肉食と聖女の旅 番外編 3
「まったく聞いたことがないが、どこの言葉だ?」
(日本語です)
「このあたりにはいない人種だろ。だが、移民にしては身ぎれいだな」
(洗濯済みの衣類です)
「移民? いや、こんな服装は見たことがない。もっと南に住む少数民族じゃないか?」
(違います。この国には同様の衣類はありません)
「いや、あんな薄着だぞ。あれはかなり寒さに慣れていそうだ。たぶん北にある離島のどれかだろう」
(違います)
「そんなことより、あの履物を見てみろよ。あんな宝石をつけてるってことは、かなりの金を持ってるんじゃないのか?」
(彼女の靴は税込み三千二百七十八円です。現在の所持金は四千六十八円です)
「違うな。あんな服を着てるんだから、たぶん色街の娼婦だろ。うるさく騒いで品もないが、物好きな貴族が足繁く通って貢いでるんだろう」
(違います)
女神様のギフトがしんどい。慣れたら欲しい情報だけとかに絞れるんだろうか。
警備員たちが、女ふたりで王宮に忍び込んだのかなどと話しはじめ、騒ぎが大きくなり身がすくむ。
だが、薄着なのは真夏だからで、私は寒さに弱い。それに、高橋さんのミュールに付いているのはアクリルのビジューなので宝石ではなし、なんなら靴の値段は税込みでも四千円しないらしい。
彼らの疑問に対する正しい解答を、女神様のおかげですべて知っているからといって、この状況で声に出せるわけがないのだ。
いまの会話から、高橋さんが着ているパフスリーブのフリルブラウスに膝丈のスカートやミュールが、この国では致命的に露出しすぎなのはわかったけれど、それがなんの助けになるのか?
ああ、女神様! しばしの休息どころか、私の平穏な生活は風前の灯火なんですけど?
コリエさんの研究室から地下牢に直行した私たちだが、本人が誤召喚したと申し出てくれたので、その日のうちに解放された。
これは女神様の言葉通りだね。すこし不安だったから、無事に解放されて一難は去ったという感じである。
コリエさんはなにかしらのペナルティを受けたようだが、私たちにこの国の言葉を理解させる術をかけることも、罰としてつけ加えられたらしい。
いや、私は黙っていただけで言葉はわかるのだが、女神様のギフトが現地民に上書きされるとは思わなかったから、逆らわずに受け入れた。
施術後に会話をしたが、どう返答すると正解なのかは変わらずわかった。
女神様からのギフトは劣化しないらしい。
「コリエが言うには、この者たちは精霊とも異なる次元に生きるモノらしいぞ」
(この世界と精霊界の境界は一層ですが、地球が存在する世界とは四層の隔たりがあります)
「アイツはまた、得体の知れぬ生きものを呼び寄せたのか」
(魔術師コリエ・ジート・ノワが召喚した生物は、今回で九体目と十体目です。一体目は二層離れた世界から藻類を呼びました。二体目は――――)
国の中枢に突然現れたとあって、お偉いさんたちが集まり私たちの処遇を話し合っている。
処刑せよと声高に叫ぶものがいないだけ平和だが、まわりが会話をしているだけで補足するような情報が頭に浮かぶので、気が休まる時間がない。
会話の内容に沿ったことしかわからないが、コリエさんが失敗して召喚した生きものが、勝手に脳内で公開されていく。
彼女は魔術に関することならば右に出る者はいないが、そのほかの一切がポンコツにできているらしい。
それは女神様が仰っていたとおりだが、もちろん私は余計なことを話さず、口を噤んていた。
「あたし、愛され聖女なのよ! 神がそうしたんだからね! それよりもスマホよ! なんであの女を捕まえないの? 犯罪者でしょ!」
私が口を閉じたかわりに、高橋さんの口は機関銃のように言葉をまき散らしている。
コリエさんは、私たちをこの国に引き寄せた元凶だ。しかし高橋さんにとっては、この国の言葉を理解できるよう魔術を施した恩人なのだが、酷い言われようだ。
いまの高橋さんの話は、違うと知っているからか、なぜか副音声が聞こえなかった。
ルールはわからないけれど、会話のすべてに加護がつくと処理しきれないから、無用な情報をカットしてくれるのはありがたい。
「だいたい、こんなときに会いに来るのは王子様じゃないの!?」
(どんなときでも、王子が不審者に会いに来ることはないでしょう)
それはそうですよね。
なんで一国の王子が、安全性も確保されていない不審人物に、うかつに会いに来ると思ったんだ。
さすがに仲間だと思われるのは恥ずかしい内容だったが、彼女の主張はまったく止まらず、私は黙ってやり取りを聞いていた。
聞いているうちにわかったことだが、この国では実績のない聖女という役職は貴重でも珍しくもない。だから高橋さんの言い分は、ほとんどが聞き流された。
聖女とは聖王国の聖地を訪れ修行し、認められてこそ真価を発揮する。聖王国への巡礼を済ませていない自称聖女など、残念ながらただの候補生でしかないらしいのだ。
女神様も、聖女になるのはむずかしくないと言ってたもんなぁ。
「しばらくは王城の一角で暮らす許可を与えます。そのあいだに、この国で生きるすべを学んでください」
(しばらくは、どんな人物なのか様子を見るしかないでしょう)
女官長との会話から、そのようにこの国の王様が決めたらしい。期間はひと月程度を予定しているが、理解できないまま城下へ放り出す気はないと知った。ついでに、私たちがこの国の民に迷惑をかけるのを防ぐためらしいので、遠慮せず甘えることにする。
以上が女神様からのギフトでわかったことだ。
「あなたのお部屋は、こちらでございます」
(西棟二階の階段から三番目の部屋です)
「はい、ありがとうございます」
先導してくれるメイドさんが、ずらっとドアが並ぶ廊下を進み、すでに扉があいているドアの前で立ち止まったった。
『ほんとに階段から三部屋目だ』
先に入るようにうながすので、おずおずと進み部屋の中を確認する。
与えられた部屋はだいたい四畳くらいで、ひとりで過ごすには十分な広さがあった。入って左側の壁にある小さな窓からは、夕暮れの空の下に鬱蒼とした森が見える。
『ガラスじゃないんだ。それにこの部屋は建物の裏側に面してるっぽいな。部屋の中がめちゃくちゃ寒いんだけど、これがふつうなの?』
片開きの板を引くことで窓が開くから、風の強い日や真冬は開けられない。そんな日は、昼間でも部屋はまっ暗になってしまうだろう。
網戸もないから、虫だって入り放題だ。
そう思っていると、天井付近に縦が三十センチ、幅が一メートルくらいの無双窓が取りつけられているのをみつけた。横にスライドさせれば開いたり閉じたりする、縦にならぶ板でできた窓だ。そこを開けていれば、深夜でも月さえ出ていたら多少は明かりが入るだろう。
『そもそも、この世界に月ってあるのか?』
窓から顔を出すと、まだ太陽が残業中だったので、月の存在を確認することはできなかった。見えないだけで、この建物の陰にあるのかもしれないけど。
「この棒で開け閉めができますので、ご自分でなさってください」
(明かり取りのための窓です。寒い季節は閉めておきます)
「わかりました」
無双窓を見上げる私に、メイドさんは壁に立てかけられていた細い棒を取り出し、実際に開閉してみせてくれた。
夜はまだ寒いので基本的に閉めたままで、いま開いていたのはこの部屋を準備した際に、空気の入れ替えが必要だったからだ。
メイドさんは持っていたランプを、ベッド横の机の上に置く。
部屋の明かりはこのランプだよりなので、各部屋ごとに電気は通っていないらしい。
『やばっ。女神様に、文明はどれくらい発達してるか聞き忘れてたし』
あのとき、高橋さんの動きがバグっぽくて、それに気を取られたせいで、ほかの質問をしそびれてしまった。
アニメやラノベとかの影響で、勝手に見た目だけ十七世紀後半から十八世紀くらいで、実は魔法のおかげでインフラ整備済みな世界だと思い込んでいたんだよね。
基本的に、自分のことは自分でやってもいいらしい。忙しいメイドさんたちの手をいちいち煩わせるのも気が引けるし、呼びつけられる彼女たちもたまったものではないだろう。
この部屋にあるものはベッドと質素だが清潔な寝具、それに小さな机と椅子だけだった。メイドさんが指をさすベッド下には、みかん箱をふたつくっつけたくらいの木箱がひとつ置かれている。この木箱には鍵がついていて、貴重品や衣装をしまうためのものらしい。
それと窓と反対側の入り口に近い壁には、小さなフックがふたつあり、どちらにも木のハンガーが下がっている。アウターや明日着る服は、ここに下げておけばシワにならない。
そう説明されたとき、アイロンのような魔導具を、一般人は使わないことを知った。
まあ、日中はたっぷりと学ばなければいけないし、寝るだけの部屋ならばこれで十分だ。
ひと月指導を受けるのは別の部屋だけど、高橋さんも一緒である。わざわざ教師をふたり手配するわけがないんだから、これは我慢するしかない。
ただ、結託して問題を起こす可能性を考えて、高橋さんと部屋が離されたのは、私にとっては喜びでしかなかった。
『隣だったら悲惨だったわ』
頻繁に私の部屋に訪れては、借りパクをくり返しかねないんだよね。
実際に会社でやってたから、絶対に部屋の場所は教えないし、なにを持っているかも言わないようにしなきゃ。




