熱を失うからだ
「先生、これはどうしたら良いのですか?」
懐かしい夢だ。
「先生?」
先生、先生と不安げに僕を見上げるあの子。
リリムだ。
何年前だっただろうか。
あの子は良く懐いていた。
「先生、不老不死はありえるのですか?」
「さぁ? 僕も確かめたことはありません。ただ、僕がかつて師とした人は不老長寿でしたね。七百年以上少女の姿のまま、永遠の時を生きていると聞きました」
そう言う僕も既に四百年の時を生きている。
「不死ではない?」
「殺そうとしても死にませんが、死んでしまったら不死ではない。こちらの実力が足りないのか、本当に不死なのかの見分けはつきませんね」
「まぁ、ではあの赤い死神にも確かめられないのですか?」
「……彼は試そうともしません。自分の得にならない仕事はしない主義ですから」
あの子は良き弟子だった。
あの子は優秀な術士になった。
けれども。
あの子は壊れてしまった。
「先生、約束していたお茶を持ってきました」
毎朝、この家に来る。
先生、お茶をと同じ茶葉を持ってくる。
「ありがとうございます。淹れて頂けますか?」
「はい」
嬉しそうに返事をする馬鹿な娘。
壊したのはあの男だ。
とても優秀に仕上がったのに、一瞬で壊してしまった。
「先生、私、結婚しました」
「おや? 誰とですか?」
「ルシファー様です」
「聞いたことがありませんね。どのような人ですか?」
毎日同じ会話を繰り返す。
「とても、素敵な人です。炎のように熱く燃える人です」
うっとりと、毎日同じことを言う。
僕がここに居ない日は、この子はどうしているのだろう?
「美味しいですね。どこのものですか?」
「ファントムから取り寄せています」
嬉しそうに笑う。
いつもと何も変わらない。
会話を変えればそれなりに違う返答はするが、次の朝にはまた「先生、約束していたお茶を持ってきました」から始まる。
毎日同じ茶葉。
毎日持ってこられるので溜まる一方だ。
決して減らない。増える一方。
なのにこの子は毎日持ってくる。
毎日買って毎日持ってくるのだ。
緋の悪魔は何も言わないのだろうか?
「新しい生活には慣れましたか?」
「はい、皆さんとても良くして下さいます」
毎日同じ会話。
けれどもこれも嫌いではない。
面白い。
この子がこの先どうなるのか。
数日留守にしてみても、戻った時にはまた同じ一日が始まる。
もし、この家を売ってしまえばこの子はどうするのだろう?
この家に戻らない間もこの子は同じ日を繰り返しているのだろうか?
「先生? 聞いていますか?」
「すみません」
「暦がおかしいのです」
「暦?」
「はい。五年も先の暦になります」
ああ、もう五年経った。
この子の報告で気がつく。
「リリム、自分がおかしいとは思わないのですか?」
「どうしてです? だって、他は何も変わらないのに。あ、でも、あの子が居なくなりました」
「あの子?」
「空の髪の人懐っこい男の子が居なくなりました。昨日は居たのに今日は居ません」
「今日は休日なのかもしれませんね」
「ああ、そうですね。ルシファー様はお優しいもの。ちゃんとお休みもあるのですね」
リリムはるふふと笑う。
るふるふといつもおかしな笑い方をするこの娘を僕は嫌っては居ない。
けれども、救ってあげようと思うほど、親切でもない。
愚かな娘。
肉体を手放してしまったことに気付かずに、永遠を生きる娘。
決して壊せないという理由であの男に気に入られてしまった。
「リリム」
「はい」
「僕はこれから少し出かけますが、貴女はどうしますか?」
「ご同行させていただいても?」
「構いませんよ。今日は薬の材料を買いに行くだけです」
調合は好きではないが実験は暇つぶしに丁度良い。
そう、この子の観察もまた、良い暇つぶしになる。