴蘭は、見上げても頂辺がよく見えない程大きな木の根に座り込んだ。
「うーん、どうするかな・・・お腹も空いてきたし、困ったな」
ふぅ・・・と小さく息を吐いて、途方に暮れる彼女の耳を、不穏な音が掠めた。
――グルグルグルッ・・・
獣の唸る音。
それは、徐々に近づいてくる。
――ヤバイ。こちらには何の武器もない。
鈴蘭は命の危機をビリビリと感じ、体中から冷や汗が吹き出す。
ガサガサッ
目の前の緑が音を立てて激しく揺れる。鈴蘭はゴクリと唾を飲み込んだ。
混乱した彼女の脳みそは色んなことをぐるぐると思考する。
――こんな時はどうするッ!ええっと、全速力で逃げる?ああ、でも何処へ逃げるんだッ!逃げても追いつかれたら終わりだし。
やっぱりここは戦うかッ!?どうやってッ武器はッ!木の棒だッええっと、木の棒木の棒・・・無いじゃんッ!!森なんだから木の棒くらい用意しておきなさいよッ!!
ああーーーーどうするどうするッ・・・・・・そうだ。ここはベタな方法で死んだふり、とか?
いや、それは絶対に生存率ゼロ%だ。
光の速さで頭の中で呟きまくる鈴蘭に、とうとうタイムリミットが訪れる。揺れる茂みの中から、ぬっと犬らしき足が出てきた。恐る恐る視線を上へ上げていくと、犬・・・ではなく、それはおそらく狼というのだろうか?しかし、どうしたのだろう・・・燃えてらっしゃる。
鈴蘭は、恐怖を忘れるほど目の前の存在に驚いた。彼女の目に映る狼、らしき生物は体中を灼熱の炎が覆っている。彼女は、ついつい訊いてしまった。
「あ、あの・・・熱くないんですか?」
言ってから、鈴蘭は自分を罵倒した。
――馬鹿か私はッ!相手の心配どころじゃないだろうッ!今危ないのは自分だろうがッ・・・というか、狼?に聞いてどうする。通じるわけないだろうッ!!
あああああーーーーッと頭を抱える鈴蘭に何かが語りかける。
『熱くはない』
いきなり、頭へ直接声が響いた。
「・・・へ?今の何?」
『・・・お前、私の声が聞こえるのか。変な奴だ。何者だ?』
一人と一匹、両者が驚いた表情を見せる。
「え、何処から?誰が喋ってるの?」
鈴蘭はキョロキョロと辺りを見回す。言葉を話すような存在は見当たらない。
『お前の目の前から、この私が話している』
「私の目の前って・・・え、あ、君?」
己の目の前には、燃える狼ただ一匹。
「・・・失礼、どちら様ですか?」
彼女の言葉に、燃える狼は呆気?にとられたような表情を見せる。
『・・・それはこちらのセリフだ。今の状況でそれとは、やはり変な奴だな』
燃える狼の言葉に、鈴蘭はむっとした。
「さっきから聞いてれば、変変って、私は普通の人間だ」
『普通の人間に私の声は聞こえない。それに、お前からは変な匂いがする』
「――ッえ!変な匂いッ!?嘘ッお風呂昨日入ったばっかりだけど、そんなに臭いッ??」
くんくん自分の腕やら脇やらを嗅ぐ鈴蘭。
『・・・いや、そういう匂いではなく、お前からはこの世界のどの人間とも違う匂いがすると言っただけだ』
どこかタジタジと後ずさりする狼がそう訂正すると、鈴蘭はポカンと口を開いた。
「あ、そう・・・」
溜息を付くような仕草をする狼は、鈴蘭を見据えた。
『それで、お前は何者だ』
「え、人間です。如月鈴蘭、17歳。花の女子高生です」
『ハナノジョシコーセイ?一体なんの呪文だ。それは』
聞いたこともない言葉に狼は訝しむ。
「いやいや、呪文って、変なこと言わないでよ。あ、魔法なんて面白いもの出せないから。花の女子高生は職業みたいなもの?」
狼は、今度は目を溢しそうなほど目を見開いた。かなり驚いた様子。ちょっと可愛い、と鈴蘭の思考は逸れた。
『・・・お前、魔法を使えぬのか?』
「いや、魔法とかそんなファンタジーなもの無理無理。そんなの存在すらしないし」
真面目に魔法について訊いてくる狼に、鈴蘭は馬鹿馬鹿しいと手を大きく振って否定。
『お前、頭が狂ったのか?』
ズケっとそんなことを言う狼を鈴蘭は睨んだ。
「失礼な狼ね。むしろ、狂ってるのは今私の目の前にいるアンタでしょ。何で体燃えてんのに生きてるわけ?」
『そういう種族だ。ファイヤーウルフを知らないとは、ますます不思議なやつだ。魔法も知らぬだと?』
「だって、魔法なんて見たことも聞いたことも無い」
――それだけ強く多大な魔力を持っていながらか・・・?
鈴蘭の言葉に、狼は疑う表情をする。
『見たことも聞いたことも無いとは・・・お前、一体どれだけ世界から疎外された場所で育ってきたんだ?』
鈴蘭はキョトンと首を傾げた。
「日本の京都」
『・・・何だそれは?聞いたことも見たことも無い』
「ええッ!?京都を知らないッアンタ相当馬鹿なの?」
『・・・何故かお前と話していると疲れるな。全く話が通じない・・・いや、噛み合わない』
先程から同じような流れの会話が続いている気がする狼。
「それはこっちのセリフ。本当に疲れた。私、狼と話したのなんて初めてよ。燃える狼なんか見たのすら初めて。こんな地球外生命体みたいな・・・地球外?」
ここで、やっと遅すぎる疑問に辿りついた。
「え、ま、まさかねッ!ありえないし。そりゃ小説やら漫画やらにはよくあるパターンだけど、実際あるわけない・・・と、思うんだけど。こんな生物見ちゃったからには・・・疑わずにいられない」
ちろりと狼に視線をやると、狼はコテンと首を傾げる。
『何だ?』
「あの、ここって地球ですか?」
『チキュウとは何だ?ここはアトラーテスの赤の大陸にあるアルスの森だ』
「・・・・・」
鈴蘭は言葉を失った。
狼の言っている意味が全くわからなかった。何?アトラーテス?赤の大陸?聞いたこともない。私が知っている大陸はユーラシア大陸やらアメリカ大陸、アフリカ・・・信じたくないが、もしや・・・もしやこれは―――
「異世界に来てしまった・・・のかな?」
ぼそりと呟く鈴蘭に、狼は驚きの声を上げる。
『異世界?お前はこの世界の人間ではないと言うのか?』
狼の問いに、鈴蘭は悩む。
「よく分からない。気づいたらここにいて、アンタみたいな生物見たこと無いし、アンタの言っていることも知らないことばかりだし・・・」
『ふむ・・・信じがたいが、そうだなお前からする匂いは私も初めてだ。もしかしたら本当に違う世界の者かもしれぬな』
何故か納得してしまっている狼に、鈴蘭は呆れた。
「・・・何それ、ていうか、これからどうすんのよ私。はああ・・・」
そういえば、腹が減っているのだった。いきなり狼が現れた為びっくりして忘れていた。
――きゅう~ぐるぐるぐるぅぅ~~~・・・・
緊張の解けた今、急激に私の腹が悲鳴を上げる。盛大な腹の虫に、狼の耳がぴくんと動く。
『腹が減ったのか?ならついて来い。何か食わせてやる』
狼のこの言葉に、鈴蘭は驚きと疑いを顔一面に出した。
「え、食われるの間違いでしょ」
鈴蘭を見た狼は、フンと鼻を鳴らす。
・・・何か、馬鹿にされた気分だ。
『お前のような不味そうなものいらん。それに私たちファイヤーウルフは肉を食べん』
「え、じゃあ何食べてるの?」
『野菜や果物だ』
驚いた。まさかのベジタリアン狼ッ!?異世界って、不思議だなぁ・・・。
ついて来いと顎をしゃくる狼に、鈴蘭は大人しくついて行く。
こんな右も左も分からない異世界では、例え狼だろうと彼の言うことを信じなければいけない。
そう、私は狼よりもこの世界の知識が無いのだから。
恋愛小説は初めて書きますので、そこのところあらかじめご了承ください。