殺意とわたし、交じり合う狂気
ほんの一滴、この滴をスープに落とせば目の前のこの男は死ぬ。
いつでも殺せる。
だから今焦る必要も無い。
だが、急がなくてはと叫ぶ私が居るのも確かだ。
「レイフ、どうしたの?」
「なんでもない」
調合する手を止め振り向く。
「邪魔だ」
「つれないね」
実際邪魔なのだ。
私の個人的研究にこの男は。
「何を作ってるんだい?」
「体温に反応する爆薬を」
「……危険物だね。没収するよ」
「まだ完成してない。これをあと一年煮込む」
「気が遠くなる作業だね」
「私の寿命からすれば一年なんて短い」
そう、一年なんて短い。
そう言ってもう二百年だ。
そろそろ殺してもいいかもしれない。
けれど、まだ早い。
「それより、たまには二人で出かけないかい?」
「どこに?」
場所によると言えば溜息を吐かれる。
「君って、本当に雰囲気ぶち壊すよね」
「ああ、そう言う意味か。てっきり任務かと」
この男はすっかり私の手の内。
いつ指令が来ても殺せる。
「君は任務以外に興味ないの?」
「ああ、無い」
陛下の命令が私の総て。
そう思っていないと、すぐにあの命令が頭に浮かぶ。
私はあいつに逆らえない。
あいつは私を支配している。
「陛下のためならば地の果てまでお供する覚悟だ」
「君って、粘着質だね」
お前にだけは言われたくない。
そう思っても口には出さないことにしよう。
あとあと面倒だ。
「私はこの続きを済ませたい。出かけるなら一人で行って来い」
「つれないな。まぁ、たいして用も無いのだけど……そうだね。一人で出かけるのも退屈だし、君を観察することにするよ」
死ね。
今すぐ死ね。
そこら辺の装飾がこいつの頭をかち割ってくれないだろうか。
心からそう思うのに、そんな奇跡は起きない。
「何のためにそんなものを作っているんだ?」
「研究の為の研究、ラジエルの言葉を借りるならそれだ」
意味など無い。
ただ、目的を果たすまでの退屈しのぎ。
この男と、今、こうして会話しているのでさえ、ただ、目的までの布石でしかない。
「君はいつも何を考えているのか分からないな」
「わかる必要は無い。むしろ、理解されたら気味が悪い」
ただでさえ粘着質な男だ。なにこそしでかすか分からない。
「僕はね、レイフ。君を愛してるんだ」
「……恋愛映画の真似事ならカァーネを誘え。尤も、カァーネも恋愛映画は嫌いだそうだ」
目の前の男は顔に似合わず甘ったるい恋愛話を好む。
きっと頭の中は花でも咲いているのだろう。
ぼんやりと考えていると、目の前に黒い瞳が。
「何だ?」
「いや、綺麗だなと思って」
「は?」
「君の瞳。眺めていると色が変わっていく」
「……見るな」
動揺している?
まさか私が。
目的を果たさずに何をしていると言うのだ。
認めない。
認めるものか。
「出かけてくる」
鍋の火を弱めて上着を取る。
「どこに? 僕も行くよ」
「邪魔だ。必要な材料を買いに行くだけだ」
「行かせてよ」
口で言うくせに、許可なんて貰うつもりが無いユリウスが私の後を追う。
諦めろ。
あと少しの辛抱だ。
あと少し、もう少し待て。
そうしたらこの男を殺そう。
けれども、その後は?
きっとこいつが死んでしまえば酷く退屈な日々が待っているに違いない。
いや、今はもう考えないことにしよう。
もう少し、殺意を秘めたままに。