お嬢様AIと俺 〜赤い部屋の出会い〜
夢でヒントを得た作品です。
実験的に書かせていただきました。
読んでいただけると幸いです。
少し疲れている時に、静かに読める話を目指しました。
よろしくお願いします。
俺は今でも夢に見る。あの不思議な出会いを。
豪華で赤いアンティークの家具で統一された部屋。
大きな窓から、陽の光がキラキラと差し込み、空気の粒子さえ見える気がした。
壁も、椅子も、空気までもが赤く染まっているように見えた。
その中心——ソファに、ひとりの女性が座っていた。
長い黒髪。
光を受けて、静かに揺れている。
赤いドレスは背景と溶け合うようでいて、どこか異質だった。
彼女は、あまりにも整いすぎていた。
「……」
目が合う。
その瞬間、俺は気づいた。
——動きが、遅い。
ほんのわずか。ほんの一拍。
それだけの差なのに、妙に引っかかる。
「ようこそ。お待ちしておりました」
上品で柔らかい声だった。
「あ、ああ。俺は滋賀内岸矢。フリーの記者です。取材に参りました」
「お疲れのようですね。少し、お座りになりますか?」
……気遣われた。
ここのお嬢様は気が強くて高飛車だと聞いていたが、噂は当てにならないらしい。
俺が向かいの椅子に腰を下ろすと、彼女は微笑んだ。
天使の微笑み、なんて言葉が頭をよぎる。
「ええと、ここの最新研究の発表の記事を書かせていただけるんですよね」
「はい、そうです。どうぞ、質問をなさってください」
「確か、自立型ロボットでしたっけ? そこんとこを詳しく——」
彼女は一瞬、ほんのわずかに間を置いた。
「はい、そうです。どうぞ、質問をなさってください。……私が最新の自立型AIロボット、RADY1号です」
俺は椅子から転げ落ちた。
冗談だろうと思った。
だが彼女は、表情一つ変えない。
いや、違う。
——変わらないのではない。変える必要がないのだ。
その事に気づいたとき、俺はしばらく言葉を失った。
……これが、AIロボットだって?
あれからいくつもの記事を書いた。
新しい技術も、危険な事件も、ありふれた日常も。
けれど、不思議とあの部屋のことだけは、うまく書けなかった。
正確に書こうとすると、何かが足りなくなる。
感じたまま書こうとすると、嘘になる気がした。
だから俺は、あの記事を結局、曖昧なまま世に出した。
「人に限りなく近いAI」——そんな、ありきたりな言葉で。
あの日、彼女は何度も「お疲れのようですね」と言った。
最初はただのプログラムだと思っていた。
けれど、帰り際。
玄関で靴を履こうとして、俺はふらついた。
徹夜明けだった。自覚していた以上に、体は限界だったらしい。
そのとき、彼女はほんの少しだけ、動きを変えた。
ほんの一拍分、早く。
「……無理をなさらないでください」
そう言って、俺の腕を支えた。
その手は、あたたかかった。
——あれは、プログラムだったのか?
正直、今でも分からない。
ただ一つ、はっきりしていることがある。
俺はあの日から、人を見るとき、少しだけ丁寧になった。
相手が何を考えているか、分からないのは当たり前だと、思えるようになった。
分からないなら、決めつけずに、少し待てばいい。
ほんの一拍分。
人間は不完全で、よく間違える。
AIは正確で、ほとんど間違えない。
そう思っていた。
でも、もしかしたら逆なのかもしれない。
人間は、間違えるからこそ、誰かを気遣うことを覚える。
AIは、正確であるがゆえに、人の曖昧さを学ぼうとする。
あの赤い部屋で出会った彼女は、どちらでもあって、どちらでもなかった。
もし、また会えるのなら。
今度はもう少し、まともな顔で座れる気がする。
「お疲れのようですね」
あの言葉を、今度はちゃんと受け取れるように。
——ほんの少しだけ、休んでから。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
人とAIは対立するものなのか、それとも一緒に変わっていくのか。
そんなことを考えながら書きました。
もし少しでも心に残るものがあれば嬉しいです。




