これ以上何も見せないで
好奇心旺盛とはよく言われるけれど、僕にだって見たくないものくらいある。
今の現状がまさにそうだ。
「だからいつも言っているだろう。お前は昔から全体統制が下手すぎる。これではアルジズ前騎士団長に笑われるぞ」
「いや、今回の失態は君が僕に付いて来られなかったが原因だ」
「お前のあの無茶な突入に私は初めから反対していた!」
「騎士団長は僕だ!」
上司の言い争い。
尊敬する二人がまるで子供のように言い合っている姿はこれ以上見たくない。
「「ラミエル! 直ぐに片づけを開始しろ!」」
だけどそれは許されないらしい。
二人同時に全く同じ指示をされる。
けれどもあの二人はそれすら気に入らないようで再び言い争いを開始する。
仲が悪い。
理想は同じ癖にどこか考え方に相違があるのだろうか?
いや、違う。
お互い素直じゃないだけだ。
本当に困った人たちだ。
特に近頃のジル様はおかしい。
ラファエラ様の前だと常に意地を張り続けている感じがする。
「ラフィ、ラフィ! お茶の時間だ。何をしておる?」
陛下だ。
珍しい。こんなところまで来るなんて。
急がないと。
陛下にあの惨状を見られてはいけない。
血の一滴だって陛下の目には入れてはいけない。
陛下は常に美しいものだけを目にしていなければいけない。
そう言うお方だ。
「申し訳ございません、陛下。直ぐに参ります」
「ああ、そうしてくれ。ラフィ」
「陛下、その呼び方は止めていただけませんか?」
「気に入らぬか? ではラファー? レイフが良いか?」
楽しそうな陛下。
困惑したようなラファエラ様。
「良いじゃないか、レイフ」
「ユリウス……後で殺す。百回殺す」
「誰がユリウスだって? 僕のことはジルと呼べといつも言っているはずだ」
「ふふっ、仲が良いな。ユリウスとラファエラは。我は嬉しいぞ」
「は、はぁ」
ラファエラ様は困惑した様子だ。
「レイフ、後で僕の部屋に来なよ」
「その呼び方はよせ」
「まぁ良いじゃないか。可愛いぞ、レイフ」
「陛下……」
僕の上司はおかしな人ばかりだ。
犬小屋に住んでいる人はいるし、愛称でしか呼ばれたくない人はいるし、愛称で呼ばれるのが嫌いな人もいるし、何より自分の服を踏んで転ぶ人もいる。
困った人ばっかりだ。
まぁ、僕も困った人に含まれるんだけど。
ああ、血がとれない。
困った。
またラファエラ様が派手にやってくれた。
彼女の鞭はじわじわと痛めつける武器だから、負傷した敵がいろんなところに血を落としていく。
証拠隠滅が大変だ。
「レイフ、今日のおやつは何だろうな?」
「さぁ、ポーチェの気分で決まるのでしょう?」
「ああ。ユリウス、お前も一緒にどうだ?」
「申し訳ございません。まだ仕事がありますので」
「つまらないな。少しくらい休んでもよかろうに」
陛下が歩き出してしまう。
ラファエラ様を連れて後宮にお戻りになるのだろう。
「ラミエル」
「は、はい」
急に声を掛けられて驚く。
「残党は居るかい?」
「五人ほど居ると思います」
「そうか。王宮から追い出してから始末したいけれど、そこまで上手くはいかないか。ラミエル、掃除は任せたよ」
「え? あ、はいっ」
急に生き生きとするジル様。
残党狩りだ。
ああ、また仕事が増える。
けれど、ジル様は僕に任せてくださる。
それだけ信頼されていると思って良いのだろう。
それが嬉しい。
殺戮の現場は見たくない。
言い争う現場は見たくない。
けれど、生き生きとした、ジル様を見たい。
仕事の出来る、陛下から信頼された上司達を見たい。
だから、僕も陛下に信頼される家臣になれるように今できる仕事を精一杯頑張ろう。
今はまだ掃除しか出来ないけれど、きっと陛下のお役に立てるように。
残党達の悲鳴が聞こえる。
陛下の笑い声が聞こえる。
阿鼻叫喚と、楽しいお茶の時間。
同じ敷地内で随分差がある。
けれど、どちらの声も互いには聞こえないのだろう。
そう思うと、少しばかり羨ましく思えた。