壊れたこころ
私には理解できない。
陛下の為に全てを捧げるなどということを。
「アルジズ騎士団長、どういうおつもりですか?」
「もう、私は騎士団長ではありません。貴方が騎士団長です。ユリウス」
もう、腕章も渡した。
書類上の手続きも済んだ。
「一体何故?」
「もう、疲れてしまったのです。姫のお相手に」
幼い姫は本当に我々を振り回してくれた。
いや、もう彼女は女王だ。
姫ではない。
「私はあの方が本当にお小さい時からこちらで仕えて参りましたが、そろそろただの民に戻りたくなりました」
「何故?」
「ここは煌びやか過ぎる。私には手の届かない場所だった。それだけです」
この掃き溜めは本当に煌びやかで、陰謀が渦巻いている。
ここを訪れる貴族やら商人やら魔術師は皆小さな女王を利用しようとするものばかり。
そして、彼女もまた、その争いに巻き込まれ散っていった。
「私はもう、陛下の為に散る覚悟を持てなくなりました」
「貴方ほどの人が?」
「私はただの人間です。貴方ほど優秀な戦闘能力があるわけでもありません。それに、貴方のように可愛らしいしぐさで陛下を喜ばせることも出来ません」
そう言うとユリウスは微かに頬を染め、不機嫌そうな顔になる。
「あ、あれは……言わないで下さい」
「知ってるよ。それだけ貴方も必死だったのでしょう?」
可愛らしい人形劇の二人の部下を忘れるはずも無い。
二人とも必死で、真剣なのがなおさら可愛い。
だから彼女も私もこの二人を選んだのだ。
「ラファエラは元気ですか?」
「彼女はどうでもいいでしょう?」
「良くないよ。彼女もまた、騎士団を支えていくのだから」
私の相棒は散ってしまったけれど、彼女はそうはならないだろう。
「ラファエラなら……また陛下のお着替えです」
「ああ、陛下にも困ったものだ。国庫は既に危ういというのに。もう、私ではどうもならない。倹約せよと言っても騎士団だけではどうしようもならないだろうに」
「貴方が出来ないことは私にもできません」
ユリウスは本当に私を慕ってくれている。
嬉しくもあり、苦しくもある。
「出来るじゃないか。現に私は剣を使えない」
「ですが、重火器はアルジズ騎士団長の得意とする戦法です。それに、戦闘なら我々が援護します」
「いや、ユリウス。次は貴方がこの騎士団を纏めなさい。私はね、もう疲れてしまったのだよ」
私を支えてくれた彼女はもう居ないのだから。
「何故?」
「君は本当に頑固だ。困った子だ。仕方ないね。本当のことを言おう」
この子にはどんなに嘘を塗り固めても無駄だ。
「ユリウス、実はね。私には娘が居るんだよ」
「娘?」
「ああ、娘だ。まだ幼い娘を一人にしたくない。あの子は母親を失くしてしまったからね。私が傍に居たいんだ」
そばに居たいのは私だ。
彼女に良く似たあの子をひと時だって離したくない。
「だったら宮廷に置けば良い」
「いけないよ。ユリウス。騎士団員は常に陛下を最優先しなくてはいけない。だからこそ、私はここを出る。あの子と過ごすために」
当分は働かなくても良いほどに、いや、一生働かずに使用人を雇って生活できるほどの貯えはある。
「それに、私は君が作る未来を見たい」
口から出任せの嘘でさえ、この子は信じてしまう。
私は裏切るのだ。
この子を。陛下を。
そして新たなる主に仕える。
「この国を作るのは君達だ。陛下と共に」
「アルジズ様……」
もう、彼は騎士団長と呼ばなくなった。
自覚を持ってくれたのだろうか。
「たまにお会いすることは出来ますか?」
「ええ、いつでもどうぞ。君なら大歓迎ですよ」
けれど、きっと次にこの子に会うのは、私が捕らえられる時だろう。
私はどこかで期待している。
この子が私を捕らえてくれることを。
私を罰してくれることを。
私が求めているのは救いではなく、罰だった。