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それは呪いの言葉に似た



 食卓の上に満腹が座っている。そして、その前にはミルクの入った皿。

 満腹を通り越した向こう側に、スープとサラダ、パンが乗った皿。そして皿に向こうにユリウス・ジェーコの姿があることには少し慣れた。

 が。


「……何故貴様の顔を見ながら食事をせねばならん」

 頭が痛い。

 陛下とお茶の時間の時でさえ陛下のかんばせを見つめることはあっても間違ってもこの男の顔なんて見ない。

 が、今、可愛い満腹をはさんではいるものの、私の目の前にユリウス・ジェーコが居る。

「夫婦なんだから普通でしょ?」

「……貴様、今からでも遅くない。オルテーンシア伯にくれてやる。それがいい。是非そうしてくれ。貴様のおかげで私はあの狂った伯爵の呪詛を毎日受けることになったんだぞ?」

「……直接攻撃を仕掛けてくるなら対処のしようがあるというのに……呪詛か。ラジエルは?」

「くっくっくっと笑って終わりだ。奴には期待してない。ああ、胃が痛い。呪詛だ」

 胃に穴が開くのではないか?

「専門家を呼ぶかい?」

「専門家?」

「玻璃だよ」

 あの娘か。

「あんな小娘役に立つのか?」

「彼女は呪詛に関しては専門家、らしいよ。瑠璃曰く」

 瑠璃か。

 別に私でなくともあの女でよかっただろうに。

「瑠璃、ねぇ。あの女もどこまで信用できるのやら」

「妹の話だけは信用できるよ。ただし、かなり美化されてるけど」

 ユリウスはそう言って上品にスープを飲む。

「お前、食べ方だけは上品だよな」

「え?」

「とても平民出身には見えない」

「そう? 僕は君の出自を知らないけど……平民だろ?」

「一応貴族の出だ」

「へぇ、その割には経歴が全く探れない」

 ユリウスは疑わしそうに私を見る。

「まぁ、親が親だからな」

「は?」

「気にするな。貴様には関係の無い話だ。満腹、食後の散歩でも行かないか? あの女から逃げたいし」

 ただでさえ、私は忙しいというのに。

 クォーレ・アリエッタに関する情報を手に入れた矢先にヴェーヌス・オルテーンシアの邪魔だ。

「そう言えば」

「ん?」

「リヴォルタに関する新しい情報は入ったの?」

「アリエッタがムゲットに目撃情報。他に他国に流れてる連中もいるとか」

「へぇ、他国、ねぇ。他国に出られては騎士が追うことは出来ない。いっそ暗殺者を雇って追わせるか」

「最終手段だな」

 けれども殺すよりは生け捕りだ。

「どちらかというと魔術師の領域のような気もするが、まぁ、仕方ない」

 ユリウスは綺麗に皿を空にした。

「で? レイフ、今日の仕事は?」

「今日はウリエルが陛下の護衛だ。私の仕事は昨日終わっている。つまり完全な空きだ。ラジエルの手伝いにでも行くさ」

「却下」

「は?」

「君は僕の補佐だ。書類仕事はたっぷりあるよ」

 ユリウスは笑う。本当に嫌な笑みだ。

 この男を何度殺したいと思ったか分からない。

 だが、本気で殺すには私も死ぬ覚悟をしなくてはならない。

 何せ実力はほぼ互角なのだから。

「お前の仕事だろう」

「僕を補佐するのは君の仕事だろう? それに、君が居ないと……」

「え?」

 どうしたんだ?

 ユリウスらしくない。急に不安になる。

 そして私の直感が危険を告げている。

「君が居ないとあの女に襲撃されたときの防衛手段が無い」

「やっぱり……」

 期待通りの回答をありがとう。

 嬉しくない。

「貴様のほうが呪詛だ。今の言葉は間違いなく呪詛だ。何故私が貴様と運命共同体のような扱いを受けなくてはならんのだ」

「いまさら何を。騎士団に入団したときから君と僕は運命共同体だろう? アルジズ前騎士団長によって」

 そうだった。

「だからといって何故私が巻き込まれなくてはならんのだ」

 ユリウスをにらめば腕を引かれる。

 そして、耳元で囁かれた。


「君だから」


 そして頬に優しい熱。

「ほら、行くよ。何? 僕に惚れたとか?」 

 ユリウスは意地悪く笑う。

「あのなぁ……貴様は馬鹿か。ただのへたれの癖に。まったく……助けて欲しいならラミエルくらい素直に言え」

 あれは口付けられた。

 まったく、油断も隙も無い。

「冗談だよ」

「冗談じゃ済まない」

「でも、君だからって言うのは本当」

「は?」

 わけがわからない。

「僕は君にしか弱味を見せない。だから君が補佐なんだ」

 君は誰にも弱味を見せないから最高権力を持てないとユリウスは言う。

「世間一般では鬼でも、私から見ればへたれになるのはその理論のせいか?」

「かもね。ほら、仕事するよ」

 誤魔化すようにユリウスは私の腕を引いた。

 嫌な男。

 本当にこいつは嫌いだ。

「ねぇ、ラファエラ」

「何だ?」

「アルジズ前騎士団長に挨拶に行こうか」

「は?」

「それに、彼なら知恵を貸してくれる気がする」

 ああ、そういうことか。

「そしてお前は私の逃げ場を奪っていくのか」

「まぁね。僕は束縛癖があるらしいから、君はその覚悟が必要だ」

「お前、誰に対してもそうだよな。魔力性質のせいか、基からの性格か。いや、性格のほうだろ」

「そう? じゃあレイフは一層激しく縛っておかないと」

 ユリウスは悪戯を企む子供の笑みを浮かべる。

「残念だが、私は既に首輪つきなものでな」

「首輪?」

「陛下への忠誠だ。私は陛下の所有物だ」

「君、言って恥ずかしくないの?」

「やましいことは何も無いから恥ずかしくない」

「ふぅん」

 つまらなそうに返事して、それからさっさと二つ先の部屋に進む。

 公私混合もいいところだと思うが、幹部の執務室と居住区が近いのだから仕方ない。

「君は国の繁栄だけを考えていればいいよ」

「馬鹿、私が考えるのは陛下にとって得か損かだけだ」

「君……いや、騎士の鑑だね」

 ユリウスはうんざりした様子で書類に目を落とす。

「あーあ、こんなことなら試験受けなきゃよかった」

「は?」

「あの試験さえ受けなければ君に溺れることもなかったのに」

 ユリウスは表情ひとつ変えずに言う。

 この男がこんな冗談を言えたのかと少しばかり驚く。

「その台詞の輸入元はカァーネの大嫌いな恋愛映画か?」

「まぁね。面白いよね、カァーネは。嫌がらせに映画の無料招待券を渡せば次の日には律儀に観にいって、文句を言いながらも台詞を一字一句間違えずに再現して批判するんだから。実は、そういうの好きなんじゃないかと思うくらいにさ」

「あれは批判するためにはその対象を知り尽くさなければならないという石頭だからな」

「まぁ、彼女のそう言った白黒つけなきゃ納得いかないところが気に入っているんだけどね」

「なんだ、裁縫の腕じゃなかったのか」

「それならウリエル・アスピデ一人でも十分だろう?」

 ユリウスは一枚の書類を私のほうに突き出す。

 無駄話しているようでしっかりと仕事をこなしているのだからこの男には文句を言いづらい。

「リヴォルタ絡み?」

「まぁね。君、接触する勇気はある?」

「馬鹿にしてるのか? 今までも何度も接触してるだろ」

「下っ端相手だろう? たしか、ブランドとかいう」

「幹部と接触しろと?」

「ああ」

「ふっ、容易い」

 私を誰だと思っているんだ。

「陛下の為……私が命を張れないとでも?」

「いや、あまり君を危険にはさらしたくないだけだよ。まぁ、僕と互角に戦える君だから心配ないと思うけどね」

「互角? 私のほうが強いに決まってるだろ」

 それだけ反論して書類に目を落とせば四人の名前と外見特徴が書かれている。

 が、どれも噂に過ぎない程度だ。

「誰と接触する?」

「それは君に任せるよ。カトラスには気を付けるんだ。奴もまた騙しの専門家だ」

「ああ、そうだな」

 策を練っておくよ。

 それだけ言って執務室を出る。

 

 容易い。

 簡単すぎる。


 ユリウス・ジェーコ。

 貴様がこんなにも愚かだとは思わなかった。


「さて、どの姿で行こうか」

 他の幹部に成りすますのは危険だ。

 そうだ、赤毛がいい。

 赤毛の青年の姿になろう。賭け事が好きそうな、悪戯を企むのが好きそうな。

 

 これは陛下の為。

 これは父上の為。

 これは私の為。

 これは国の為。


 ユリウス・ジェーコ。

 貴様はこの国の未来のための犠牲に選ばれたのだということに、いつ気づけるだろうか。

 けれども、ラファエラ・ガット個人としては最後まで気づかないことに賭けたいなど、おかしいだろうか。

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