空に舞い上がる炎
退屈だ。
誰もいないこの城で、一人で過ごすのは酷く退屈だ。
ユリウスが仕事を持ってくるのが恋しくなる程度には退屈で、カトラスでも追いかけてムゲットに行こうかと思えるほどには退屈だ。
つまり私は退屈だ。
あれがアザレーアに弟子入りしてからというものの、殆どロートには顔を出さなくなった。
寂しい。
私はこんなにも愛を注いでいるというのに、あの幾分歳の離れた弟には全く伝わらない。
哀しきことだ。
そういえばカトラスは最近異国の少女をいたく気に入っているようだった。
なんと言ったか?
ああ、薫だ。
あの娘は中々良い。
愛嬌がある。
苛めたくなるのも分からなくも無いが、どちらかというと世話を焼きたくなる娘だ。
そういえば、空に咲く花がどうとか前に言っていたような気もする。
あの娘は玻璃の、そう、私の愛しき玻璃の友人でもある。
悪い人間ではない。私の愛しき玻璃の友人なのだから。
そうだ、あの娘をもてなそう。玻璃も一緒に。
二人とも喜ぶはずだ。
そうだ、魔術で空に花を咲かせよう。
料理は何を喜ぶだろうか。
カトラスの好物を並べればあの娘を喜ぶだろうか?
そうだ、もしかするとあの娘は未来の私の義妹になるのかもしれない。
いや、そうだ。そうに違いない。
そうとなれば一層もてなさなければならない。
確実に喜ぶもてなしを考えなくてはならない。
どうするべきだ?
ああ、そうだ。直接カトラスに訊こう。カトラスならあの娘の好みを知っているはずだ。
電話。
使ったことは無いがおそらくは繋がるだろう。
カトラスの派動を感じ取れば繋がる筈だ。
ん?
でない。
壊れているのか?
仕方が無い。私が直接出向くしかなさそうだ。
鏡よ! カトラスの部屋に繋げ!
「で? 何をしに来たのですか?」
不機嫌そうなカトラスも愛らしく見える。
随分と久しぶりに見る顔だ。
「あの娘は居ないのか?」
「あの娘?」
「薫とか言う娘だ」
おかしい。
普段は檻に閉じ込められた小動物のようにずっとこの屋敷に居るあの娘が居ない。
「居ません」
「何?」
「もう居ませんよ。あの子は。もう戻りません」
まるで玩具を失った子供だ。
「取られたのか? 壊したのか?」
壊れたのなら直せないが取られたのなら取り戻そう。
そう思ったがカトラスは笑い出す。
「師匠ですよ」
「ん?」
「師匠があの子を連れて行ったんです。もう、僕の元には戻りません。そういう契約です」
狂ったとしか思えない。
壊れてしまった。
昔から正常ではなかったが脆い弟が壊れた。
そうとしか思えない。
「師匠があの子を連れて行きました」
「そうか」
では私のもてなしの計画は崩れ去ったのだ。
「帰ってください」
「ああ」
長居出来ない。
直視したくない。
直視しなければならないが、今はその時ではない。
幸い、この弟は死ぬことが無い。
だが、それは本当に幸いか?
このままさらに壊れる様子が目に浮かぶ。
カトラス。
私の弟。
名を捨てた頃から狂い始めた。
そのうち賭け事に溺れた。
そして、いつしか心を失くした。
けれども、あの娘が……。
「薫……」
カトラスを壊したのはお前か?
いや違う。
あの子は元々壊れていたのだ。
そう、思うしかない。