わたしの望んだものは、
こんなはずではなかった。
それはもう遅いことだ。
計算外の出来事は何時だってある。
けれど、僕はこんなものを望んだりはしない。
「ダーリン、待っていたわ」
ただ、仕事を伝えに来ただけなのに、この女は何時だって気持ち悪い声を発して僕に寄ってくる。
妄想癖の痛い女。
こいつと同じ空間で呼吸することさえ嫌だ。
この城に宿泊すれば、夜に寝室にまで押しかけられるし、料理には何を混ぜられているか分からない。
出来ることなら書面上のやり取りだけで終わらせたいが、それはそれでとんでもない手紙が混ざってくる。
焼却処分さえ間に合わないほどに。
それだけでも耐えられないのにこの女は香水臭いし、厚化粧だ。
カァーネやポーチェでさえ恋しくなるようなうざったい女。
あれらがどれだけ優秀な部下で、魅力的な人間であったかと思えるほどにこの女は最悪だ。
「ねぇ、どうしてさっきから一言も話してくれないの?」
「……僕は仕事を片付けたい。さっさとしろ」
もう嫌だ。
今すぐ全てを放り出して帰りたい。
けれども、そう言うわけにはいかない。
「んーっ、お仕事よりも、ねぇ、このドレスどう? ファントムの一流の仕立て屋に仕立てさせたの」
どうでもいい。
お前の声なんて聞きたくない。
それにしてもそんなことに無駄な金を使えるほどこの地は潤っているのなら、もっと徴収しようか。
この女の相手はもうしたくない。
次はラファエラ辺りにでも押し付けよう。
もっとも、あれはあれでこの女とは合わないだろうがとにかく僕が開放される方が優先だ。
「このお茶、シエスタの新種なの。お口に合うか分からないけど、ダーリンのために用意したのよ」
うざい。
どうしてこんなことになったのだろう?
厄介なこの女。
あの日、僕があの人形を持ってさえいなければこんなことにはならなかったはずだ。
あの詐欺師め。
ろくなものを寄越さない。
あれの処分なんかカァーネかポーチェに任せれば良かったんだ。
何故自分で処分しようなどと考えてしまったのだろう。
あの日の自分を怨む。
「仕事をしないなら僕はもう帰る。書類は後で郵送してよ。郵送しないならラファエラを寄越す」
「えーっ、もう帰っちゃうの? 折角だから泊まって行って。ううん。もう、一緒に住みましょうよ」
「僕は忙しい」
お前なんかの相手をしていられない。
ラファエラがいかに魅力的な女性であったか思い知らされる気がする。
あの詐欺師。絶対殺す。
直ぐにでも見つけ出して殺す。
誰だ。あの魔術師を詐欺師に買えた奴は。いや、詐欺師に魔術の知恵なんて渡した馬鹿は。
いや、違う。
あれは純粋な嫌がらせとして送られてきたものだ。
どうでもいい。
そう、とにかくこの迷惑な女を何とかしなくては。
「ダーリン、浮気なんて許さないんだからね」
「……」
このぶっ飛んだ頭をぐちゃぐちゃにつぶしてやりたい。
本当に、誰だこんな女に地位なんて与えた奴は。
いや、昔はそれなりに優れていたのだろう。
だが、今となってはその面影すらない。
「お帰りでしたら馬車までお見送りを」
「必要ない。二度とその顔を見せるな」
主が主なら従者も従者だ。
従者の品格は主の品格。この城の連中はみんな狂っている。
全ての元凶はあの人形。
あれが全てを狂わせた。そうに違いない。
それ以外考えられない。
望まない贈物。
それによって全てが狂う。
あの魔術師は一体何をしたかったのか、それすらも理解できない。
ただ、迷惑だというだけのことだ。