あなたは窓の外ばかりみている
「ユリウス、この書類に目を通しておいてくれ」
「誰がユリウスだって? 僕のことはジルと呼べといつも言っているはずだが?」
不機嫌そうな部屋の主、我らが宮廷騎士団長ユリウスこと自称ジルは私を睨みつけ、それから書類を奪い取り視線を落とす。
「またカァーネか」
「予算が足りないそうだ。確かにここのところリヴォルタが活発に動いている。その分囚人も増える」
「それで?」
「今の倍は欲しいところだが、財源確保が困難だ。それに……非常に言いづらいのだが……」
「何?」
ユリウスは不快そうに私を睨む。
「……その、だな……陛下のお召し物がどんどん増えて行く。それで、衣裳部屋が溢れ返っているのだが、近頃陛下が召抱えた仕立て屋を大層お気に召されているようでだな……こちらも予算が足りんのだ」
「……陛下が……けど、これ以上どこも削れない。かといって増税となると暴動が置きそうだ。欲の皮ばかりの張った連中だからね」
「……研究部の予算は削れないのか?」
「ああ、あそこか。まぁ、近頃成果が出ていないからね。少しくらいは削れるだろうけど、あまり削りすぎても苦情が来るし、何より少し削ったくらいじゃ追いつかない。医療部は削るわけにはいかないから、困ったものだ。陛下に我慢をしていただくような事になれば僕は君と一緒に首を切らなきゃいけなくなる。それだけは避けたいね」
君と一緒なんて死んでもお断りだよとユリウスは言う。
「……後は団員の給与を減らす程度か。ジル、お前今いくら貰ってる?」
「は?」
「食費も家賃も掛からないんだ。ぎりぎりまで削っても問題なかろう。どうせたいした趣味も無いのだろう?」
「そういう君はどうなんだい? 君こそ衣食住費が掛かっていないだろう。王宮に住んで陛下と同じものを口にして衣服も陛下自らお選びになっている。たいした趣味も無い」
「……いや、衣服は結構掛けている。休日くらいは楽な服を着たいからな。素材と形にはかなり拘っている」
「へぇ、けど、それって削れるよね」
容赦ない。
流石だ。
「まあ、三割までなら」
「五割削ろう」
「……そりゃあそれなりに蓄えはあるが……そういう貴様はどうなんだユリウス」
「僕は武器の手入れにかなり掛けているからね。でも、まぁ三割くらいなら削れるかな」
「貴様こそ六割は削れ」
「ついでにカァーネも削ろう。あれの趣味はレース編みだったか? 作品でも売れば少しは収入になるだろう」
「……鬼だな」
「仕方ないよ。幹部の給与でも削らないとやっていけないんだから」
ポーチェの減給だけじゃ足りないとユリウスは言う。
「カァーネが騎士団内のどこかに嫁にでも行けばそれなりに削りようがあるのだが……」
「いや、あれは高給取りだからあれの嫁か婿の方が仕事をやめると思う」
「確かに。ユリウス、貴様が辞めろ」
「は?」
「どこかに嫁に行け」
「僕はこの仕事を辞めるつもりはないよ。そういう君が嫁に行けばいい。まぁ、貰い手がいればの話だけど」
いちいち腹が立つ言い方だ。
ユリウスを見れば先ほどから何度も窓の方を確認している。
「そういう貴様は相手はいるのか?」
「僕は生涯陛下に仕える」
「私だってそのつもりだ。陛下こそが私の全て。陛下の為ならば地の果てまでお供する」
「君って、結構な変態だよね」
「貴様には言われたくない」
ユリウスは書類から顔を上げ、窓の外を見る。
「どうした?」
私の問いには答えない。
「いつまで其処にいるんだ? 入っておいでよ」
いつに無く優しい声でユリウスは窓の外に向かって言う。
「……こんにちは」
「こんにちは。ちゃんと挨拶できてる。いい子だ」
心なしかユリウスの表情が柔らかい。
窓から入ってきた少女はどこか見覚えがある。
「ああ、カァーネの妹か」
「違うよ」
「違うのか? カァーネがよく面倒を見ているだろ」
「僕の客人だよ。玻璃、今日は何の用だい?」
「晴れているから遊ぼう」
「遊んで欲しかったらちゃんと正門から入って、戸から訪ねてくるんだ」
「だって、門には番犬がいるもの。番犬は嫌い。いつも吼えている」
はりと呼ばれた少女は本当に嫌そうに言う。カァーネは随分と嫌われているようだ。
「遊ぼ」
「僕は忙しい」
「だって、マスターは出かけているし、瑠璃は任務だし、朔夜はお祈りに行ってしまったから誰も遊んでくれないの。ジャスパーとアンバーも出かけてしまったわ。とても退屈。それに一人は嫌」
「ラファエラ、ココアでも淹れてあげて」
「は?」
経費を削減しろと言う割りに、この男はしっかりと自分は呑みもしないココアを部屋に常備している。
「…紅茶とコーヒーの種類を減らせ。そしてココアは置くな。来客用と言いながら一人しか飲まないだろう」
「玻璃はコーヒーを飲めないからね。甘いものを用意しないとうるさいんだ」
「持参させろ。経費削減だ」
全く。
この男は妙なところで子供に甘い。
「ジル」
「ん?」
「こないだね、カトラスAに会ったよ」
玻璃の言葉にユリウスは立ち上がる。
「どこで?」
「んーっとね、魔女の家の屋根でお昼寝してたら家が揺れて落ちそうになったの、その時にね、下で魔女とカトラスAが言い合ってた。ううん、カトラスAが一方的に怒ってたの」
「魔女の家?」
「うん。蘭の家。家? お店? うん。大聖堂前の噴水の中央の通りにあるお店」
「いつ?」
「こないだ」
この玻璃と言う少女はあまり頭はよくないのだろうか。
こないだとか、お店だとか正確とは言えない表現を使う。かといって嘘を吐いている様子でもない。
「ラファエラ、茶菓子を持ってきて」
「は?」
「情報料。甘いものをよこせってことだろう? 玻璃」
「ううん。遊びたい。チェスしよう。ジルは強いから好き」
悪戯っ子の表情で玻璃は笑う。
軽く眩暈に襲われたが、情報料が決まったらしいので、今日はもう仕事の話も出来そうに無い。
私は大人しく直ぐ隣にある自分の部屋でゆっくりと休むことにしよう。