ほんの僅かなものも掬い上げる事が出来ずに
「お兄ちゃん、ナサニエルがね、月には女神様が住んでるって言うの。私も女神様に会えるかな?」
「ああ、会えるさ。ちゃんと元気になって外を走り回れるようになれば月にだって行ける」
幼い妹の頭を撫でてそう言ってやれば嬉しそうに騒ぐ。
もう何十年も幼いまま。
病気のまま。
俺はこいつを救うことが出来ない。
「えー、お兄ちゃんは嘘なんて吐かないよ。ナサニエルとは違うの!」
妹の左手に住み着いた変な人形。
いや、人形は昔から遊んでいた人形劇の妙なトカゲだ。
けれどもそいつがいつからか【ナサニエル】になって妹とだけ会話する。
俺にはナサニエルの声が聞こえないが、どうやらナサニエルは常に俺の悪口を言っているらしい。
「サングレ、ナサニエルは月には行けない」
「どうして?」
「人の悪口を言う奴を女神様が嫌うからだ」
女神なんているはずが無い。
けれどもこいつがそれを信じることで助かるなら女神だって俺は利用する。
「ナサニエルは悪い子だからいけないの?」
「ああ。だから、お前は元気ないい子になるんだ」
そう言うと幼いままの妹は「うん」と声だけは元気よく言う。
実際元気なのかもしれない。
いくつかの臓器は他人のものと取り替えたし、薬は何だって最新のものを投与している。
これ以上無いほど俺は妹には甘い。
今まで稼いだ金の大半をこいつにつぎ込んで、今まで得た知識の全てを使って治療に専念している。
だが、どんな手段を使っても戻らない。
呪い。
そんなものは認めたくない。
だが、現に妹は永遠の子供となりつつある。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「あのね、サングレお姉ちゃんが欲しい」
「ああ、今度買ってやる。って……お姉ちゃん?」
いくらなんでも無理だろ。
いや、そこらへんの女を買ってくることは可能だが、こいつの姉になれるかは……。
「おいおい、兄ちゃんじゃ不満か?」
「ううん。でもお姉ちゃんも欲しい」
金でどうこうなる問題じゃねぇ……。
「どんな姉ちゃんが欲しいんだ?」
「うーんっとね、サングレと沢山遊んでくれるお姉ちゃんが欲しい!」
家庭教師は追い返す、メイドは三日で入れ替わるサングレと遊べる女なんて居るのか?
「まぁ、とりあえず探してみる。それまで待ってろ」
「うん」
こいつから見れば、「お姉ちゃん」も新しい玩具なのだろうか?
それとも、既に俺が人間さえ商品としか見れなくなっているのだろうか?
「兄ちゃんに買えないものはねぇ。楽しみに待ってろよ」
幼い妹の頭を撫でてやる。
俺に買えないのはあの悪魔の呪いを解く術だけだ。