黒い海に埋もれながら
「暇だねぇ。チタニア、オベロン。何か面白いことを見つけてきてよ」
「無理です」
「めんどくさいです」
使えない使用人たち。
私は退屈なんだ。
「ミランダ、ウンブリエル、クレシダ、ロザリンド、誰でもいいよ。面白いこと見つけてきてよ。酷く退屈なんだ」
姿を現さない家臣たち。
全く。
退屈だ。
「もういい。何か甘いものが食べたいな」
「はい、直ぐにご用意いたします」
そう答えたのはロミオ? ジュリエット? どっちでもいい。
いや、ロミオはいなかった。
どうせみんな顔を出さない。同じことだ。
「スティファノー、君だけだよ。顔を見せてくれるのは」
私の執事は有能だ。
使用人をたった一人で纏めている。
私はクレッシェンテの伯爵の中で最も多くの使用人を持つ伯爵だ。
ナルチーゾは平和で豊か。
殺しなんて生臭い話は他の領土に任せてある。
とにかく二十七人の使用人の中で顔を見せるのはスティファーのだけだ。
「葡萄酒を持って来てよ」
「はい、只今」
「ウラーノ様、ジャンドゥーヤをお持ちしました」
「ありがとう。ああ、スティファノー、葡萄酒は止めたよ。カフェラッテを持ってきてくれ」
「はい」
どうもこの城にいると食べること以外の楽しみが無くなる。
困った。
このままではこの完璧な体型を維持できなくなってしまう。
「暇だ。何か芸術品でもあるのなら話は変わるのだけどねぇ。ああ、そうだ。ジュリエット、花の女神の情報は入ったかい?」
「先日シエスタから戻られて、現在はムゲットで公演中のようです」
「そう。ナルチーゾにも来るかな?」
「おそらく」
声だけ。
つまらない。
こんなに可愛らしい声をしているのだから、姿も見せてくれれば良いのに。
つまらないな。本当に。
「そういえば、王都はなにやら騒がしいですよ」
「ん?」
今の声は誰だっただろうか? ああ、思い出した。ロザリンドだ。
「魔術師が騎士に終われているそうです」
「いつものことだよ。ロザリンド。気にしてはいけない。そして、面白くは無い。それより面白いことを考えたんだ」
「面白いこと?」
視線が集まる。
心地よい。
闇から向く視線は皆私の考えに注目している証だ。
「ジュリエット」
「はい」
「ロミオを探してきてよ」
「は?」
確か遠い異国の芝居だ。
ジュリエットにはロミオがつき物だってスペードが言っていた。
そうだ、初めてジュリエットを紹介した時に、彼は面白そうにそう口にした。
「君のパートナーだ。最も、新しい使用人はこれ以上要らない。でも、道化師とかそう言うのだったら欲しいな」
既にトリンキュローがいるけれど、彼は全く姿を現さないからつまらない。
どうして私の使用人たちはこうも姿を現してはくれないのだろう。
「ムゲットに行こうかな」
「領地を空けてよろしいのですか?」
「構わないよ。ここには使用人が沢山いる。少しくらいあけても、誰かがしっかり護ってくれるさ」
とりあえずジュリエットとロザリンドを連れて行こうか。
まぁ姿が見えないから居ても居なくてもあまり変わらないのだけど。
「久しぶりにセシリオに会いに行こうかな。ああ、そういえば娘を拾ったとか面白いことを言っていたよ」
「拾った? 娘を、ですか?」
「ああ。彼の考えることは良く分からないからね」
ああ、そうだ。
面白いことはムゲットにある。
だって、あそこは個性的な人間達の集まりだ。
「荷造りをしてよ。明日にでもムゲットに向かうからさ」
「はい」
今度は誰だっけ?
もういいや。
顔を見せない使用人より、ムゲットの親友だ。
ムゲットには光がある。
こんな薄暗い城とは違う。
早く明日にならないかな。
なんて、少し子供っぽいか。