地蔵泥棒
集落の外れにある小さな祠……って、怪談噺なんかでよくあるパターンですよね。祠を壊したら祟られる――みたいな。
そんな、祠にまつわる話をしましょうか。
僕の生まれは……先ほども言いましたけど、山の中にある、かなり田舎の集落です。学校も病院もなくて、何かあると近くの町に出なきゃいけないような、そんな場所です。今もありますよ。けど、限界集落でもう数人しか住んでないんじゃないかな。近々、あの集落はなくなるでしょうね。
そんな辺鄙な集落だったんで、君も好きでしょ――因習、ってやつ。うちの集落にもありましたよ……はじめに言った祠ですけどね。
それに、ちょっと怖い言い伝えがあったんですよ。
それは集落の外れ――集落を出入りする時に、必ず通らなければならない道の傍らに、関所の番人みたいに建てられてました。
その祠の中には、石のお地蔵さんがあったんですけど、祠というより、そのお地蔵さんに曰くがあったんですよね。
――その場所から動かせば、『おひょうどさま』が目を覚ます。
気持ち悪いでしょ。何なんだよ『おひょうどさま』って……と。
僕も、小さい頃はめちゃくちゃ気持ち悪かったですよ。だから、検診や予防接種なんかで集落を出るのが嫌で嫌で……今も注射は嫌いですって、違いますか、アハハ……。
とにかく、気になるのは『おひょうどさま』ですよね。
僕も、子供ながらに漠然と理解していただけなんで、実際はちょっと違うかもしれませんが、説明しておくと……。
日本の神様って、「良い面」と「悪い面」の両方を持っている場合が多いですよね。例えば、水の神様だと、田畑に恵みを与える豊穣の神様であると同時に、洪水をもたらす悪神でもある、みたいな。
『おひょうどさま』も、ある意味、そういう面を持っていて……。
元々は、山に棲む魔物だったようです。集落の子供を攫って食べてしまうから、困った集落の人は偉いお坊さんに頼んで、集落の外れにお地蔵さんで封印した。すると、集落を外敵から護る良い神様に転じた――というのが、『おひょうどさま』にまつわる伝承です。
だから、年に一度、集落を挙げてお祭りをしてましたし、年寄りなんかは、前を通る度に手を合わせたりしてました。
そんな由来なので、お地蔵さんをその場所から動かせば、結界が解けてしまい、『おひょうどさま』がまた悪さをしだす――まぁ、そんな感じに考えておいてもらえると、これからする話は分かるんじゃないかと思います。
あ、それともうひとつ。
うち、集落で代々、ちょっと特殊な役割を担う家系だったんですよ。
君でも伝わりやすい言葉で例えると……『巫女』でしょうか。
万一、『おひょうどさま』が蘇った場合、その家の子供が真っ先に生贄として差し出される……みたいな。
めちゃくちゃ嫌じゃないですか。
でも、嫌な役割を担うだけのメリットもあって。田んぼを持ってないけどお米や野菜を分けてもらえるとか、お祭りの時にものすごく接待してもらえるとか。
学校は町だったんで、事情を知らない子が僕をからかったりすると、集落の子が全力でやり返してくれる……なんてこともありましたね、アハ。
そんな家系だったからか、うちの家系、霊感が強いっていうか、超能力があるっていうか、そんな人が時々出たんですよね。
母がそうでした。
今で言うところの「予知能力」ですか。特に、人が死ぬのが分かったみたいです。
道を歩いていて、集落の誰かとすれ違うと、家に帰ってから「葬式の準備をしておき」って言うことがあるんです。
集落の人たちに良くしてもらっている分、忌み事があると真っ先に駆け付けなきゃならない……そんな暗黙の了解みたいなのが、うちにはあったんですよ。
すると必ず、数日中に葬式があって。
すれ違った人なんですよね、亡くなった人。
僕はそういう能力はないんで、どんな感じなのか分からないし……怖いじゃないですか。だから、母に聞いたこともないんですけど。とにかく、母は「人が死ぬのを予知できる」人だったんですよ。
ここまで理解していただけましたかね。
では、本題に入ります。
――それは、僕が小学六年生の時の話です。
誰かが祠を壊して、お地蔵さんを盗むという、大事件があったのが。
当然、集落じゅう大騒ぎです。
『おひょうどさま』が目を覚ますぞ……と、みんな真っ青な顔をして、右往左往しているんです。
でも、僕はそれどころじゃなかったですよね……次の日が修学旅行だったんで。
そんな大事な時に何してくれてんだ、と、強い怒りを覚えましたね。
だって、お地蔵さんに何かあれば、僕が生贄にされるんですよ。
修学旅行どころじゃなくなるじゃないですか。
でも母は、こうなったら仕方ない、修学旅行は諦めろと言って、僕を、集落の最も奥まったところにある小屋へ連れて行きました。
集落はなだらかな斜面になっていて、お地蔵さんのあるのが一番低い部分で、奥に行くほど山の中に入っていく感じです。その小屋は、ほとんど森の中にあります。
その小屋の存在は僕も知ってましたけど、気味が悪いので、近付いたことはなかったです。
まぁ、分かりますよね……『おひょうどさま』に生贄を捧げるための場所です。
注連縄がしてあって、神社の社みたいな建物なんですけど……入口がないんです。
入口がないってことは、出口もなくて……。
じゃあ、どうやって入るのかというと、社の前に石積みがって、それを除けると、子供が何とか通れるくらいの穴が開くんですよ。それが横穴に繋がっていて、そこを通って中に入るんです。
で、石積みが元に戻されたら、中からは絶対に出られない。
僕たちが小屋に行くと、もう集落の人が何人か待っていました。石積みを除けている真っ最中で。
めちゃくちゃ怖かったですよ……だって、もう二度と、この陰気な小屋から出られないのだから。
でも、母の手は僕が逃げるのを許しませんでした。痛いくらいに手首を掴んでいて、穴が開くと、僕をそこに突き落としました。
泣きましたよ、そりゃあ。
「嫌だ、せめて修学旅行の後にしてくれ」って。よく考えると滅茶苦茶ですけど、とにかく怖くて。ちびりそうになりながら、必死でしたね。
でも誰も助けてくれません。それどころか、無情にも石の蓋がされてしまって……。
絶望です。大人が数人でやっと動かせる石を、子供の手で持ち上げることなんてできません。その上からも、いくつも石が置かれる音がしたし。
しばらくその場で泣きわめいて、疲れ果ててから、僕は横穴を通って小屋に向かいました。
横穴の突き当りに梯子があって、その上が小屋の中になってました。
小屋は四畳半くらいで、真っ暗ではなかったです。古い木造の建物だから、壁に隙間ができて、明かりが入るんですよね。
床の近くに、拳が入るくらいの大きな隙間もあって、そこに顔を近付けて外を覗くと、何やら儀式の準備をしているようでした。集落の人たちがみんな喪服を着て、頭に白い布をすっぽりと被って、小屋をぐるっと取り囲むように並んでいる……。
ザ・因習村って感じの光景でしたね。
で、そのうち、母が白装束を着てやって来て、祝詞みたいなのを唱えだしたんです。
その頃になると、僕も諦めて、なるようになれと床に伸びてました。
儀式は、時計もないから正確には分からないですけど、一時間くらいですかね。それで儀式が終わって、母を先頭に集落の人が帰っていきました。
出口のない森の中の小屋に、たった一人で残されたんです。
しかも、間もなく『おひょうどさま』なんていう、姿も分からない魔物がやって来る……。
よく正気でいられたなと、今だから思えますね。
その時の僕にとって、修学旅行に行けなかった悔しさが、何よりも勝っていたのかもしれません。
明日はみんな、大きなバスに乗って京都に行くんだよな……寺を見て生八つ橋を買って、旅館で寝るんだろうな……と、そんな妄想をしているうちに、いつしか眠っていたみたいです。
ゴソッ……という音がして、僕は跳ね起きました。とうとう『おひょうどさま』が来たのか――と、心臓が縮み上がる思いがして。
辺りはすっかり暗くなっていました。泣き疲れて、長いこと眠ってしまったようです。
外が暗いと、小屋の中も真っ暗なんで、本当に何も見えない中で、ゴソッ、ゴソッという音だけがして。ちびるかと思いました。
でも、目っていうのは、暗さにも慣れてくるものですからね。音のする方をじっと見ていたら、ぼんやりと見えてきたんです。
床に何かが置かれているのが。
何だろう……と、しばらく見ていたら、何かが小屋の中に押し込まれているようだと分かりました。
しばらくして、音がしなくなったんで、それを見に行ってみると、ラップに包まれたおむすびや水筒のお茶、それに丸められたバスタオルが何枚か……見覚えのある僕のやつです。
母が、僕を心配して持ってきてくれたんだと、すぐに分かりました。
急に腹ペコだったのを思い出して、僕は泣きながらおむすびを食べましたね。涙の塩味で、おむすびが塩辛くなったのを覚えています。
水筒のお茶も温かくて、夜は冷え込むから助かりました。
バスタオルを重ねて頭から被れば、何となく心強くなったものです。
そうして一夜を過ごして、翌朝。
ウトウトしてたら、また差し入れがあって、僕はまだホカホカしているおむすびを食べました。
お腹が膨れて、辺りが明るくなると、自然と不安が取り除かれるから不思議ですよね。
『おひょうどさま』だろうが何だろうが来るなら来い、この水筒で撃退してやる、なんて考えながら、僕は自分で編み出した水筒拳法の練習をしてたりしました。
小屋の外が騒がしくなってきたのは、その日の夕方近くだったと思います。
「あいつはどうなった?」
「逃げたんじゃないだろうな」
みたいな声がして、人が集まってきたんです。
で、石積みが除けられて、そこから声がしたんです。
「おい、いるのか?」
って。
自分たちで閉じ込めておいて、その言い草はないだろと思いながら、僕は「いるよ」と返事をして、梯子を下りて見に行きました。
そしたら、真っ赤に泣き腫らした目をしたおじさんが、僕を見下ろしてたんです。
事情も分からないまま、僕の監禁は終わったみたいで、穴から引き揚げられると、家に連れて行かれました。
そして、集落の人たちから詰め寄られる母を見たんです。
「これはどういうことだ?」
そう怒鳴るおじさんの足元に、あったんですよね。
――お地蔵さんが。
僕は目を丸くしました。こいつのせいで、修学旅行に行けなかったんだから。
すると母は、平然とおじさんに言い返しました。
「あの子らが死ぬ運命は、どう足掻いても変えられなかった。けれど、『おひょうどさま』の贄であるこの子は別だ」
訳が分からないまま、僕は言い合いを聞いてたんですけど……。
分かったのは、ふたつ。
ひとつは、修学旅行のバスが事故に遭い、集落の子供全員が亡くなったこと。
もうひとつは、お地蔵さんを盗んだ犯人が、母であること。
つまり、母は修学旅行でみんなが死ぬのを分かっていて、お地蔵さんを盗み、僕が修学旅行に行けなくした――。
血の気が引いた寒さと恐怖と、大人たちの怒声や叫び声で、僕はクラクラして倒れたのは覚えてます。
……そして、気付いた時には車の中でした。
運転している母に、僕が「どこに行くの?」と聞くと、
「もうあの集落にはいられないから」
と言いました。
それから僕は、東京に出て暮らしてる訳なんですけど、東京はいいですよね。人が多いから、一人や二人、いなくなっても誰も気付かない。
あぁ、僕の父ですか?
話には登場しませんね……何せ、誰だか知らないんですから。
母はさすがに知ってたでしょうけど、もう聞けませんね。
それとも、僕の腹に聞いてみます?
あ、どうせ君、もうすぐ同じところへ行くじゃないですか。その時に聞けばいい。
僕は何者か……。
うーん、多分、この世のものじゃないでしょうね。
母は、こんなことも言っていました。
昔は、山に捨てられる子が少なくなかった。
その多くは死んでしまうが、稀に、山の神様に拾われて育てられることがあった。
山の神様――つまり、狼です。
狼には、『真神』という別名があります。それだけ人は、狼を畏れていたんですね。
狼は餌として、山に捨てられた子供を食べることを、自分の子供たちに教えた。
そんな、人の味を覚えた捨て子が『おひょうどさま』なのではないか。
あくまで母の想像ですけどね。
その『おひょうどさま』には知恵があり、自分が人間であると理解した。
そして、人の集落に近付き、仲間に入ろうとする。
その時、いきなり姿を見せては警戒されてしまいます。だから、立場を得ようとした。
そんな時、ちょうどいいんですよね――お坊さんって。
修行やなんかで一人で行動することもあり、集落とは離れた場所に住むことも多い。
だから、襲いやすいんですよ。
着物を奪ってそれらしく格好を整えれば、人から尊敬される立場にある。
それらしく魔物退治を演じて見せて、それらしい逸話を付ければ、子孫代々、その集落で恵まれた立場になることもできたでしょうね。
……と、これは僕の想像です。
でもね、そうでも考えないと納得できないんですよね。
僕が時々、耐えられないほどに人を食べたくなる理由が。
母は毎年赤ん坊を産んで、僕に食べさせてくれました。
でも東京に出てからはそうもいかないから、代わりに自分を差し出したんです。
君は何も悪くない。
強いて言えば、運が悪かった。それだけです。
……そう、もっと泣いていいんですよ。
忘れられないんですよね……母の差し入れの、塩辛いおむすびの味が。
涙は、最高の調味料なんです。
さあ、もっと、泣いて?




