赤い傷跡
この長い爪は自分を護る棘。
そして、この口から出る呪いの言葉もまた。
攻撃にも、守りにもなってしまう。
「いらっしゃい」
店内に入ってきた赤毛の子に声を掛ける。
「今日はどんな用かしら?」
「……」
彼は黙り込む。
そして何かを少し考え込んだ。
「どうしたの? 貴方らしくないわ」
いつも用件だけ言って直ぐに帰るこの子が黙り込むなんて。
「その……」
「なぁに?」
「貴女は……その……子育てをしたことがありますか?」
「え?」
思わず聞き返した。
一体何故そんなことを訊かれるのだろう。
「ですから……」
「いえ、聞こえたわ。あるわよ。そりゃあ私は何百年も生きているもの。子供の一人二人、十人二十人面倒を見たわ。貴方の友人だって、私が何百年か世話をしたのだし」
そう、この子の悪友ともいえるあの子は私の弟子。
子育ては慣れている。はずだ。最後がたまたまあの子で、少し捻くれて育ってしまっただけ。
「では、とても慣れていると解釈して良いのですね?」
「まぁ、少なくとも貴方よりはずっと慣れているわ」
一体どうしてこの子はそんなことをいうのだろう。
まだ結婚もしていないはずなのに、子育てを聞きたがるなんて。
「実は、子供を拾ったんです」
「え?」
「女の子を三人。全ての世話が必要なほど幼くはありませんが、全て放って置けるほど大人でもない。女の子が三人です」
どうしていいか分かりませんと彼は言う。
「女の子? いくつくらいの?」
「一番上はもうすぐ六つだと言っていました。後の二人は三つです」
赤毛の彼は髪程は赤くないが、どこか血を連想させる瞳で私の目を覗く。
「それで? その子たちは?」
「アジトにいます。部屋と窓に鍵を掛けてとりあえずは外に逃げ出さないように」
「……セシリオ、それ、保護じゃなくて監禁よ? 親は子供にそんなことをしないわ」
「そうですか? すみません。僕は親と言うものを理解できないので。でも、猫を飼うとき、出かけるときは小屋に鍵を掛けるのでは? 鳥を飼うときだって、籠に鍵を掛けるでしょう?」
「子供は違うのよ」
先が思いやられる。
けれども、この子なりに子供たちを愛そうとしているのだろう。
「それで? どんな子達?」
「そうですね、一番上はおとなしいながらもしっかりと他の二人の面倒を見ています。今まで、あの子がスリを働いて他の子達を食べさせてきたようですね。もっとも、二番目のじゃじゃ馬娘はスリどころか大人を気絶させ金品を奪っていたようですが……」
呆れたように、それでいてどこか面白そうに彼は言う。
「末の子は何を考えているのか分かりません。ただ、どこか虚ろで何かにずっと怯えているようでちっとも口を利きません。けれど、そうですね。何か、才能を感じます。あの子を鍛えればきっとこの国で、いえ、全世界で尤も優秀な暗殺者になれる筈です」
「まぁ」
この子に其処まで言わせる子だ。
会ってみたい。
「今度連れていらっしゃい。それが今回の対価よ」
「しっかり対価は取るんですね」
「そう、これは商売だもの。そうね、上の子は読み書きは出来るのかしら?」
「いいえ、全く。全くでもありませんか。大人の真似で看板程度なら読むことが出来るようです」
「そう。だったら、ちゃんと食べ物をあげて、温かい寝床と清潔な衣服をあげて、読み書きを教えてあげなさい」
「生活の提供と読み書きの指導ですか?」
「ええ、表面上はそれっぽく見えるんじゃないかしら?」
この子はまず形から入らなきゃダメ。
「それっぽく見える、ですか?」
「だって、愛情とかそういう話をしても理解できないでしょう?」
「まぁ、理解したいとも思えませんがねぇ」
本当に、捻くれた子。
「大丈夫よ。形が出来れば子供達が教えてくれるわ」
子供達の方が理解できている。
そう感じる。
「貴方に閉じ込められて文句一つ言わないのでしょう?」
「末の子は怯えているだけかもしれませんが、下の子は少し暴れましたね。力で適わないと分かれば不満そうな顔をしました。上の子は……一番上の子は、驚いたことに微笑みました」
「まぁ」
「微笑んで「いってらっしゃい、早く帰ってきて下さいね」とそう言ったんです。下の子なんて隙あれば逃げ出そうとたくらんでいるのに」
「まぁ、変わった子ね。生まれ持ったものかしら?」
それとも、深い傷を負っているからかしら?
もしかすると、その子はとても賢くて、セシリオを利用しようと考えているのかもしれない。
「お土産を買って帰ったら? 喜ぶかもしれないわ」
「そうですか? 僕の経験上、知らない相手から何かを受け取るということはまず相手を疑います。特に、子供の場合大人は酷いことをするとしか考えませんからね」
「そう、だったわね」
そう、この子もまた深い傷を持っていた。
「今度その子達を連れていらっしゃ」
「ええ」
セシリオは店を出ようとする。
「あ、待って」
「何です?」
「忘れていたわ。その子達、名前はあるの?」
「ええ、ちゃんと持っていましたよ」
その言葉に驚く。
それと同時に安心して、彼を見送った。