肉食と聖女の旅 3
食材として生命をいただくのだ。聖職者がそこに優劣をつけることはない。敬虔な信者ならこんな勘違いはしないはずなんだけどな。
高橋さんたちは巡礼中にもかかわらず、一度も各町の神殿に立ち寄ったことがないのだ。
食肉がバレるのを避けたいのか、聖職者の同行を断ったことを引け目に感じているのか、単に面倒だからという可能性が一番高いが、一度でも神殿で奉仕作業をしていれば、こんな誤解は生じなかったと思う。
きっと、神官のお友だちとかいないんだろうね。もしや、わざと間違った情報を植えつけられているのか?
高橋さんは、まわりに少食で野菜と果物だけで生きていると印象づけたいのか、人前では全然食べないんだけど、ひとりになると反動なのか暴食がひどい。
通りで見つけた串肉を買ってこいだの、準騎士が夕食で食べたステーキをよこせだの、厄介なことこの上ない。
私としてはその場で一緒に食べてくれた方が手間がかからず楽なのだが、そんなときは必ずサラダしか食べないのだ。ドライフルーツだって、手に入りにくいし安くはないんだから、少食アピールのためだけに所望するのはやめて欲しい。
それに果物を主食にするなら、糖分だって気にした方がいいと思う。糖尿病とか、こちらの医療技術的に治療できるのかわからないからね。
それにしても、高橋さんが三十過ぎって暴露したことには触れないんだな。彼らも薄々気づきはじめていたのか?
「高橋さんもそんなに肉が欲しいなら、みんなと食べてくださいね。別口で調理なんて手間がかかるし、わずらわしさしかないんてす。それに夜食の食べ過ぎで、だいぶ太ってきましたよ」
いま、あからさまに高橋さんから視線を背けたね。
ふんわりしたローブで誤魔化したつもりなのかもしれないけど、腰回りがそうとうヤバいことになってるのがよくわかる。顎下だって、背が低いから誤魔化せているだけで、輪郭が二重になっているじゃないか。
「聖職者が食肉を禁じられているのを知らぬのか! そもそもいまはアンジュが聖人として名を上げるための、だいじな巡礼中なのだぞ」
取ってつけたようにこちらを糾弾しているけど、内容はさっきから同じことの繰り返しだ。
「いえ、巡礼の目的は名声を得るためじゃないですから。それになんども言いますけど、高橋さんは旅の最初から、というか城にいたときから、なんの肉でも食べてたんですよ? 会社の上司と不倫するくらい肉食なんだから、野菜や果物しか食べられないわけないじゃないですか」
妻帯者である課長と付き合ってたから、反動で若い男に執着してるのかな。いまもまわりは十七、八の子どもだし。新婚の加藤さんや入社したばかりの最年少の男性にもしつこくつきまとって、係長から注意を受けたと聞いた。
派遣会社に苦情も入れてたと思うんだけど、高橋さんは懲りもせずに、しぶとくしがみついてたもんなぁ。
「先輩ったら、みんなあたしだけのナイトだからって嫉妬ですかぁ〜。あたしが愛されてるから僻んでるんだぁ〜」
いまナイトって言った?
マジで言ってるの? くそダサいんだけど。それに、異常なまでの自己肯定感はどこから湧くんだろうか?
「十も年下にそんな気は起きませんね。自分の弟よりも若い、まだ未成年の子どもたちに性欲を感じたら、ヤバくないですか? 高橋さんも、彼らより王妃殿下とのほうが歳も近いのに、頭は大丈夫ですか?」
おっと、苛ついてるからって口調が乱れてきたわ。同じレペルに落ちないように、気をつけないとな。
「あたしがカワイイから、そうやっていじめるんでしょ! 性格わるぅ〜い」
「あなたを可愛いとは思いませんね。そろそろメイク道具も尽きてるでしょうに、まだ誤魔化そうとするんですか? 若い子につり合おうと必死なのかもしれないけど、自分を偽っている時点で無理があると思いますよ」
綺麗な自分を保つのはいいことだと思うけど、年齢をごまかすために必死になり過ぎて、下品になっちゃってるんだよ。
彼らにしたって、高橋さんに子どもがいたら、同じくらいの年齢なんじゃないの? まあ、世の中には子どもに性欲をもつ、どうしょうもないゴミカスがいるからな。
「うるさいわね! こんなとこに来てなかったら、あたしがプロデュースしたコスメが出来てたんだから!」
「そうだ。アンジュはその知識をもって、ひと財産を稼いだのだぞ! お前は彼女の恩恵に預かりながら、そのふざけた態度はなんだ!」
「はぁ〜」
会社帰りに誤召喚されたから、持ち物はビジネスバッグの中身だけだった。メイク道具を会社に置きっぱなしにしている人もいたけど、私は私物を持ち帰る派だ。勝手に他人にさわられるのは気持ち悪いので、毎日大荷物だったけど我慢するしかなかった。
だが、この習慣のおかげで、ある程度手持ちがあるのは運がよかったと思う。
高橋さんはちょっと手癖が悪くて、デスクにあるものは自分も使っていいと思い込んである節があった。会社の備品ならまだしも、個人が気にいって使っていたボールペンや、かわいい付箋紙など、なくなったと思ったら、いつのまにか高橋さんが持っているのだ。
となりの席の子が気がつかなければ、被害者はもっと増えただろう。だからデスクの上には気に入っているものを置けないし、終業時に私物を置いて帰ることもなくなった。
不倫をするような女なのだから、人のデスクやロッカーを開けることにためらいなどないだろう。
そんな彼女とも、ようやく縁が切れるのだから、持ち物や財産になんで興味はない。
「そんなこと、私にはもう関係ないので。役目はもう終わったし、あとは好きにしたらいいですよ」
食べ終えた串をゴミ袋に入れて、バッグにしまう。私の荷物は多くないので、コートを着たらすぐに出発できる。
「役目ってなによ!」
高橋さんは、私の行く手をさえぎるように前に立った。手を出されていたら面倒なことになったので、通せんぼくらいなら許容範囲だ。
「陛下は、不要な者を国税で養うことに否定的です。国境を超えてすでに二週間は経ってるから、あなた達は国民として再入国はできない。そうなるように、時間稼ぎに協力しただけですけど」
「なにそれ、先輩ってバカでしょ。こっちには王子様がいるんだよ」
高橋さんはシャン君とやらの腕にからまりながら、勝ち誇ったように小鼻をふくらませる。
「ここは会社ではないし、なんの関わりあいもないあなたを後輩とは思っていないので、先輩なんて呼ばないでいただけますか? 歳上の人からしつこく先輩って呼ばれるの、かなり気持ち悪かったんですよね。それに王子だと思ってるその人ですけど、正妃様の目を欺くための身代わりです」
とつぜん真実を明かされて、動揺するかと思いきや、まったく信じていないらしく、こちらに嘲笑を向けてきた。
「愚か者めが! この私の姿を見て父上の子でないなどと、よく言えたものだ」
「そうだぞ! この無礼者が!」
暴露して構わないと言われていたが、本人は一ミリも信じてないね。
まあ、王妃が怪しい動きをはじめたのは、自分が産んだ子が王女だったからだ。それは王子殿下が二歳の頃らしいから、彼には入れ替わった自覚がないのだろうな。
「うん、可哀想だけどもうすぐ術が切れますよ。陛下は、王子殿下が成人して立太子したあかつきには、あなたを叙爵させて貴族年金で食べていけるように手配していたのですよ」
そんな未来は、自らの行動によって絶たれた。王妃に人生を狂わされたのは間違いないが、陛下はそれなりに守ろうとはしたのだ。
もちろん愛する側妃様と本物の王子殿下を優先したが、この歳まで暗殺もされずに生き残ったのは運だけではないんだけどね。
この世界には魔法がある。いや、魔術が正しいのか? ファンタジーな奇跡の力というよりも、きちんとしたルールのもと発動されて、条件を満たさなければ不発になるのだから。
私もいくつかそんな叡智の結晶たる魔道具を持たされているが、どういう原理で動いているのか理解不能だった。ただ使いかたを教えてもらい、紛失したらどれくらいヤバいのかを懇懇と説明されただけだ。
身代わりの彼には姿を陛下に寄せる魔術が施されている。それが貴重な技術であるがゆえに、彼の存在ごと護られているにすぎない。
王子の証だと思っているその指輪は、すでに目的を果たして朽ちていくばかりだ。私が持つ魔道具によって延命されているそれは、すぐにかたちを失うだろう。




