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肉食と聖女の旅  作者: 夜昊


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肉食と聖女の旅 番外編 4


「あ! 字も読めるんだ」


 メイドさんから渡された用紙は住民登録のための申請書で、名前や年齢などの基本情報を記入するらしい。

 女神様には会話に困らないようにしてもらったから、字が読めるのはコリエさんのおかげだろうか?

 さすがに書くのは無理だったから、申請書は代筆をお願いした。ふつうならば代筆にも費用がかかるのだが、きょうのところは無料で引き受けてくれるらしい。

 名前、歳、性別は口頭で答えたが、出身地の欄に異世界と記入されたときには、なんとも微妙な気持ちになってしまった。

 メイドさんが代筆してくれるのはありがたいのだが、家族構成の欄に高橋さんの特徴を記入しようとしたので、それだけは断固拒否する。あの人と同時に召喚されたからって、家族扱いはやめてほしい。

 私は壊れた機械のように無関係だと繰り返し、メイドさんをドン引かせてしまった。


「―――時と二十一時には鐘が鳴ります。不明な点は?」


「いいえ、ありません」


 大丈夫、ちゃんと聞いていた。ちょっと違うことは考えていたけど、つぎの鐘がなったら消灯でしょ?

 それに、いまの会話には補足する情報がなかった。重複以外でも女神様のギフトが適応されないことがあるとわかった。

 加護が与えられるのは、なにが条件なんだろうね。


「では、夕食はさきほど案内した食堂を使ってください。ランプはこまめに消して使い過ぎないようにお願いします」

(このランプは魔石を燃料にしているため、支給される数には限りがあります)


 ひと月で支給される燃料は決まっているから、使いすぎたらつぎの支給日まで明かりを使わず過ごすしかない。

 だが、燃料と言っても油でもアルコールでもない。電池みたいに取り外しできる、魔力が込められた石ころを使う。これは魔力持ちなら自分で補充できるし、ちょっとしたお礼をしたらお願いできると。

 いや、この情報をもらっても、どうしようもなくない? 私にできるお礼は持ちあわせていないし、そんなお友だちもいないんだから。


「承知しました」


 共同施設や部屋の使い方と、私がこの国に住むための手続きを説明し終え、メイドさんは退出しようとドアに近づく。


「明日は、朝食が済んでも食堂で待機してください。教師の都合がつき次第、部屋に案内します」


「はい。代筆していただき、ありがとうございました」


 去り際にそう言って、メイドさんは廊下の奥の階段のほうに歩いていく。

 私はもう一度お礼を言って、彼女を見送った。書類を提出してくれるって言ってたし、ついでにメイド長へ報告でもするのかな。

 あのメイドさんは私の立場を、客ではあるが平民寄りだと伝えられているっぽいけれど、それにしては丁寧な扱いだったと思う。かと言って気安い感じはまったく見せないが、それほど堅苦しさはなかったかな。

 でも、用が済んだらすみやかに去ってしまったから、馴れ合わないよう注意されていそうだよね。


「もしかして、私語は禁止されてるの?」


 この部屋は二階にあるが、共同で使うトイレと浴室、それに使用人用の食堂に行きやすいよう階段に近い場所にある。たぶん招待された客が連れてきた使用人のための部屋なのではないだろうか。

 侍従や侍女ならば主人と続きの部屋に配置されるだろうし、もっと下っ端ならば相部屋もあり得そうだ。


「誰かに聞けばいいのかな」


 いや、誰のための部屋かなんてどうでもいいことだ。嘘をついても私には真実がわかるし、会話をしたら勝手に解説が頭に浮かぶのだから、逆に失言しないよう気をつけないといけないね。

 余計なことを知りすぎないためにも、不用意に質問しないようにしよう。


「まだ夕食には早いっぽいし、荷物整理でもしながら時間をつぶすか」


 退勤したのは午後五時半くらいだった。女神様と話したのは一時間もなかっただろうし、牢屋にはどれくらいいたんだっけな。


 私たちが日本にいたのは八月で死ぬほど暑い季節だったのに、こちらは夕方で肌寒い。木の扉でできた窓を閉めて、ランプの明かりを少し強めにする。

 メイドさんがいま説明したとおり、ランプにはメモリがないけれど、少しずつ回せば明るさが変わっていった。

 暖房が必要なくらい寒いってことはないけど、いまは秋なのかな。

 まさか、女神様のところにいたのが、二、三か月ってことはないよね? それとも女神様に会うまで、じつは何年も経ってたりして。


「それにしては、そこまでお腹が空いてない?」


 お腹に手を当ててみても、グーグー鳴って返事をするわけがない。いつもなら午後八時には晩ごはんを食べ終えていたのに、いろいろありすぎて体がバグってるんだろうか。

 この部屋から見えた景色では、春なのか秋なのか、区別がつかなかった。そもそも春に暖かくなって花が咲くとか、地球と同じルールなのかも知らないんだったよ。


「アカシックレコードにアクセスできる権利をもらったほうがよかったかな」


 ラノベの知識だから本当にあるとは思わず、さすがに口に出す勇気はなかった。でも、女神様だって実在するとは思ってなかったんだから、ダメ元で頼むのもアリだったのかも。


「まあ、その瞬間に頭がパーンってなりそうだわ」


 ともかく、いまの服装では悪目立ちが過ぎるので、食堂を利用する前に着替えたほうがいいだろう。

 警備員に回収された革のトートバッグも、お弁当箱やマイボトルが入ったランチバッグも中身を確認されはしたが、殺傷能力がある刃物を持ってなかったから、なにも没収されなかった。


 ひととおり持ち物の説明を求められたが、生理用品については口籠ってしまったため、微妙な空気にはなったがな。

 さすがに身体検査は女性が担当したが、素っ裸にされたうえ、目の前で下着までチェックされたことにはあまりの恥ずかしさで気絶するかと思った。

 ソーイングセットには数本の針とちいさな糸切りバサミが入っていたけど、とがめられることはなかったし、ハンディファンと、とくにスマホには興味が集まり、いじくり回していたので壊れていないか心配だ。


「電源は入るね」


 電波が入らないのはわかってたけど、モバイルバッテリーがあるからオフラインで使えるアプリなら、しばらく使える。

 でも、さすがに一年間はもちそうもないかな。

 非常時用のポーチにソーラーバッテリーが入っていたから、必要になったら使ってみるつもりだ。


「いま使える機能はライトくらいか。メモ帳も充電ができなくなったら見返せないし、電源は切っとこうかな」


 ワイヤレスイヤホンがあるから音楽も聴けるが、さすがにそんな気分じゃないし、家族との動画をいくつか保存してあるけど、かえって恋しくなりそうだ。

 スマホを机の上に置き、買ったばかりのワンピースに着替える。いま着ているオフィスカジュアルはこちらでは微妙みたいだから、二着買った地味なワンピースを着回すしかないのだ。

 気に入っている透かし模様のニットカーディガンは、薄いベージュ色だから、そこまで注目されなかったと思いたい。だけど、視界にはいるメイドたちはみんな同じ格好で、ネイビーカラーのワンピースにまっ白いエプロン姿だった。


「女官長はふつうに萌黄色のドレスだったし、メイド長はネイビーではあったけど、デザインが違うし、襟や袖口にちょっとレースがあしらわれてたよね」


 身分的にアウトな可能性を考えて、これは洗ってからしまっておきたいが、ニット用の洗剤はどうしたらいいんだろうか。


「コインランドリーがなかったら、どこかで洗濯機を借りないと――。そもそも洗濯機ってあるの?」


 ポケットに入れていた社員証、マスク、友だちからもらったクマの刺繍が入ったタオルハンカチ。帰るときに同僚からもらった塩タブレット二個を出し、これも机に置いた。

 ベルトを抜いてパンプスを脱ごうとベッドに腰かける。


「えっ? なにこれ、固っ」


 これに比べたら、職場の椅子のほうがよっぽどフカフカだし。

 シーツをめくると古い絨毯のようなものが敷いてあり、その下はスノコ状のベッド枠で終わりだった。


「うっわぁ、マットレスはどこ行った?」


 しかもめくった感触が絨毯じゃない。これは生き物の毛皮だ。

 縫い合わせた形跡がないところを見ると、コイツの体はニメートルはありそうだし、腹まわりだって、ベッドの幅を考えれば一メートルはあるぞ。

 恐る恐る撫でてみると、犬猫とは違った感触でホッとした。例えると、モコモコなテディベアのための生地とか、毛足が長すぎて絡まった毛糸をぺちゃんこにした感じだった。

 ベッドの足もとにまとめられている上掛けは、袋状にはなっているがファスナーは見当たらず、中身を詰めたあとに縫い閉じているらしい。

 匂いを嗅ぐと木の香りがして、そこまで厚くはないが、グッと押してみれば綿とは違った感触だ。かといって、羽布団のような軽さはない。

 ダニとかノミとか、吸血系の虫がいないことを祈る。


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