歪んだ世界と罅割れた感情
この国の罪は感情で決まる。
たとえば、国民に決めさせよう。
罪人が気に入らない人物であれば死刑。
明らかに罪を犯していても、自分の利益になる相手ならば無罪。
正義なんてそんなものだ。
ミカエラ・カァーネは諦めた様子で溜息を吐いた。
今日もあの恐ろしい男に罪人を引き渡す。
この男は何をしでかしたのだったか、すでに思い出せない。
「こんな国は滅びるぞ!」
「良かったじゃないか。その前に死ねるんだ」
叫ぶ男にそう言ってやると男は怯えた様子で彼女を見た。
慣れている。カァーネは自分に言い聞かせた。
自分は犬だ。
それ以上でも以下でもない。
「ウリエル」
「ああ、カァーネか」
「今日はこいつだけだ」
「少し溜めておいてくれないか? 処理が追いつかん」
罪人の男を引き渡せば、目の前の男は溜息を吐く。
カァーネは彼を睨んだ。
「監獄も一杯だ」
「ならば無罪を増やせ」
「……それは私が決めることではない」
そう、国民の感情が、そして国王の感情が罪を決める。
「陛下があの面を気に入らないと言えば死刑、陛下が髪の色を気に入ったと言えば無罪。ここはそんな仕組みだ。最近は陛下に気に入られる奴が居ない。それだけの話だ」
カァーネの言葉に男は再び溜息を吐いた。
「この国は終わる」
「何?」
「終わるのだよ。カァーネ。そして私も」
彼は静かに言う。
「カァーネ、鼻は利くか?」
「当然だ」
「ああ、そうだ。お前はカァーネなのだから」
彼は静かに言って罪人の男を引きずって歩き始めた。
「待て」
「ん?」
「貴様が終わるとはどういう意味だ?」
「そのままの意味だ。私は、陛下の為にあるのだから」
彼はそう言って長い廊下の果てへと消えた。
この国の感情は読めない。
この国の未来は読めない。
この国に罪など無い。
この国に正義など無い。
カァーネは「犬小屋」と呼ばれる自室へと向かう途中、女王の肖像画を見た。
狂おしいほど美しく、朽ち果てたかのような寂しさを感じた。