汚れた包帯
「いてっ……」
「我慢しなさい。また喧嘩なんてしてくるからよ」
説教を始めようとする朔夜には敵わない。
絶対マスターだって今の朔夜には勝てないだろう。
「女の子が顔に傷なんてダメでしょう。何をやったらこんなことになるのよ」
「喧嘩じゃねーよ。ジルの奴が出会い頭にいきなり切りかかってくるからよ、ちょっとひと勝負っつーかさ」
「それがダメなんでしょ! 全く、任務意外で怪我してどうするのよ」
朔夜は深い溜息を吐く。
思ったより傷が深かったらしい。血が止まらず、朔夜が止血魔法を掛け始める。
「そのまま傷塞いでくんね?」
「ダメよ。そんなことしたら瑠璃ちゃんまたすぐ喧嘩するでしょ。傷にからしでも塗っておこうかしら」
「勘弁してくれよ」
朔夜が言うと冗談に聞こえないのが怖い。
「瑠璃ちゃん」
「ん?」
「貴女、少しは自覚して頂戴。女の子なんだから」
朔夜の手のひらが頬を包む。
温かい。
「心配しているのよ。凄く」
「……悪かった」
朔夜とは全くの血のつながりも無い。
ただ、マスターに拾われた時に、たまたま一緒にいたから、あの日から姉妹になった。ただそれだけだった。
そのはずなのに妙に馴れ合って、一緒にいるのが当たり前で、当たり前のように心配して世話を焼いてくれる朔夜。
姉貴と言うよりは母親のようだ。
実際、今の朔夜は母であり姉である妙な位置にいる。
そのせいだろうか。朔夜には敵わない。
勝てる気がしない。それは力ではなく精神で。
「朔夜の手、温かい」
「そうかしら?」
「すげぇ温かい」
母さんの手がどんなのかは知らない。
けれども、こんなにも温かい手ではなかったと思う。
私たちを捨てた母親はきっと冷たい手をしていたに違いない。
「……ありがと」
「え?」
頬に触れていた朔夜の手を掴んで言えば、驚かれたようだ。
「……悪かった、心配掛けて……」
「……瑠璃ちゃん……いいのよ。私が勝手に心配しているだけだから。瑠璃ちゃんが強いことくらい知ってるわ。だから、死んじゃったりとかそう言ったことは心配していないの。でも、傷が残ったら、とか思うと、ねぇ。折角可愛い顔してるんだから」
そういう朔夜は世話焼きのおばさんの様でもあるから不思議だ。
「朔夜」
「な、なぁに?」
すっかり血で汚れてしまった包帯を取り替えている朔夜を真っ直ぐ見つめてみる。
「可愛いよ」
「はい?」
案の定驚いて慌てだす。
うん。可愛い。
朔夜は私なんかよりずっと可愛い。
「きゅ、急に何を言うの!」
「いや、なんか可愛いなって思っただけ。嫁さん貰うなら朔夜みたいな人かなってさ」
「……瑠璃ちゃん、お嫁さん貰うの?」
「いや、嫁に行くよりは嫁が欲しいっつーか、まぁ、今のところはカルメンで良いや」
「……そ、そう」
おどおどしだす朔夜が本当に可愛く思える。
「いてっ、傷口に指入れるな!」
「あ、ごめんなさい」
手当てしてもらって悪化したら洒落にならない。
けど、朔夜の少し抜けたところも嫌いじゃない。
なんだかんだ言って、結局朔夜のこと好きなんだよなとか自覚した自分がなんとも可笑しく思えた。