石に刻まれた文字を指で確かめ
「予言の書?」
ポーチェの言葉に耳を疑った。
「ええ。何でも、リヴォルタが所持しているとか」
ポーチェはお茶を注ぎながら言う。
「ラジエル様も噂は聞くと。ですが、実体が掴めません」
「ラジエルがねぇ」
私は奴を染み抜き名人くらいにしか思っていなかったが、どうやらポーチェにとっては尊敬の的、らしい。
まぁ、確かに研究部でもずば抜けた知性を持ち、宮廷大博物館の全てを管理する館長だからおかしな噂を知っていても不思議ではない。
「それで? 噂の出所は?」
「それが、先日競った棺に彫られいたそうです」
ポーチェは私にティーカップを出す。
「陛下のお耳には?」
「いえ、まだ」
「ああ、陛下には言わない方がいいだろう。これは我々の判断で処分するべきだ。ユリウスにも伝えておこう」
「はい。ああ、ウリエル様が先程、予言の書に心当たりがあると言って出かけられました」
「ウリエルが?」
まぁ、近頃は囚人を殺しすぎて暇になったのだろう。刺繍以外にすることがないからその口実に使ったに違いない。
「リヴォルタがもし所持していなければ、ディアーナやハデスも動くだろう。貴族達も動くかもしれん。いつ裏切るか分からん奴もいるだろう」
「まさか」
「それだけこの国に与える影響は大きいでしょう」
棺に彫られた文字が悪戯という可能性は無いのだろうか?
「ラジエルはどこに?」
「今日は図書館の棚変えをするとおっしゃっていました」
「分かった、手伝う不利をして邪魔してこよう」
「素直に手伝って下さい」
「ラジエル! 丁度いい」
「ラファエラ、貴女『上司からの求婚を断るとんでもない55の手段』返却期限は昨日でしたよ」
「すまん。ユリウスに持っていかれたからてっきり返却してくれたのだと思ったが」
「……全く、騎士団長も何を考えているのやら」
ラジエルはあからさまに大きな溜息を吐いた。
ラジエルは騎士団の化石だ。
恐ろしいことにアルジズ前騎士団長よりも前から騎士団研究部に居るらしい。化け物だ。
「私はお前が考えていることが理解できん」
「いやぁ、世代の壁ですかねぇ」
呑気に言うが、眼鏡の奥の視線は鋭い。
「それで? 今日中に返却してくださいますね? 騎士団長補佐」
「ユリウスに言ってくれ。私はもう今日はあの面を見たくない」
自分の同期が壊れたなんて認めたくない。
「ソプラニーノのチョコレートケーキで手を打ってあげても良いですよ」
「……お前、一番税率の高いものを……」
「国への貢献です。陛下の為になるでしょう?」
「巡り巡って自分の給料になるかと思うと酷く嫌なサイクルだ」
まぁ、買いに行くのがめんどくさいだけだが。
「あの店、並ぶんだよな」
「その腕章を見せれば直ぐに入れるでしょう?」
「……それはユリウスしか使わん手だと信じていたが?」
宮廷騎士特権、とユリウスはいつも言っているが、職権乱用だ。
私はそんなことはしない。
「相変わらず石頭だねぇ。ラファエラは。まぁいいや。予言の書のことは今、僕とポーチェと君しか知らない。最も、この王宮では、の話だ。酒場辺りで情報収集を頼みたいのだが、空きはあるかね?」
「私は、三日ほど休暇だ」
「丁度いい。潜入してくれるかぇ?」
休日返上で仕事しろと。
「陛下の為になるなら」
「勿論、他の連中より先に予言の書を手に入れることは陛下だけではない、王族全体の有益に繋がる」
「都合の悪いことがあれば、抹消できますからね」
「なるほど」
まぁ、ユリウスから離れる口実も出来る。私にとっても損ではない。
「棺には何て彫られていたんだ?」
「いや、『不吉ナ予言ヲ決シテ外ニ洩ラシテハナラヌ』とだけだ。予言は不吉なんだよ。ラファエラ」
ラジエルは面白そうに言う。
「それで?」
「もしかすると暗殺か何かに関するものかもしれないからね。急がないと」
面白いことになってしまうと彼は言う。
「あの棺、面白いんだ」
「は?」
「陛下の生まれた日に作られている」
「馬鹿な」
「いや、本当に。追跡魔法でも使って鑑定してみなよ」
「私には使えない」
「ああそうだった」
ラジエルは本当に面白そうだ。
「私には何か起こってくれた方が面白いけれど、君は違う。何も起きない方が良いのだろう?」
眼鏡を外すラジエルの視線の先に何があるかは分からない。
「何も起きない方が良い」
「うん。模範解答だ」
満足そうに、彼は白衣の胸ポケットに伊達眼鏡を仕舞う。
「ラジエル」
「ん?」
「情報収集はいいが、誰に接触する?」
「ウラーノ・ナルチーゾ辺りが良いんじゃないかい? 彼は、退屈になると何にでも手を出すからねぇ」
絶世の美女に化けてお行きと言いながら、ラジエルは部屋を出てしまう。
「ポーチェ」
「はい」
「絶世の美女、とはどんな面だ?」
「さぁ? 少なくとも「面」などという言葉は使わない人のことを指すと思います」
「同感だ」
正式な任務でないにせよ失敗は許されない。
「ポーチェ」
「はい」
「部屋を貸してくれ」
「へ?」
「ユリウスとあの女に邪魔をされれば全ての計画が狂う。あと、満腹にごはんをあげて欲しい」
「満腹? ああ、あの子ですね」
「頼む」
ケーキを買いに行くところから演技が始まる。
そう思うと少しばかり気が重いが、やむを得ない。
予言の書は何が何でも宮廷が手にしなくてはいけないのだ。