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それはゆるやかに終わりに向かうような


「んで?」

 目の前の男は気が抜けたような顔で聞き返す。

「シエスタ第23代王子、ロホ様は無事なのか?」

「まったく、お前は愛国心が強すぎる。とっとと国に帰ったらどうだ?」

「金があればさっさとそうしてる」

「ほぅ」

 そう、何時だった私は祖国に帰ることを夢見ている。

 ただ、金が無い。

 この国で私が生きるためにはこの国の国民の三倍の税を納めなくてはいけないし、組合に払う金もいる。保険のようなものなのだが、万が一の時に守ってもらうための金だ。

 そして、国の家族に仕送りがいる。

「メディシナ。アタシを買わないか? 満足させてあげる」

「生憎間に合っている。ってか、お前、あいつはどうしたんだ?」

「あいつ?」

「得意客の、なんっつったか? タロッキのスートみたいな名前の奴だよ」

「ああ、あの男だね。もう、あいつの相手は嫌なんだよ」

「へぇ、珍しいな。お前が客の不満を言うなんてよ」

 からかうように言いながら、メディシナは書類に目を落とす。

「アンタ、こんな良い女を前にして仕事かい?」

「悪いな。生きてる女にはそれほど興味が無いんだ。俺が興味を持つのは外じゃねぇ、ナカだ」

 気持ち悪い男。

 きっと変態っていうのはこういう奴を言うんだ。

「嫌になるねぇ、仕事男ってのは」

「だったらなんでわざわざ俺の職場に来る?」

「アンタくらいしか話す相手がいないからさ。同郷のよしみってやつだよ」

「迷惑な話だぜ」

 わざとらしく溜息を吐く男に腹が立つが知らぬ不利をする。

「アンタしか居ないんだよ。王子の話が出来るのは」

「まぁな」

「祖国が傾いている時にアンタは呑気だね」

「まぁ、俺は帰る予定は無いからな」

「この国に永住するの?」

「病院もあるし、店もあるからな。こっちの方が商売しやすい。規制が少ないからな。まぁ、いちいち宮廷に申請するのが少し面倒だが、それさえ通れば後は楽なモンだ」

 呑気な男。

 祖国が消えるかもしれないのに。

「ロホ様が行方不明だそうだ」

「ああ」

 鏡味ガなさそうな返事。

「アンタ、愛国心ってのは無いのかい?」

「俺にとっちゃ既にこっちが祖国みたいなもんだ」

「税を三倍取られても?」

「悪いな。俺は宮廷主治医だ。つまり、女王陛下の専属だ。税は免除なんだ」

「げっ」

 ぼろぼろだな。

「アンタ儲けすぎだよ」

「まぁな。けど、金で買えないものがあるって事が分かった」

「へぇ」

 アタシからすれば金で買えないものなんて分からないけどねぇ。

「金さえあれば幸せになれるだろうに」

「金があっても治らねぇ病気もあるんだ」

「へぇ、けど、アンタなら治せるんだろ? だったら金があれば幸せだろ」

「俺でも治せない」

「え?」

 驚いた。

 クレッシェンテ一の名医が匙を投げる病とはどんなものだろう。

「金があっても治らないモンは治らない。せいぜいその健康な身体を大事にしとけ」

「なんだよ。それ」

「お前の取り得はその健康な身体だろ?」

「まぁね」

 けれど私は老いていく。

 いつかこの身体を失う。

 それまでにせめて金だけは集めたい。

「やっぱり金が全てだよ」

「考え方は人それぞれだ。だがな、その考えは少しばかり寂しいぞ。昔の俺みたいだ」

 メディシナは溜息を吐く。

「アンタが?」

「ああ」

 同郷だと考えも似るのだろうか?

「シエスタは貧しい。この国と比べて。昔と比べれば少しばかりマシになったが、未だに俺らは差別を受ける立場だ」

「けれど、この国は終る」

「おい」

「王が狂いだした」

「言うな。死にたいのか?」

「事実だ。客もみんな言っている」

 もう、この国にも居られなくなるかも知れない。

「私は行くところが無いんだよ」

「しかたねぇだろ。どうしようもない」

 突き放つ言葉から、何故か優しさを感じる。

「メディシナ」

「国が滅んだら、その時はもう一度ここに来い」

「え?」

「ラウレルで雇ってやらないこともない」

 昔からそうだ。

 この男は。

 頼りになる。兄のようで、父のようだ。

「ああ、そうするよ」

 怖かった。

 話しを聞いて欲しかった。

 この男は聞き流しているようでしっかり聞いてくれている。

 不安を拭い去ってくれる。

 私がここに来るのは、きっと安心したいからだった。

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