嘆きの破壊者
彼女は決して今を願っては居なかったはずだ。
なのに何故?
すべては奴の仕業だ。
あいつさえ殺しておけばこんなことにはならなかったはずだ。
「ラファエラ・ガット、謀反企てによりお前を逮捕する」
ウリエルの低い声が響く。
「ウリエル・アスピデ、何故分からぬ。この国を治めるにふさわしい方は陛下、デネブラ様ただお一人。あんな異界の娘にこの国は治められぬ。今のうちに殺しておくべきだ。そして、陛下の復活を待つ」
ラファエラの目は既に狂気に満ちている。
「この国には王が必要だ」
「王はデネブラ様の他にあってはならない」
「ラファエラ、君は宮廷騎士だった」
そう。だった。
彼女は既に騎士ではない。その資格を剥奪された。いや、僕が奪った。
「ユリウス。貴様なら分かるはずだ。我らの主はデネブラ様であると。この国の王はあのお方だと」
「やはり君は騎士には向かなかった。君は王に仕えたのではない。デネブラ様個人に仕えていた」
どこで違ってしまったのだろう。
彼女とはずっと一緒だったはずなのに、そもそもの考え方が違ったのかもしれない。
あの方が居たころは、同じ忠誠を誓った立場だったはずだ。
なのに、今は違う。
「この国は私が預かるデネブラ様復活のその時まで」
「死んだ人間は生き返らない。王とて異例は無い」
ウリエルは憂いに満ちている。
彼もまた、デネブラ様個人に仕えていたのだから。
「ユリウス、その腕章は貰おう。私こそが王の従僕にふさわしい」
ラファエラの手がゆっくりと伸びてくる。
「剣を持て。宮廷騎士団長の証であるこれは実力で奪ってみるんだ」
彼女と僕の実力はほぼ互角。
負けるかもしれない。
けれど。彼女になら負けてもいい。
実際、僕もこの国の行方などどうでもいい。
ただ、お仕えすべき主にすがりたいだけだ。
剣がぶつかり火花が散る。
彼女の太刀筋は美しい。
初めて見たときから何一つ変わらない。
「ラファエラ……君を殺して僕も死のう」
「ユリウス……馬鹿なことを言うな。私は貴様なんぞに殺されたりするほど弱くは無い」
久しぶりに彼女が笑うのを見た。
まるで悪戯に成功した子供のような、そう、悪餓鬼の笑みだ。
あの風の名を持つ娘のように得意気に笑う。
「相変わらず、君はつれないな」
どんなに攻め込んでも、ただ、火花が散るだけ。
ウリエルは割り込んでは来ない。
彼はいつだってそうだ。
ただ行方を見守るだけ。
殺戮にしか興味が無い。罪状が決まるまでは動かない。
けれど、今回はそれに感謝しよう。
「君との時間は邪魔されたくない」
「随分、余裕だな」
切っ先が僕に向く。
手錠で弾く。
上段回し蹴りを中段で弾き飛ばし裏拳を繰り出すがかわされる。
結局最終的には肉弾戦になる。
「女だからって容赦しないよ。君だから」
「加減なんてしたら殺す。貴様は特に」
おかしい。
僕にとって彼女はいつだって特別で、愛しい存在なのに、その彼女とこうして敵対して戦うことが嬉しくてたまらない。
もしかすると、僕はずっとこの瞬間を待っていたのかもしれない。
「ねぇレイフ」
「その名で呼ぶな」
「わかったよ、ラファエラ。もしも生まれ変わるなんてことがあったら、次は一番敵対した関係になりたいな」
「ふっ、奇遇だな。私もだ」
まったく、変なところだけ気が合う。
ほら、殴ろうとする角度も一緒だ。
ねぇ、どうして?
君、泣きそうな顔してる。
僕は、今が嬉しくて堪らないのに。
ほら、涙が出るほど。
涙?
おかしいな……僕は泣いたりしないはずなのに。
君の顔が歪んで見えないよ。
鳩尾に衝撃があった。
少し、空を飛んだ気がする。
そこからのことは覚えていない。
ただ、微かに彼女が僕を呼んだ気がした。