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「師匠、今日は何を?」

「今日は薬の調合をするのだけど、興味はないかしら?」

「いえ、とても楽しみです」


 懐かしい夢を見た。

 あの子の夢。

 昔は素直で可愛かったのに、

 今はどうしてあんなにも虚ろなのかしら。




「スペード」

「……何か用ですか?」

 睨まれる。

 それが師に対する態度かしら? と言ってやりたいけれど、そう言えば彼はさらに不機嫌になるだろうからやめておく。

「元気かしら?」

「すこぶる健康です」

「そうじゃないわ。最近楽しいことはあったの?」

「そうですね。賭けでぼろ儲けです」

「そういう意味じゃないわ」

「では?」

 彼はめんどくさそうに私を見る。

 切れ味が悪くなったのでは?

 既にさび付いてしまっているのでは?

 そう思わずにはいられない。

「一緒にお茶でもどうかしら?」

「僕は忙しいのでお断りします」

「そういわずに。とても美味しいケーキを出すお店があるの」

「甘いものは嫌いです」

「あら? あんなに好きだったじゃない」

「何時までも子供ではありません」

 その言葉に酷く突き放された気がした。

「そ、そうよね……ごめんなさい」

 私にはずっと子供に見えるのに、この子はそうじゃない。

 腐った微温湯の中で時間を止めている。

 この子はもう、可愛かったカトラスでは無い。

 道を踏み外してしまった魔術師、スペード・J・A。

 ああ、あの子が去ってしまう。

 引きとめよう、そう思ったけれど出来なかった。

 何時までも子供ではない。その言葉が鋭く突き刺さる。

 もう、あの子は私が愛したあの子ではないのだ。




「師匠、どうです?」

「うーん、少し煮すぎかしら。でも、初めてにしては上出来よ」

「初めてにしては、ですか」

「落ち込まなくていいわ。実は、私はこの薬を初めて作ったとき、分量を間違えちゃってね、それは綺麗なピンクになっちゃったの」

「師匠が?」

 信じられないとカトラスは私を見た。

「血の色にならなきゃいけないのに、よ? 誰にだって失敗はあるわ」

「僕にとって貴女は常に完璧な魔女です」

「まぁ、嬉しいことを言ってくれるのね」

 これは幻影?

 私の一番幸せだった時間。


「師匠、週末は王都まで出かけませんか?」

「王都に?」

「実は、この前の報酬で少し買いたいものがあるんです。折角ですから師匠と一緒に行きたいと思いまして」

「まぁ、甘えん坊ね。カトラスは」

 息子のようだった。

 そう、何百年も前に失くした息子が戻ってきたような、そんな感覚だった。


「まだ若いんですから、ね? たまには良いんじゃないですか?」

「あら、私のことを出会い頭に婆呼ばわりした貴方がそんなことを言うようになるなんて思わなかったわ。何か企んでいるの?」

「まさか。昔のことは忘れてください。若さゆえに愚かだったんです」

「ふふっ、冗談よ。じゃあ、お相手はカトラスにお願いしようかしら」

「喜んで」

 孫のようで、息子のようで、恋人のようだった。

 

 そう、あの人が戻ってきたような、そんな感覚。

 けれど、この子も同じだった。


「師匠は本当に歳を取りませんね」

「気味が悪い?」

「まさか、素晴らしいことです。僕も師匠のようになりたい」

「止めなさい。こればかりは、決して許されない罪なの」

「何故?」

「全てを失うわ。大切なものを全て」

 膝の上から毛糸が転がる。

 その瞬間、カトラスが私を見る目が変わった。

「最後の最後に出し惜しみですか?」

「え?」

「僕にはその秘術を教えたくないと」

「秘術なんか無いわ。呪いよ。私の一番恥じるべき行為だったの。貴方には、教えたくないわ」

 私が愛を注ぎ続けた可愛いこの子に、あんな愚かな真似をさせたくない。

「何故です! 僕は貴方の弟子ではないのですか!」

「私の弟子だからよ」


 あの子は出て行ってしまった。

 もう、それきり顔を出してくれなくなった。

 

 それからしばらくして、緩やかながらも歳を重ねていたあの子が時間を止めてしまった。

 ああ、同じ罪を犯してしまったのだろう。

 そう思った。

 酷く胸が痛む。

 まるで、切り裂かれたように。


 最初で最後の弟子は、私の最後の養子むすこで、私の唯一の弱点となった。

 

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