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肉食と聖女の旅  作者: 夜昊


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肉食と聖女の旅 番外編 2


「ふふっ」


 女神様が私だけにやさしく微笑む。もう召されてもよくない?


 いや、よくねーわ。


 そもそも、あのビルは地下一階までしかない。一階で揉め事を起こしていたから、落下したのは一階分である。怪我はしたかもしれないが、あのまま落ちていても死ぬほどの外傷は受ないだろうと、女神様が保証してくれた。

 あの時、異世界からの介入がなくても、死ぬことはなかったのだ。


「そのまま戻っても何も問題はないわよ。あなたが起きたことを話しても信じる者は少ないでしょう。あのビルにあるどの防犯カメラを確認しても、異変は何もうつらないわ。しいて言えば、離婚する予定の夫婦は消えるかしら」


 その夫婦って清水課長たちのことだよね。消えるって死ぬってこと? まさかあの後、奥さんから刺されたりしないよな。それとも戻ったときに、高橋さんが逆ギレしてふたりを襲うとか? いや、これは無理があるか。

 エレベーターの事故はなくなっても、夫婦喧嘩に巻き込まれる可能性は高い。異世界での一年間で、護身術でも習ったほうがよくない? 

 どちらにせよ、私がいまできることは限られている。


「女神様が治めている世界は、どのようなところでしょうか? 気候や治安など、体力に自信がない私でも生きていけるでしょうか?」


 地球にも、過酷な気候や紛争地帯で生活している人は多い。でも、温暖で安全な日本で生まれ育った私では、そんな環境では生きていける気がしないんだよ。


「わたくしが創った大地は、それほどおおきくはないわね。南端は一年を通して過ごしやすく、実りの多い土地だわ。北部はたしかに寒いけれど、最も北の地でも永久凍土は少なくて、高い山の一部だけよ」


 女神様は空中に地図を出し、指さしながら詳しく説明してくれた。

 誤召喚を起こしたのは地図の右上。大陸の北東にある、賢王が治める王国の魔術師だそうだ。

 その国の各地で様々な問題は起きているけれど、国民に圧政を強いることはない。スラムのような場所はゼロではないが、どうにかしようとはしているらしい。

 それは世界的に治安がいいと言われている、日本にいてもあることだから、もっと完全に平等な国がいいとか、そんな気持ちにはならないな。

 そもそも王政ではどんな問題が起こるのか、あんまり想像ができないんだよね。


「突然あらわれたら、不審人物として処罰されたりは?」


 チラリと横目で高橋さんを確認すると、まだバッグをガサゴソしていた。


「誤召喚したのは王宮魔術師のコリエ・ジート・ノワという女性よ。精霊研究の第一人者だから、信頼がおける人物ではあるわね。生活スキルはほぼないけれど、彼女が証言するでしょう」


 最後の情報は必要なのかな? ちょっとだけ不安が増したんだけど、受け流したほうがよさそうだ。


「そうでしたか、ありがとうございます。それでしたら、どこに行っても会話に困らないようにしていただきたいです。可能でしょうか?」


 一年以上も、言葉がわかんない場所で暮らせないよ! 意思の疎通ができないとトイレの場所すら聞けないだろうし、悪人に騙されて強制労働なんてしたくない。

 異世界で奴隷にされるラノベは、腐るほど読んだんだぞ。あれはフィクションだからおもしろいんだ。


 そちらの常識を知らないから、用心するに越したことはないだろう。いきなり異世界人に遭遇したとして、言ってることがわからないのは困るよ。

 話が長引いたのに高橋さんが静すぎて逆に怖い。見たらまだスマホを探しているようだし、なぜか動きがおかしい。あれって時間が巻き戻っていて、くり返してないかな?


「わかりました。会話に困らないよう、たしかな情報を多く集め、それを分析し判断できる力を与えます」


「はい?」


 なんか思ってたのと違う? いや、有難いけどさぁ。


「ふふふ。あんなジジイに媚びなくても、これからはぁ、あたしの好きなようにできるんだわぁ〜」


 あれっ? 急に高橋さんが話しだした。さっきの動きは気の所為だったのかな。

 それにジジイって清水課長のこと? 高橋さんが奥さんの前でもベタベタしていたのは、私の体感では十分前のことなんだけど。

 さすがに病気を疑うレペルで怖くなってきた。女神様へのお願いは、高橋さんとの縁切りのほうがよかったかも。

 彼女は舞いあがっているのて聞いていないが、女神様の話は続いている。


「この世界の外気は、脆弱なあなたたちの体を蝕みます。いまのままではいずれ命を落とすでしょうから、ある程度、魔素に馴染むようにはしておきます。まあ、特別なことをしなくても五年はもつでしょう。もとの世界に戻るには――――」






 怖っ。絶対に忘れないようにしなきゃ。

 困ったときは神官に相談してと仰っていたから、聖職者の生活習慣を見習って生きたほうが安全なのかもね。でも高橋さんが聖女になりたいって言ってたし、神殿とか教会にお世話になるのは避けたいよな。

 殺人なんてする気はないけど、過失でだって人は亡くなるのだ。私が投げた石が、たまたま通った人に当たることもあるだろう。当たりどころが悪ければ、それで亡くなってもおかしくはない。

 自分の言動にはかなり気をつけないと、日本に戻れなくなっちゃうのか。


「さあ、能力を付与しましたよ。暫しの休息を楽しめるといいわね」


 女神様が、もう話は終わったとばかりにそう言うと、私の意識は突然途絶えた。











 その後、気がつけば私と高橋さんは、召喚術を誤発動させたコリエという女性宮廷魔道師の、研究室の床に転がり出ていた。

 私は受け身もとれずに後頭部を打ったせいでしばらく悶絶していたが、なにを思ったのか高橋さんがコリエさんにむかって喚き散らしている。


「あたしのスマホを返せって言ってんの! さっきまでつかってたんだから、あんたが盗んだんでしょ!」

(違います。高橋杏子のスマートフォンは、エレベーター内に落としたので、この国に召喚されていません)


 ああ、これが女神様のギフトなのね。

 それにしても、高橋さんってアホなの? さっきまでって嘘じゃん。女神様のところにいて、バッグをかき回していた記憶がないのか? せっかく女神様が突然登場しても処罰はないって教えてくれたのに、なんなんだこの人は。

 だが、そんな考察もながくは続かなかった。

 高橋さんが大騒ぎしたせいで、研究室に集まってきた屈強な警備員たちに地下牢へぶち込まれてしまったのだ。もちろん一緒にいた不審人物である私も同罪というあつかいだった。


「イヤー! なんなのよ、離せってば! 警察呼ぶわよ!」

(この国では、彼らが警察のようなものです)


 高橋さんの絶叫をBGMに、警備員に左右から挟まれたうえに両腕を掴まれて拘束された。

 持っていたバッグをとりあげられたので、危険物は入ってないので丁寧に扱って欲しいと言いかけてやめる。視界のすみで、高橋さんが口汚く(ののし)りながら警備員とバッグを引っ張りあっていたのを見たからだ。

 結局、そのバッグのハンドルはちぎれ、中身を床にぶちまけていた。しかも、タンブラーが落ちた拍子にフタがはずれて、広範囲の床を汚している。

 この人、また会社のコーヒーサーバーから、帰りがけに持ってきたんだな。仕事中や休憩のちょっとひと息のために、会社が準備している飲み物なんだから、終業後に家で飲むために持って帰ったらドロボウなのに。


「ちょっと! このバッグいくらしたと思ってんの! 筋肉ゴリラが触んじゃないわよ!」

(メルキャリで、送料込み七百八十円まで値引き交渉し、入手しました。それに、彼はゴリラではなく人間です)


 そのバッグはフリマアプリで購入し、お値段まで加護の力でわかった。先ほどから副音声が聞こえるのは、女神様からもらったギフトの影響らしい。

 私は途端に逆らう気をなくし、どうぞどうぞと手ぶりで示して自分が所持するふたつのバッグを渡した。

 きっとこれが、まな板の鯉って状態なんだろうな。ヘタに逆らって、物理的に黙らされてはかなわない。彼らに殴られたら打撲ではすまないだろう。

 ただ、お弁当箱やスープジャーは除菌シートで拭いただけなので、できれば開けないでと言いたいが、言葉がわかると知られるほうが怖かったので、じっとこらえる。


 そんな状態だったので、高橋さんはロープで後ろ手に縛られて拘束され、荷物のように担がれたし、私はふたりのムキムキから挟まれた。

 このように運ばれるなんて、生まれて初めての経験だったし、こんな辱めはもう二度と受けたくない。

 弟妹たちに知られたら、捕まった宇宙人とのコラ画像にされて、きっとネットミームになってたと思う。


 高橋さんが、自分は聖女だからこんな扱いは許されないと叫んでいたけれど、日本語にしか聞こえず、まわりの人たちも理解していないようだった。

 私がとっさに女神様へ、高橋さんの言葉が一生通じないようにしてほしいと祈ったのは、当然のことだと思う。

 なぜここの人たちは、高橋さんに猿ぐつわをしないんだよ。


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