肉食と聖女の旅 5
「それでは皆様、もうお会いすることもないですが、これからはひとの話に耳を傾け、冷静に判断できるように努力なさってくださいね」
「なんでよ! あたしも日本に帰りたいわ」
「残念ですが、日本に戻るには喚ばれた国からでないと帰れないんですって。つまり国に入れない高橋さんには不可能です」
「イヤよ!」
「あなたが真面目に仕事をしていたら、こちらの四人もこんなことにはならなかったと思いますけどね」
「シャン君! 何とかしてよ!」
自分の半分しか生きてない子どもに何言ってんの? 日本でもこちらでも、他人に寄生して生きてるからこんなことになるんだよ。
両腕を振りあげて、子どもに当たり散らす彼女は醜い。奇しくもこの世界に呼ばれたときに着ていた、乙女色強めのカーディガンを見ながら、別れを告げることになるとはね。
「この国を超えて聖王国に向かっても構いませんが、身分証も持たず、聖女ではないので入国は叶わないでしょう」
「聖女じゃないってなによ!」
「女神様がおっしゃいましたよ。日本に戻るのならば、決してこの地で人を殺めてはならぬ。聖女でいたいのならば、この世界の男と交わってはならぬと」
「そんなこと言われてない!」
間違いなく言われた。だから私は忘れることなく、自分の言動には細心の注意を払って過ごしたのだ。
隣に立つ青年たちの表情を見たらいい。それだけ厚く、この世界の女神様は信仰されている。聖女を自称するくせに、まったく女神様を信じても敬ってもいないなんて、彼らには信じがたいことなのだ。
「この地に降り立ち、すでに半年近くが過ぎました。残り四年半ほどてすが、残りの人生、思い残すことのないように」
最後まで、後ろに控えている無気力君はダルそうに立ってるだけだったな。キレイな書割だったけど、話したこともないので特になんの感情もわかない。
「それでは永遠にさようなら」
寿春菜は踵を返して歩き出す。背後に駆け寄って来た気配があったが、春菜の肩を掴もうとしたその手は弾き飛ばされた。
大人しく忠告に従えばいいものを、大柄な準騎士の利き腕はもう使い物にならないだろう。
魔道具を持たされていると伝えたのに、私に攻撃が通じないとは考えなかったのか。本当に想像力のない愚かな者たちだったな。
どこの国でも魔道具は貴重で、その技術が他国に漏れないよう、厳重に管理されているのは、すぐにわかることだった。国境を超えている時点で、魔道具が奪われないように対策されていることは、子どもでも想像がつくことなのに、家から切り捨てられるほど期待されていない人間というのは、その程度なのだろう。
いままで下女だからと荷物をすべて私に管理させ、町や村への入出の手続きを丸投げしてきた。宿や食事の手配や物品の補充まで、自分たちでは何もしなかったから、これからどうするのやら。
ありがたいことに私は言語系の祝福をもらったので、どこの国でも言葉に不自由はしないが、高橋さんは他国の言葉はわからないようだった。元王子や取り巻きたちも、高位貴族の教育を受けているのだから、隣国の言葉くらいは使えるだろうが、話しているのを聞いたことはない。
「この国も人が足りないのか、ふるいもかけずに誰も彼も受け入れて、国民の感情は後まわしですか。なにか考えがあったのかもしれませんが、将来はどうなることやら」
私には関係ない話だけど、国民には憐れみをおぼえる。これでは他国の犯罪者の溜まり場になるのも近そうだ。
純粋な労働力として受け入れているのだろうけれど、その分、自国民の雇用が減るし財産は他国へと流れ出る。治安が乱れたあと、この国にはなにが残るのだろうか。
「そもそも、移民の管理なんてしてないのかもなぁ」
私は自分の務めを終えて報告が済んだら、あと半年をまた働きながら家に帰るときを待つ。
この国に喚ばれてすぐはお金がなかったから、すべて国からの補助金で助けられたのだ。私はそれを返さないという選択をしない。借りたものはきちんと返して、気持ちよく去りたいと決めている。
女神様にはなにかお考えがあったのか、私への能力をだいぶ強化して授けてくれた。たしかに私は、誰とでも話せるようにして欲しいと願ったが、それは通訳を介さずとも会話できるようにという、『言語理解』の意味だ。
だが、女神様は言葉が通じるのはもちろんのこと、話題にも困らないようにという能力を、与えてくれた加護に含ませていた。
私は、一般人との会話も一国の指導者たる国王と話すときも、話題に事欠くことなく話すことができた。
例えば、陛下がことしの小麦が不作で困ったと発言すると、私にはなにが原因でそうなっているのかがすべてわかるのだ。天候による災害が原因となった土地もあれば、大きな穀倉地をもつ領主の不正、官僚がどれだけ横領したかも答えることができてしまった。
会話に困りはしなかったが、それを話すかどうかはかなり気をつけないと、怨みを買うことになる。
高橋さんが聖女ごっこを楽しんでいるあいだ、私は毎日を綱渡りのように、常に緊張感を持って過ごしていたのだ。相手の逆鱗を避け、必要とする情報を小出しにし、ときには対価ももらわず求めている情報を与えて信頼を勝ちとった。
それに会話の流れで知ってしまった、お世話になっている人が不利になるような情報は、けっして口に出さずメモにも残さぬ徹底ぶりで、漏れるのを防いでいたのだ。私はそうとう頑張ったと思う。
そして、たとえ犯罪者であっても私の密告によって処刑されないよう、配慮する必要があった。
家に帰るためには人を殺めてはいけないと、女神様がそう仰ったのだから。
「もう彼らがどこでどうなろうとも、私の責任ではなくなったんだ」
その結果、私は異世界でのバイトを終えて日本のわが家に帰ることができるが、高橋さんはここで短い生涯を終える。
高橋さんは、女神様にストーカーにあわないようにと願っていたし、ついでに、貧乏人や不細工からつきまとわれるのは許せないと余計なことまで口走っていた。
女神様はそれに対して、誰からも執着心を持たれないようにすると返していたのだ。
高橋さんは聞いていなかったようだが、聖女でもなく、自分になんの利益ももたらさないと知られたいま、彼らはいつまで寄り添ってくれるだろうか。
余命宣告され、家族どころか友人すらいない異世界で、高橋さんは偉そうに命令するだけでなにも成すことのない若者たちを、役に立たないとすぐに切り捨てるだろう。だが、その後は?
「よりにもよって高橋さんと異世界転移だなんて、私の運も尽きたと思ったわ」
女神様は、誰も高橋さんに執着心を持たないよう加護を与えた。きっと飽きれば捨てられる物のように、すぐに関心を持たれなくなるに違いない。
まあ、私には関係のないことだから、あとは本人が考えるだろう。
「なんとか生きて帰れそうかな」
この国で王妃の手先が偽王子の暗殺に動かなかったということは、すでに王妃一派は拘束されたのだろう。
私たちが国境を越えたあたりで襲われるだろうと想定していたが、そのような気配はまったくなかった。私は魔導具を持つことで守られていたから心配なかったが、目の前で偽王子たちが殺されるのも困る。
あんな奴らを見殺しにしたとしても、心は痛まないと思うが、それが原因で日本に帰れないとか言われたら泣く。
「終わりましたね」
国境で別れた御者が、ふらりと正面に立つ。ニコニコしているが、なにを考えているのか読めない男だ。
「予定より、十日以上も長引いてしまいました」
彼らと別れたらきっと迎えにくるだろうとは思っていたが、ここまで国境から離れないとは考えもしなかった。
王子の顔のままで隣国の王都に行かせるつもりはなかったから、名もない小さな村で解けるようにしたかったが、彼らの素行の悪さに足を引っ張られたのだ。
「この程度は想定していましたよ」
話していると馬車が一台やってきたが、操作しているのは無口な方の御者だった。監視と護衛役だから、さきほどまでのやりとりから帰国すると判断したのだろう。
なんの特徴もない馬車は国境まで使用していた派手なものとは違うので、こちらの国で手に入れたのかも知れない。
「それでは帰りましょうか」
ま後ろからの声に、驚いて振り返る。
そこにいたのは、自分のギフトをもってしてもロクな情報が得られなかった、無気力青年だった。
「えっ! この人、話せたの?」
さらに振り返って御者たちを確認すると、ふたりの表情は真反対だったが、これは通常運転だ。つまり想定内のことらしい。
ふたりとも、私が会話から情報を得られることを知っているから、話をふっても必要以上話さないのだ。
「今回はさすがに疲れました。はやく王都に帰りたいです」
頭には、彼への返事に必要な情報が頭に浮かぶ。このメンバーなら、最短で十日後には王都に着くが、いまはそんな返事をしたいわけがない。
私は無難に返すことにした。
「そうだね。私もいい加減、うちに帰りたいよ」
旅立つ前に陛下と約束したことが破られたとは思わないが、どうやら私には明かされていない、別の目的があったのだろう。
残念ながら王都までの帰り道も、平穏とはいえない日々が待ち受けていそうだと、春菜はしょんぼりしながら、馬車のステップに足をかけた。
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