肉食と聖女の旅 4
「父上がそのようなことを言うはずがない」
「陛下」
「あぁ?」
「陛下はあなたの父親ではないのだから、陛下とお呼びするのが正しいです。プライベートな場でもないのに、自国の王に対して父上はないでしょう? そう教育されたはずですよ」
まあ、いまさらこんなことを言われても、改めるわけがないんだけどね。
「くだらないことばかり言う教育係など、すぐに辞めさせてやったぞ! 貴族籍も失い今頃は路頭に迷っているだろうな」
王子殿下の身代わりでしかない男は、ニヤニヤと思い出し笑いをしながら馬鹿にしたように言い捨てる。
十七歳って高校生だよね。日本でだって自分の将来を考えて進路に悩む頃なのに、それは自分を磨く機会を放棄する行動だよ。
半分は王女が嫁いだこともある侯爵家の血を受け継いでいるはずなのに、王妃様が準備した環境がそれほどまで毒となったのだろうか。侯爵が平民の愛人に産ませた庶子とはいえ、高橋さんと絡む前はここまで露骨に態度に出すことはなかったと聞く。
「まさか! 彼らは王子殿下につけられた、とても優秀な人材ですよ。この国で最も貴いとされる国王陛下の、大事な後継者を指導する役目を仰せつかった方々です。身代わりごときがいくら騒いだところで、辞めさせるはずがないるでしょう?」
そんな代役のいいなりになるような人間は、まわりにいるボンクラどもと、横にいるアバズレくらいだ。
賢い者は真相を知らずとも偽物の王子たちから早々に距離をとり、王家の動向を見守っていた。だから王妃を早急に幽閉した後には、高位貴族に対して、王妃の行いや王太子に身代わりが立てられていたことを公表するだろう。
いつだって、下々の者は問題を知らされないままで、気づかぬうちに解決しているものなのだ。
「嘘だ! お前のような下賤な者の言葉など信じられるか!」
偽の王子が顔を真っ赤にして激昂する。
「はぁ。じゃあ聞きますけど、あなたが生活していた宮殿はどこでしたか? 代々、王太子となられる王子には玲瓏宮が与えられます。これは高位貴族ならば、十歳の子どもでも知っていることですよ?」
身代わりのあなたは王宮のはずれにある、王妃の離宮を充てがわれていたと聞く。王妃は側妃の子を大事にしているアピールを欠かさなかったが、その裏では暗殺のチャンスを狙っていた。
側妃の子に、王太子が代々使う宮殿を使わせないために。そして自分の子である王女に与える宮を、王子の血で汚さないために。そのために王妃は自分の離宮を差し出して、自らは王女とともに、後宮として使われていた紫水宮にはいった。
そこまでして、王子に玲瓏宮を使わせないことを選んだのだ。
理由をつけて自分の白鷺宮を与えたものの、離宮でことを起こすのは危険だと考えて、王妃は王宮では手を出さなかった。
だから玲瓏宮は最低限の人員による管理が行われ、本物の王太子殿下がそこで過ごすカモフラージュになったらしい。
「うるさい! うるさい!」
「あなたは自分に与えられた職務をまっとうすべきでした。高橋さんに惑わされて執務を疎かにした時点で、陛下はあなたはこれまでだと判断したのです」
「だが、私たちは聖女の巡礼に同行しているのだぞ。このような名誉、偽者に与えるはずがない」
最初ほどの勢いは失われたが、信じたくないのか往生際が悪い。
「皆さん勘違いしているようですから伝えておきますけれど、聖職者は肉を食べられないのではありません。彼らは『感謝の祈りを捧げていない供物を食材にしてはいけない』という教えを守っているのです」
私は、自分が口にするものはすべて祈りを捧げてから調理した。そして高橋さんと取り巻きたちが食事をしているときは、私は一緒に食べていない。どんな食材を使っているか不明だったこともあるが、そもそも彼らが私を使用人扱いして、同席を許さなかったのだ。
だから、高橋さんがどうしていたのかは知らない。宿の料理や屋台の串焼きが祈祷済みという保証はないのだ。私は聖職者ではないのでこの教えをまもる必要はないのだが、日本に帰るためにできることはなんでもしておきたかった。
「規律を破ったのに聖女でいられると思いますか? この世界に呼ばれたとき、女神様がなんて仰っていたのか、もう忘れてしまいましたか?」
「知らないわよ!」
どうやら自分の行動がマズかったと気がついたのか、もう心優しい聖女様を装うのはやめたしい。
「どうせもとの世界では、課長との不倫で奥様に訴えられるんですから、ここで寿命まで頑張って生きていけばいいんですよ。よかったじゃないですか、あなたを守ってくれる男性が四人もいるんですから、たとえ四年半で終わる人生だったとしても、きっと死ぬときは看取ってもらえるでしょうし、いい思い出がつくれますよ」
ここは高橋さんのための世界じゃない。私たちが召喚された原因をつくった国だから、ある程度は面倒をみてくれたが、神と崇め祀る存在ではないのだから、もっと謙虚であるべきだったのだ。
私たちの存在が邪魔だと判断したなら、いつでも陛下は立てた親指を下に向けただろう。
だって自国民より異世界人のほうが優遇されるなんて、あってはならないことだからね。
「なに? 四年って」
「それも聞いていなかったんですか? ここで活動できるのは五年程度ですよ。女神様が調整してくださったけれど、この世界の魔素が身を蝕んで世界の異物を排除すると、そういう仕組みで成り立っているのだと説明されたじゃないですか」
正しくは、女神様がなにもしなくても五年はもつと言われたから、もう少し生きられるのかもしれないが、私には正確な年数がわからない。
「そんなの聞いてないわよ!」
「そうですか。こんなに大事なことを聞いていないから身を滅ぼすんですね」
「アンタだって死ぬでしょ」
「いいえ? 私は日本に帰りますよ。旅の道中の素行を監視し、逐一王国に報告すること。処置なしと判断したならば、国境を超えて三日ほどで見切りをつけていいと指示されていたんです。なのに貴方たちときたら、旅行気分で買い物をしたり、すぐに休もうとしたり。この地に着くまで二週間もかかったじゃないですか」
高橋さんの本性を見て幻滅したのか、それとも自分が立たされている現実に気がついたのか、取り巻きたちは空気のように黙り込んでいる。
「あなた達の身分証では自国に戻ることはかないません。そもそも手続きが煩わしいと、私に丸投げしたんてすから楽なものです。あなたたちの身分証はこの国に入国後、すぐに処分しておきましたよ。もう母国の地は踏ませない。それが陛下とあなた方のご両親がお決めになったことです」
「そのようなこと、あるはずがない!」
「俺たちはお前なんかと違って、皆から期待されているんだよ!」
その期待を裏切られたから、君たちは切り捨てられたのだ。
「ご両親は報告を受けて泣いておられたのに、あなたたちは反省する気すら起きないのですか?」
準騎士の男は末っ子で、親兄弟たちから甘やかされていた。親族たちには、この巡礼に同行するのならば処分は避けられないので、子息の帰国はあきらめよと陛下が仰ったのだ。
だが、ここにいるということは、家族の説得はかなわなかったのだろう。
そもそも聖女の巡礼に同行しても、聖職者ではないのだから意味はない。必要とされない同行者として、ムダにつきまとっているのだから、神殿関係者からの心象はよくないし、名声のためだなんて鼻で笑われるだろうね。
まあ、徒歩で国外旅行をしたことで、ちょっとした話のネタが増えるくらいか?
「お前が嘘の報告をしてたんだろうが!」
「まさか! 報告はすべて映像です。王宮から連絡用の魔道具を持たされていますからね」
それが私の仕事だ。彼らの行動がいかに愚かで自国に利益をもたらさない存在であるのかを、皆に、特に家族や親族たちに納得させなければならなかった。
ひとりを処分したことで、一族全員との関係にひびがはいるのを陛下は避けたが、それは王妃を廃して、側妃を正妃に据えるために必要なことだったのだと思う。
「あなたたちが街でハメをはずして酔いつぶれたり、小さな村で横暴な振る舞いをしたり。すべて陛下はご存知です。もちろん高橋さんと寝室をともにしたことも含まれていますよ」
これが決定打になるだろう。聖女を名乗るのならば、それがいかなる存在であるのか知っていなければならなかった。
高橋さんは自分がイメージする聖女を追求したのか、現実を見ていなかったのである。




