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骨になってしまえば、皆同じよ



 未だに不思議に思うことがある。

 玻璃様は何故あの時、わざわざ奴隷である俺を選んでくださったのか。

 このディアーナは何故奴隷出身の者達で形成されているのか。


「ジャスパー」

「はい」

「お腹空いた」

「では、おやつにしましょうか」

 気まぐれな主の前にイチゴのタルトと甘ったるいココアを並べる。

 俺なら絶対に嫌な組み合わせだが、この主は飲み物はココア以外認めないと言わんばかりに常にココアを要求する。

 甘いケーキに甘いジュースの組み合わせも平気らしい。

 幸せそうな表情でタルトを口に運ぶ姿が愛らしい。

「おいしい」

「ありがとうございます」

 この方の健康管理は俺の仕事、のはずだが、どうもこの方には甘くなる。

 甘味を与えすぎな気がするし、肉魚を嫌っていることも知っているのでその類を排除したりもする。

 これはこれで問題かもしれない。

「玻璃様、本日のご夕食は……」

「朔夜がミネストローネ作ってくれるって」

「そうでしたか」

 朔夜様が邪魔をするし。

 あの方はあの方で悪気はないのだろうけど。

 俺の仕事を取られる気がして気に入らない。

「今日はお店は?」

「臨時休業にしましょうか」

「ホント?」

 玻璃様は嬉しそうだ。

 俺が臨時休業といえば、この後は買出しか鍛錬が待っている。

「久しぶりにジャスパーと鍛錬したい」

「その前に買出しに行きたいのですがよろしいでしょうか?」

「うん」

 本当に、子供のまま大きくなった人。

 けど、既に肉体も止まりつつある人。

「玻璃様は」

「ん?」

「玻璃様は呪詛の化身、なのですか?」

「うん。瑠璃は言霊で私は呪詛。そうやって作られたよ。母様に」

 玻璃様の言う母様は玻璃様にとってはよくないもの。

「呪詛、とはどういったものなのか俺にはわかりかねます」

「相手を不幸にするもの。たとえば「がんばって」って言葉も呪詛。苦しめることだから」

 幸せそうにタルトを食べる玻璃様からはそれを連想できない。

 いや、それ以前にこの方は。

「何より人が苦しむことを嫌う玻璃様が呪詛には思えません」

「仕事なら別、でしょ?」

 そう、この方は誰よりも争いを恐れるくせに天才的な殺し屋だ。

 新たなる恐怖の代名詞だと誰かが言ったらしい。

 恐怖の代名詞にふさわしいほどの才能も実力もある。

「暗殺者と言う仕事はお好きですか?」

 我ながら妙なことを聞いた。

 我々の中でなりたくてなった者はいないと言うのに。

「嫌いじゃないわ。だって、同じでしょ?」

「え?」

「私たちの前じゃ、貴族も奴隷もみんな一緒。死んで骨になったらみーんな地獄へ行くの。楽しいでしょ?」

 イチゴをフォークに突き刺しながら弄ぶ。

「一緒?」

「うん。死は誰にでも平等なの。死ねばみんな同じ場所に行く。どんな死に方をしても」

 玻璃様は何かを知っている。

 死に関する何かを。

 冥府を知っている。

「玻璃様は死んだことがあるのですか?」

「それはジャスパーでしょ?」

「え?」

「覚えてないの?」

 不思議そうに覗かれた。

「ま、私も半分死んでるんだけどね」

 そう言って玻璃様は一番大きなイチゴを口に運んだ。


 恐ろしい。

 俺はこの方が恐ろしい。

 決して逆らうことをしない。

 護るべき人のはずなのに、この方が恐ろしい。

 ずっと弱いはずだ。いや、お強い。

 無知で子供のはずなのに、この方は誰よりも知っている。

 だからこそ恐ろしいのだ。


「玻璃様は何故俺を?」

「ん?」

「あの時何故お声を掛けてくださったのですか?」

 恐る恐る訊ねた。

「呼んだでしょ?」

「え?」

「私を呼んだから」

 呼んだ? 俺が?

「どうやって?」

 思わず訊いた。

「死にたくないって。憎い。あいつを殺してないって」

 確かにそう願った。

 惨めな自分が嫌であの男を殺してやりたいと。

 けれど、それが?

「私は恨みや憎しみに惹かれる。血に惹かれるの。呪詛だから」

 綺麗に空になった皿にフォークが置かれる。

「ごちそうさま」

 玻璃様は椅子を離れて二階へ向かってしまう。

「あ、あの」

「何?」

「あの時俺を呼んでくださったのは何故ですか?」

 「来る?」と一言だけ。

 あれこそが救いだった。

「……気に入ったから」

「え?」

「ジャスパーが気に入ったから」

 どういう意味だろう。

「これと一緒」

 腿のベルトに挿されたナイフを手に取って見せられる。

「え?」

「手に取るとしっくりするの」

 玻璃様はナイフを俺のほうに投げる。

 ナイフは俺の顔を掠めてダーツボードの中央に刺さった。

「お財布とって来るね」

「は、はい」

 一瞬、殺意もなく殺されるかと緊張した。

 けれど、違う。

 彼女にとってはただの遊びだ。

 そしておそらく。


 馬鹿なことばかり言うな。


 そう、告げていたのだろう。

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