肉食と聖女の旅(能力表示版)
この話から読みはじめる方は、先に本編と番外編をお読みくださると、ネタバレ無しで楽しめるかと思います
本文内の『( )』で追加されている箇所が、春菜が能力で得た情報と、それに対する返しです。
聖職者が巡礼する聖地として聖王国の霊廟があるのだが、大陸の北東に位置しているため、隣国との国境から目指しても、はやくて半年は必要だといわれている。
しかしそれは、移動といえば馬か自分の両足が基本な、この土地で生まれ育った人々を基準としており、交通機関が発達した現代日本で暮らす私の足では、いったいどのくらいかかるのか想像するのもむずかしい。
私が一日でいちばん歩いた距離は、ダイエットのためにしていたウォーキングだったけど、せいぜい十キロ程度である。それも休日限定だから、週一日か多くても二日のペースだった。
平日はその半分の五キロくらいがやっとだったし、毎日なんてとてもじゃないが歩けないし続かない。
週に四日だけでも、充実感は得られたのである。
そして大事なことだが、道は平らに整備され、疲れにくく膝や腰にやさしい靴を履かなければならないのだ。
「日本でだって、荒れた道を十キロも歩いたことないわ。田舎で車がないなんて、生きていけないし」
そもそも田舎の住人は、ちょっとそこまでのコンビニにも車で行く。しかし、いまの自分のもとにあるのは便利な車ではなく、荷物を運ぶためのロバが一頭だがな。
そのロバもいまは荷物をおろしていて、家畜小屋でエサと水を与えたので、明日の昼前までは休憩である。
私も寝床と食事の手配を終えたので、ようやく自分の食事にありつけたところだし。
乾いたパンを水で飲み込み、串焼きの肉が生焼けになっていないか、注意深く確認してから口に含む。
少し時間をおいたので、熱々だった串は冷めてしまっているが、しっとりしてジューシーなお肉だった。
「まだお昼すぎなのに、きょうもこれ以上移動しないとか」
歩く速度を落としたとしても、日の出から日の入りまで歩きっぱなしなんて不可能だけど、これはひどすぎる。国境を越えてからはほぼ毎日、朝は十時すぎに出発して、午後二時には宿を決めてしまうのだ。
目的地である聖王国は大陸の端っこにある半島なので、どうしても隣国を経由することになる。
それなのに、日本と違って他国の地図なんて、かんたんには手に入らない。詳しい地図もない状態で、現地の人に進む方向を聞きながら、見たこともない聖地にたどりつかなければならないのだ。
さらに、巡礼は自らの足のみで進まなければならず、悪天候が続くとまともに移動できないため、日程はその分延長してしまう。
『これってどんな無理ゲーなの?』
私は無理やり巡礼者の一行に加えられたが、肝心の聖女志願者は、腰が重くやる気がない。
まだ最初の国境を越えたばかりなのに、歩みはにぶる一方で、この調子では一年かけても聖地にたどり着くことはないだろう。
そう考えていると、高橋さんが取り巻きを連れてやってきた。この光景を見るのも、もう何回目だろうか。
「おい、貴様、アンジュが食べられないものを出すとは、なんと意地の悪い女なのだ」
(彼女の名前はアンジュではなく、高橋杏子です。先ほどの食事はすべて食用可能ですので、意地が悪いという評価は誤りです)
(それは、いまさらなのよ)
金髪碧眼で整った顔立ち。ふつうならば、くたびれ果てていてもおかしくはない旅装束ですら、汚れも見あたらずシワもない。
平民が一生かかっても所持することがない、そうとうお金がかかっている装備なのは、まちがいないな。
まさに絵本の挿絵で見た王子様そのものだが、人を嘲る表情や、口からでる言葉には、知性や威厳、王族としての品格ですら、欠片も感じることができなかった。
母親が金目当ての卑しい人間だったと聞くし、育った環境もよろしくないので、こう育つのも必然といえる。
見るからに偉そうな態度だが、利き腕が高橋さんの胸に挟まれていては、まったく格好がついていないんだけどね。
頭のてっぺんからつま先まで、形づくるすべての要素が、愚かで幼稚で傲慢なだけの憐れな青年だと、春菜は評価を下していた。
「はぁ」
いつも思うが、なぜ高橋さんのウソをごまかすために、肉のかわりになる食べ物を準備しないといけないのか。
新鮮な果実やドライフルーツなんてお高い嗜好品、小さな村では買えないのが当然だろう。いまが秋もおわりに近づき、冬支度をはじめる時期なのを考えれば、食事をわけてもらえるだけで良しとしなければならないのだ。
生返事でこたえはしたが、これ以上、彼らの愚行につきあってはいられない。中身のないムダ話につきあっていると、脳が溶け出して、思考が停止するのも時間の問題だと思ってしまう。
最近では彼らとの会話もワンバターンと化し、会話から得られる情報も少なくなってきているのだから、口数が減るのも当然だ。
「なんだその返事は! こちらを馬鹿にするのも大概にしろ! 人が話しているときは、食べるな!」
(ロイン・ギザードは、格下と考える人物が自分に敬意を払わず、素直に従わないことに、激しく苛立っています)
(こんなオコサマどもに払う敬意なんて、これっぽっちもないわ。そっちこそ、すべての手続きをしている私に感謝しな)
準騎士の青年は、いつになったら自分の声量を理解するのか。大きな声とガタイで威圧しなければ、自分の意見を認めてもらえない無能だと、自分で公言していることに気づいていないのだろうか。
赤い短髪が、お約束のどおりの熱血漢ってイメージだけど、彼の所作はただ横暴なだけだ。粗野で乱暴な青年には、さわやかな成分が圧倒的に足りていない。
それに私が厨房で食べているのは、下女とはテーブルをともにしないという彼らに配慮した行動だ。
この二本しかない鴨肉の串焼きは、村人との交渉ごとを任されている私への、正当な対価である。
私は村長から、貴族相手に問題が起きないよう取りなしてくれと頼まれているのだ。
「お前、コソコソと物陰でなにをしている! やましいことでもしていたのか!」
(ロイン・ギザードは、自分の正義感に自己陶酔しています)
(傲慢な準騎士は、とんだナルシスト野郎じゃないか)
いつでもそんな態度では、ちょっとでも言い返されるのを恐れているのかと思ってしまう。
「ありがとうロイン君。でも、あたしが我慢したらいいんだもの。あたしのために怒らないで!」
(高橋杏子は、若い男性が自分だけを甘やかす姿を同性に見せつけることで、自己肯定感を得ています。そして寿春菜ばかりが好きなものを食べて、ズルいと考えています。その串焼きは自分のものだと主張するのを、必死におさえています)
高橋さんがあごの下で両手の指を伸ばして組み、上目遣いて準騎士の青年を見つめる。
我慢できるなら最初から黙ってるだろ。口に出すってことは不満があるし、他人に解決してほしいという思惑がすけてるんだよ。
(そもそも彼女が我慢しているのは、彼らの前で本性を出さないようにしていることだけだが? そうだ、この串焼きが食べたいんだよね)
煽るようにさいごの串焼きに噛みつくと、高橋さんが血走ったような目つきでこちらをにらむ。座っている私にしか見えていないが、だれかに気づかれるとは考えないのだろうか。
「アンジュ様は優しすぎます。だから下女ごときがつけあがるんですよ」
(フランク・キューブロールは、高橋杏子に心酔しています)
このインテリ気取りも、いちいち言動が鼻につく。プライドだけは一丁前だが、いっさい行動が伴っていないのだ。
肩にかかるサラサラの銀髪を指にからめ、神経質そうにもてあそぶ痩せぎすの青年には、きょうまで何回、ハゲてしまえと念を送ったかわからない。
「フラン君! でもあたしの先輩だから……」
(彼の名前はフランク・キューブロールです。そして寿春菜は先輩ではなく、自分の召使いだと考えています。高橋杏子は串焼きを食べ損ねたので、絶対に、寿春菜に仕返しすると決意しています)
「こんな性悪女を庇わなくてもいいのですよ。アンジュ様は聖女なのですから、慈悲など与えず無能はクビにすべきなのです。下女など、かわりはいくらでもいますからね」
(彼女の名前は高橋杏子ですし、いまはまだ聖女ではありません。フランク・キューブロールは、罪の発覚を恐れており、聖女として帰還した高橋杏子からの減刑の口添えを保険として考えています。杏子からの心象を良くするため、寿春菜を解雇して従順な者との入れ替えを考えています)
(おいおい。ひとの串焼きをカツアゲしようとするのは、性悪じゃないのかよ。無能すぎてクビになりかけている下っ端官僚が、口だけは達者なことだな。聖女が敬われるのは聞いたが、犯罪歴を帳消しにはできないぞ。それに、代われるものなら私はここにはいなかったな)
無駄な期待を抱くべきではないが、こんな人でも、親は愛情を持って育てたと思えば、なんだか気の毒に思う。教育の仕方を間違えたとしか考えられないけれど、乳母とかに任せきりだったのかも。いちおう彼も貴族の家に生まれたわけだし。
(あと、名前の訂正は必要ないよ。今後彼らの名前は省略してほしい)
もうひとりの青年は無口で無気力で無表情なので、いてもいなくても変わらない。顔面が引くくらい整っているので高橋さんのお気に入りだが、本人は無関心を貫いている。
いまも高橋さんの後ろに立ってはいるが、興味なさげで気怠げだ。これで身だしなみを整えていなければ幻滅されるのだろうが、髪がベタついていたことも衣服がヨレていたこともない。
こういう性格なのかもしれないが、積極的に文句をつけてこない分、ほかの取り巻きどもよりマシともいえる。
「聖女は肉を食べないと、何度言えば覚えるのだ。お前は指示されたことすらできぬ、愚か者なのだな」
(聖女が肉食しないというのは誤りです。彼は、自分が指示されても仕事ができないことを、まったく自覚していません。そして寿春菜は賢者ではありませんが、愚者と断じるほどでもありません)
(おおきなお世話だよ! それに、結局のところ私はバカだっていってるよね?)
そんなセリフも、もう聞き飽きた。何度説明してもRPGのモブみたいに、同じ言葉を繰り返すんだもの。
そのたびにバカにされているんだから、私の精神衛生上良くないので、口を開かないでほしい。
彼は王子だと持ちあげられすぎて、謙虚さを養うことなく育ってしまったんだろうね。
「アンジュ様のお話どおりですね。何もできないなら、言われたことは終わらせなさい」
(彼は、彼女から聞いた、ねつ造された寿春菜の言動に、憤りを感じています)
そう思うなら、お前が食事を準備したらいいだろ。まあ、無理なのはわかっているけど。
(ここまでくると、聖職者を自称しているわりに、他人への悪意を広めても疑われていない高橋さんの手腕を、一周まわって称えるべきなんじゃないかと思っちゃうよ)
「まったく! 食事の支度もままならず、まともな宿も押さえられないとはな。お前、貴族を馬鹿にしているのか!」
(彼は騎士を目指しながらも甘やかされて育ったため、野営食などの粗食に慣れていません。そしてこの村には宿はありません。唯一、行商人が立ち寄る際に開放している、ちいさな空き家があるだけです)
(そう、この村には宿がない。住民は百人前後という、驚くほど小規模の村なのだ)
街に泊まりたいならさっさと歩けばいいし、毎朝出発を遅らせる高橋さんに注意すべきだ。それでも不満をいうのなら、自分で旅程を計画したらいい。
ただ巡礼ごっこについてくるだけで、何ひとつ自発的に行動することがないくせに、態度だけはデカいのは許せないんだけど。
それに私は、彼らをバカにはしていない。私がしなくても憐れなくらい愚昧なのだ。
すでに国外に出てから半月は過ぎているるのに、いつまで経ってもこの態度のままだとはね。
「そうですよ。聖女様がこんなあばら家でお休みにならなければいけないとは」
(彼は彼女を口実に、自分の待遇を上げろといっており、まともな寝具もないベッドでは休めないと考えています)
(自分が無能で流されやすいから、不正の片棒を担いだくせに、こんなところは神経質なのか)
そんなだから高橋さんに唆されて、このどうしょうもないメンバーに入ってんだよな。
「そうなのよねぇ、あたしも困っちゃって。先輩って、フォローしてあげないと仕事ができないんだもん」
(彼女は、自分の仕事を肩代わりしてくれなかった寿春菜を、使えない人間だと評価しています)
(いまの肯定はタイミングがよかったな。どうしょうもないメンバーって認めてるみたいだ)
聖女になると決めたのは自分のくせに、巡礼に出たくなかったからと、鬱憤晴らしに絡んでくるのも、もう慣れてきた。
買い物から宿や食事の手配、順路の確認に至るまで、交渉ごとのほぼすべてを私に任せているくせに、機嫌を損ねたら職務放棄するとは考えないんだろうか。
国境までは馬車で送られたが、隣国に来てからはずっと徒歩だ。移動が遅いんだから、街までたどり着けないときは村に泊まるし野営もする。
聖地への巡礼は徒歩のみと決まっているのだから、国内を馬車で移動したのはルール違反なのだ。
王子モドキが強行したのはわかっているが、それが巡礼にはよけいな行動で、聖女への道を遠ざけているのは間違いない。本来であれば、聖女の巡礼には神官が同行するものなのに、高橋さんが嫌がるからと、私にお鉢が回ってきてしまった。
神官が一緒なら道案内を任せても安心だったのに、楽をしたいがために断るから、どこまで進んだのか確認が必要なのだ。
村人たちは村長クラスじゃないと、自分が暮らす村が国のどこにあるのかすら、あまりわかっていない。だから聖王国への道をしる行商人を見つけるか、土地勘のある者を探し出さなくてはならないのだ。
そんな旅に同行を望んだのだから、自分たちがどう思われているかなんて、わかりそうなものだけどね。理解していないなら、さすがに想像力がなさ過ぎだろう。
「アン、お腹すいたぁ〜」
(彼女は、肉が混じった料理は下げられたし、野菜のみのスープは飽きたので、こってりした豚骨ラーメンか、モツ煮込みが食べたいようです)
(そんなの王城でも食べたことないわ。きっとこの国には存在しないメニューなんだろう)
高橋さんが甘えた声を出すが、三十超えた女の一人称がアンって正気か?
本当は杏子だと知っているこちらとしては、痛々しくて居た堪れないんだけど。
「先にアンジュの食事を用意しなおせ! 肉が入ったスープと石のようなパンなど、食べられるものがないではないか!」
(彼は、さきほどの食事が粗末だと忌避感を持ちましたが、空腹に耐えかね、すでに完食済みです)
(そこまで文句を言っても、自分は食べたんじゃないか!)
ほんとうに失礼な奴だ。村人たちにとっては、大切な日々の糧だぞ。
かたいパンは保存がきくし、スープに浸して食べるのがふつうなのにな。それに肉が入っているのは、村人たちが貴族の不興を買うのを恐れているせいだ。
彼らは、粗末なものを提供したと罰せられるのを、なんとかして避けようと考えたんだろう。
いつもなら豆と何かしらの根菜が入ったスープ、もしくは雑穀がメインの雑炊を食べていて、狩りがうまくいったときは肉を口にてきる。冬ごもりのための保存食を貯蔵するこの時期に、貴重な脂質とタンパク質をゆずってもらっておいて、なんて言い草だ。
対価を支払っているとはいえ、生活の余裕がない村人から貴族が物をとりあげたとなると、不満が募るのは避けられない。本来ならば感謝すべきことなのに、なぜ高橋さんの存在がこれほど青年たちの目を曇らせるのだろうか。
『女神様から魅了の能力は授かってなかったしなぁ』
とはいえ、彼らの言動にも思いやりが足りない。高橋さんを気遣っているようにみえるが、肉を食材にした食事を控えるとは、一度も言ったことがないのだ。
結局みんな肉が好きで、おいしいものを我慢するつもりがない肉食獣たちなのである。
彼らは聖職者が食べられないと認識しておきながら、その人の前で遠慮なくステーキなどの肉料理を注文する。
人前では我慢して少食を装っているのに、そんな食事風景を見せつけられるから、高橋さんが発狂して夜間に暴食するのだ。
「みんなには見せてないだけで、ふつうに食べていますけれど? この人、肉食ですから」
「ひどぉ〜い、ウソつかないでくださいよぉ」
(嘘ではないから酷くもない。だが、彼女は自分の言葉が疑われるとは思っていないし、これにより寿春菜の評価が下がるのを喜んでいます)
彼女は鼻にかかった甘えた声で、ひと回り以上年下の青年らに絡みついているだけで、王都を出発してからひと月ちかくは経つのに、まともなことを言った試しがない。
(女神様の加護が発動して、嫌な気持ちになるのはめずらしくない。高橋さんが取り巻きたちから盲信されているのは、加護がなくてもわかっていることだが、他人からの悪意を毎回知らされるのは、負担が大きいのだ)
毎日フルメイクで出発時間をニ時間も遅らせているくせに、体が弱いとか私の仕事が遅いとか、言い訳が湯水のように湧くのである。
あのつけまつ毛は最後のひとつらしく、すでにヨレヨレなのだが、残り少ないのりでコーティングして使っているようだ。瞳を大きく見せるカラコンの使用期限はとっくに切れていそうなのに、これからも使い続ける気なんだろうか?
「聖女が肉を食べるわけがないだろう!」
(彼は、思考がロックされています)
(だろうね)
準騎士は頭もかたいのか、調べればすぐわかることなのに、真実を解明しようとすらしない。これで騎士を目指しているとは、恥ずかしげもなくよくいえたものだ。
「アンはかなしいですぅ〜」
(彼女は嘘をつきました。悲しむどころか、気にいらない同性は、死ぬほど不幸になればいいと考えています)
(うっわぁ、マジで怖っ。このひと性格歪みすぎだろ)
「アンジュ様を泣かせるなんて、なんて悪辣な女なんだ」
(彼は、寿――)
(ゴメン、フルネームはやめて。寿でいいです)
(彼は、寿が評価を下げるたび、かわりに自分が上がっていると錯覚しています)
(この青年がクビになるのは当然だよな。物事を俯瞰で見れないんだもの)
「逆らうばかりで、務めもまともに果たせぬのか」
(彼が務めを放棄したため、巡礼への同行が許可されました。彼はそれを忘れています)
(いや、それに無関係な私を使わなくたっていいでしょ)
ヤレヤレ。あれが嘘泣きとすら呼べないお粗末な演技だということすら、彼らには判断ができていない。筋肉、無能、劣化王子が自分を棚に上げて発言するが、空気君は話しを聞いている素振りさえない。
まったく意味のない引率役も、もう充分だろう。
「それでは、ここで同行を終了します」
もっとはやくやめてもよかったのだが、国境沿いで騒がれても面倒だと、充分な距離を離したかったのだ。
「女の子があたしだけだなんて寂しいですぅ。先輩はあたしを見捨てるんですかぁ〜?」
(彼女は、彼らのまわりに同性が近寄るのは気にいらないが、便利な雑用係は必要だと考えています)
うぜぇ。三十過ぎが女の子を自称するとか正気か? 女子中高生に土下座して謝れよ。こちとら二十歳を過ぎた瞬間には、弟妹たちからババァ呼ばわりされてたんだぞ。
しかも急な手のひら返しとか、私がいなくなると、彼らに内緒で食べ物を調達できなくなるから必死なのか。
下っ端官僚も、クビにしろって息巻いてたくせに、外国で放り出されるのはマズいと思ったのか、ダンマリじゃん。
「年下に寄りかかるのは、いい加減やめてください。高橋さんは人前では肉が食べられないからと、あとから追加の食事を要求しますよね。こっそり私が買ってきて調理しなきゃいけないし、そのたびにそこの同行者からうるさく言われるし、もう自分のことは自分でしてください。三十過ぎたいい大人なんですから」
高橋さんは私より六歳上なので、彼らからすると十五、六年の差がある。どう考えても彼らの親世代なのだ。
「嘘をつくな! 下女の分際で聖女に口答えをするつもりか!」
(彼は王子の近衛騎士になるか、聖職者に仕えて聖騎士になるかで迷い、より名声が高いほうを選びたいと願っています。ですから彼女が聖女でないという事実は、受け入れることができません)
(そんなン知らんがな)
「あのですねぇ、あなたはなぜ私を下女と呼ぶのでしょう? 偏った情報しか集まらないのは、何故なのか考えたことがありますか? それは騎士としても、致命的でしょうね」
「煩い! 生意気な女め!」
(彼は、自分に逆らう人間を、すべて排除したいと考えています)
いや、どう考えたってうるさいのはお前だろう。
(さすが高橋さんの取り巻きに選ばれただけあるわ。こんな危険思考を持ってて、騎士なんて危なすぎる。大量殺人したいヤツが、警察や自衛隊に入りたいとか言ったら、当然拒否されると思うし)
その声量がデフォってことでもないのに、いちいち叫ぶのは何なの?
「アンジュ様の慈悲で生かされている分際で、大口を叩くなよ」
(彼は、彼女が寿を養っているという嘘を、真に受けています)
「聖職者が食肉をしないのは周知の事実! 大方、お前が食べるために聖女を引き合いに出したのだろうが」
(それが周知の事実という事実はありません。彼もロインと同様に、彼女の嘘を信じています)
とりつく島もないって、こういうことだな。
それに、私が高橋さんから生かされてるなんて妄想、どんな嘘を信じ込まされたら起こるんだろう。
高橋さんが詐欺師の才能にあふれているのか、取り巻きたちが引くくらい無能なのか。掛け合わせるとダメな例の最悪なパターンだな。
「はぁ。聖職者は肉も魚も食べられない。だから野菜や果物ばかりを食べていると思っているようですけど、毎日、肉も魚も食べていますよ。一度、町の神殿に足を運んだらどうですか?」
食材として生命をいただくのだ。聖職者がそこに優劣をつけることはない。敬虔な信者ならこんな勘違いはしないはずなんだけどな。
高橋さんたちは巡礼中にもかかわらず、一度も各町の神殿に立ち寄ったことがないのだ。
食肉がバレるのを避けたいのか、聖職者の同行を断ったことを引け目に感じているのか、単に面倒だからという可能性が一番高いが、一度でも神殿で奉仕作業をしていれば、こんな誤解は生じなかったと思う。
きっと、神官のお友だちとかいないんだろうね。もしや、わざと間違った情報を植えつけられているのか?
高橋さんは、まわりに少食で野菜と果物だけで生きていると印象づけたいのか、人前では全然食べないんだけど、ひとりになると反動なのか暴食がひどい。
通りで見つけた串肉を買ってこいだの、準騎士が夕食で食べたステーキをよこせだの、厄介なことこの上ない。
私としてはその場で一緒に食べてくれた方が手間がかからず楽なのだが、そんなときは必ずサラダしか食べないのだ。ドライフルーツだって、手に入りにくいし安くはないんだから、少食アピールのためだけに所望するのはやめて欲しい。
それに果物を主食にするなら、糖分だって気にした方がいいと思う。糖尿病とか、こちらの医療技術的に治療できるのかわからないからね。
それにしても、高橋さんが三十過ぎって暴露したことには触れないんだな。彼らも薄々気づきはじめていたのか?
「高橋さんもそんなに肉が欲しいなら、みんなと食べてくださいね。別口で調理なんて手間がかかるし、わずらわしさしかないんてす。それに夜食の食べ過ぎで、だいぶ太ってきましたよ」
いま、あからさまに高橋さんから視線を背けたね。
ふんわりしたローブで誤魔化したつもりなのかもしれないけど、腰回りがそうとうヤバいことになってるのがよくわかる。顎下だって、背が低いから誤魔化せているだけで、輪郭が二重になっているじゃないか。
「聖職者が食肉を禁じられているのを知らぬのか! そもそもいまはアンジュが聖人として名を上げるための、だいじな巡礼中なのだぞ」
(聖職者が禁じられているのは家畜などからの感謝なき収奪と、異性と交わることだけです。それは体内の魔素に悪影響を及ぼすためなので、一生禁じていることではありません。役目を退けば婚姻も自由なのです。そして、聖職者は羨望の的となるのではなく、女神の使徒として人々を救い導くことが求められます)
(んー、人に嫉妬心を抱かせるような行動は、自分の心身を汚すから避けなさいってことなのね。それにしても、なんか説明がいつもより長くね? しつこくお肉が食べられないと繰り返すから、ちょっと苛ついていらっしゃるのか? そもそも、聖職者の体調を考慮した制限なら、自称聖女がどんな自堕落な生活をしたとしても、別によくない? 全然祈りも捧げないし、神殿にも行かないし、人びとを導いてるとこなんて、見たことないし)
取ってつけたようにこちらを糾弾しているけど、内容はさっきから同じことの繰り返しだ。
「いえ、巡礼の目的は名声を得るためじゃないですから。それになんども言いますけど、高橋さんは旅の最初から、というか城にいたときから、なんの肉でも食べてたんですよ? 会社の上司と不倫するくらい肉食なんだから、野菜や果物しか食べられないわけないじゃないですか」
妻帯者である課長と付き合ってたから、反動で若い男に執着してるのかな。いまもまわりは十七、八の子どもだし。新婚の加藤さんや入社したばかりの最年少の男性にもしつこくつきまとって、係長から注意を受けたと聞いた。
派遣会社に苦情も入れてたと思うんだけど、高橋さんは懲りもせずに、しぶとくしがみついてたもんなぁ。
「先輩ったら、みんなあたしだけのナイトだからって嫉妬ですかぁ〜。あたしが愛されてるから僻んでるんだぁ〜」
(彼女は、チヤホヤされている自分に酔っています)
いまナイトって言った?
マジで言ってるの? くそダサいんだけど。それに、異常なまでの自己肯定感はどこから湧くんだろうか?
「十も年下にそんな気は起きませんね。自分の弟よりも若い、まだ未成年の子どもたちに性欲を感じたら、ヤバくないですか? 高橋さんも、彼らより王妃殿下とのほうが歳も近いのに、頭は大丈夫ですか?」
おっと、苛ついてるからって口調が乱れてきたわ。同じレペルに落ちないように、気をつけないとな。
「あたしがカワイイから、そうやっていじめるんでしょ! 性格わるぅ〜い」
(彼女は、そろそろ寿がザマァされそうだと、気分が上昇しています)
(いや、ラノベの展開ではありがちだけどさぁ。いい加減、大人になろうよ)
「あなたを可愛いとは思いませんね。そろそろメイク道具も尽きてるでしょうに、まだ誤魔化そうとするんですか? 若い子につり合おうと必死なのかもしれないけど、自分を偽っている時点で無理があると思いますよ」
綺麗な自分を保つのはいいことだと思うけど、年齢をごまかすために必死になり過ぎて、下品になっちゃってるんだよ。
彼らにしたって、高橋さんに子どもがいたら、同じくらいの年齢なんじゃないの? まあ、世の中には子どもに性欲をもつ、どうしょうもないゴミカスがいるからな。
「うるさいわね! こんなとこに来てなかったら、あたしがプロデュースしたコスメが出来てたんだから!」
(彼女は、異世界人の持ち物に興味を持った商人からおだてられて、いくつもの物品を回収されています。その対価とご機嫌取りのために、派手なだけで価値の低い商品を掴まされました)
(ああ、レースやフリルがふんだんにあしらわれたドレスやブラウス、それにバッグがバカ売れしてるらしいね。製法やら見本やら、ファッション系の知識は出し切ったんじゃないかな)
「そうだ。アンジュはその知識をもって、ひと財産を稼いだのだぞ! お前は彼女の恩恵に預かりながら、そのふざけた態度はなんだ!」
(彼は、彼女が大金を稼いだと思っていますが、商品の権利はすべて商人に譲るという契約に署名しています。そしてその事実に、彼女は気づいていません)
「はぁ〜」
(マジか。そもそも人のものを取るから、その行いが自分に返るんだよ)
会社帰りに誤召喚されたから、持ち物はビジネスバッグの中身だけだった。メイク道具を会社に置きっぱなしにしている人もいたけど、私は私物を持ち帰る派だ。勝手に他人にさわられるのは気持ち悪いので、毎日大荷物だったけど我慢するしかなかった。
だが、この習慣のおかげで、ある程度手持ちがあるのは運がよかったと思う。
高橋さんはちょっと手癖が悪くて、デスクにあるものは自分も使っていいと思い込んである節があった。会社の備品ならまだしも、個人が気にいって使っていたボールペンや、かわいい付箋紙など、なくなったと思ったら、いつのまにか高橋さんが持っているのだ。
となりの席の子が気がつかなければ、被害者はもっと増えただろう。だからデスクの上には気に入っているものを置けないし、終業時に私物を置いて帰ることもなくなった。
不倫をするような女なのだから、人のデスクやロッカーを開けることにためらいなどないだろう。
そんな彼女とも、ようやく縁が切れるのだから、持ち物や財産になんで興味はない。
「そんなこと、私にはもう関係ないので。役目はもう終わったし、あとは好きにしたらいいですよ」
食べ終えた串をゴミ袋に入れて、バッグにしまう。私の荷物は多くないので、コートを着たらすぐに出発できる。
「役目ってなによ!」
(彼女は、ほんとうに寿が去れば、この国の言葉もわからないし、旅を続けられないと焦っています。引き止めたいとは思っていますが、自分がへりくだるのは我慢できないのです)
高橋さんは、私の行く手をさえぎるように前に立った。手を出されていたら面倒なことになったので、通せんぼくらいなら許容範囲だ。
「陛下は、不要な者を国税で養うことに否定的です。国境を超えてすでに二週間は経ってるから、あなた達は国民として再入国はできない。そうなるように、時間稼ぎに協力しただけですけど」
「なにそれ、先輩ってバカでしょ。こっちには王子様がいるんだよ」
(彼は王子ではありません)
高橋さんはシャン君とやらの腕にからまりながら、勝ち誇ったように小鼻をふくらませる。
「ここは会社ではないし、なんの関わりあいもないあなたを後輩とは思っていないので、先輩なんて呼ばないでいただけますか? 歳上の人からしつこく先輩って呼ばれるの、かなり気持ち悪かったんですよね。それに王子だと思ってるその人ですけど、正妃様の目を欺くための身代わりです」
とつぜん真実を明かされて、動揺するかと思いきや、まったく信じていないらしく、こちらに嘲笑を向けてきた。
「愚か者めが! この私の姿を見て父上の子でないなどと、よく言えたものだ」
(彼には外見を偽る魔術が施されています。彼はパルロン侯爵家の現当主の庶子です)
「そうだぞ! この無礼者が!」
(彼は、寿を不敬罪で処分してもいいと思っています)
(準騎士のお前に、その権利はない。ふつうに殺人罪で捕縛されるからな)
暴露して構わないと言われていたが、本人は一ミリも信じてないね。
まあ、王妃が怪しい動きをはじめたのは、自分が産んだ子が王女だったからだ。それは王子殿下が二歳の頃らしいから、彼には入れ替わった自覚がないのだろうな。
「うん、可哀想だけどもうすぐ術が切れますよ。陛下は、王子殿下が成人して立太子したあかつきには、あなたを叙爵させて貴族年金で食べていけるように手配していたのですよ」
そんな未来は、自らの行動によって絶たれた。王妃に人生を狂わされたのは間違いないが、陛下はそれなりに守ろうとはしたのだ。
もちろん愛する側妃様と本物の王子殿下を優先したが、この歳まで暗殺もされずに生き残ったのは運だけではないんだけどね。
この世界には魔法がある。いや、魔術が正しいのか? ファンタジーな奇跡の力というよりも、きちんとしたルールのもと発動されて、条件を満たさなければ不発になるのだから。
私もいくつかそんな叡智の結晶たる魔道具を持たされているが、どういう原理で動いているのか理解不能だった。ただ使いかたを教えてもらい、紛失したらどれくらいヤバいのかを懇懇と説明されただけだ。
身代わりの彼には姿を陛下に寄せる魔術が施されている。それが貴重な技術であるがゆえに、彼の存在ごと護られているにすぎない。
王子の証だと思っているその指輪は、すでに目的を果たして朽ちていくばかりだ。私が持つ魔道具によって延命されているそれは、すぐにかたちを失うだろう。
「父上がそのようなことを言うはずがない」
(彼は、ただでさえ側妃の子と侮られていると思いこんでいるので、王族ですらないなど、決して認めません)
「陛下」
「あぁ?」
「陛下はあなたの父親ではないのだから、陛下とお呼びするのが正しいです。プライベートな場でもないのに、自国の王に対して父上はないでしょう? そう教育されたはずですよ」
まあ、いまさらこんなことを言われても、改めるわけがないんだけどね。
「くだらないことばかり言う教育係など、すぐに辞めさせてやったぞ! 貴族籍も失い今頃は路頭に迷っているだろうな」
(彼は、とくに優秀な者を優先して排除していましたが、これは彼の劣等感によるものです)
王子殿下の身代わりでしかない男は、ニヤニヤと思い出し笑いをしながら馬鹿にしたように言い捨てる。
十七歳って高校生だよね。日本でだって自分の将来を考えて進路に悩む頃なのに、それは自分を磨く機会を放棄する行動だよ。
半分は王女が嫁いだこともある侯爵家の血を受け継いでいるはずなのに、王妃様が準備した環境がそれほどまで毒となったのだろうか。侯爵が平民の愛人に産ませた庶子とはいえ、高橋さんと絡む前はここまで露骨に態度に出すことはなかったと聞く。
「まさか! 彼らは王子殿下につけられた、とても優秀な人材ですよ。この国で最も貴いとされる国王陛下の、大事な後継者を指導する役目を仰せつかった方々です。身代わりごときがいくら騒いだところで、辞めさせるはずがないるでしょう?」
そんな代役のいいなりになるような人間は、まわりにいるボンクラどもと、横にいるアバズレくらいだ。
賢い者は真相を知らずとも偽物の王子たちから早々に距離をとり、王家の動向を見守っていた。だから王妃を早急に幽閉した後には、高位貴族に対して、王妃の行いや王太子に身代わりが立てられていたことを公表するだろう。
いつだって、下々の者は問題を知らされないままで、気づかぬうちに解決しているものなのだ。
「嘘だ! お前のような下賤な者の言葉など信じられるか!」
(彼は、自分が下に見られたと感じると、過剰に反応する性質を持ちます)
偽の王子が顔を真っ赤にして激昂する。
(どんだけ打たれ弱いんだよ。国の中心にいたらダメなやつでしょ)
「はぁ。じゃあ聞きますけど、あなたが生活していた宮殿はどこでしたか? 代々、王太子となられる王子には玲瓏宮が与えられます。これは高位貴族ならば、十歳の子どもでも知っていることですよ?」
身代わりのあなたは王宮のはずれにある、王妃の離宮を充てがわれていたと聞く。王妃は側妃の子を大事にしているアピールを欠かさなかったが、その裏では暗殺のチャンスを狙っていた。
側妃の子に、王太子が代々使う宮殿を使わせないために。そして自分の子である王女に与える宮を、王子の血で汚さないために。そのために王妃は自分の離宮を差し出して、自らは王女とともに、後宮として使われていた紫水宮にはいった。
そこまでして、王子に玲瓏宮を使わせないことを選んだのだ。
理由をつけて自分の白鷺宮を与えたものの、離宮でことを起こすのは危険だと考えて、王妃は王宮では手を出さなかった。
だから玲瓏宮は最低限の人員による管理が行われ、本物の王太子殿下がそこで過ごすカモフラージュになったらしい。
「うるさい! うるさい!」
(彼は、理解することを放棄しました)
(もう少し湾曲的に話せばよかったのか。偉ぶっていてもまだ子どもだったわ。でも、もうどうしょうもないね)
「あなたは自分に与えられた職務をまっとうすべきでした。高橋さんに惑わされて執務を疎かにした時点で、陛下はあなたはこれまでだと判断したのです」
「だが、私たちは聖女の巡礼に同行しているのだぞ。このような名誉、偽者に与えるはずがない」
(巡礼の同行者に対し、特権が与えられたという前例は一度もありません)
最初ほどの勢いは失われたが、信じたくないのか往生際が悪い。
「皆さん勘違いしているようですから伝えておきますけれど、聖職者は肉を食べられないのではありません。彼らは『感謝の祈りを捧げていない供物を食材にしてはいけない』という教えを守っているのです」
私は、自分が口にするものはすべて祈りを捧げてから調理した。そして高橋さんと取り巻きたちが食事をしているときは、私は一緒に食べていない。どんな食材を使っているか不明だったこともあるが、そもそも彼らが私を使用人扱いして、同席を許さなかったのだ。
だから、高橋さんがどうしていたのかは知らない。宿の料理や屋台の串焼きが祈祷済みという保証はないのだ。私は聖職者ではないのでこの教えをまもる必要はないのだが、日本に帰るためにできることはなんでもしておきたかった。
「規律を破ったのに聖女でいられると思いますか? この世界に呼ばれたとき、女神様がなんて仰っていたのか、もう忘れてしまいましたか?」
「知らないわよ!」
(彼女は、聖女として君臨するというシュミレーションに忙しく、話は聞いていません)
どうやら自分の行動がマズかったと気がついたのか、もう心優しい聖女様を装うのはやめたしい。
「どうせもとの世界では、課長との不倫で奥様に訴えられるんですから、ここで寿命まで頑張って生きていけばいいんですよ。よかったじゃないですか、あなたを守ってくれる男性が四人もいるんですから、たとえ四年半で終わる人生だったとしても、きっと死ぬときは看取ってもらえるでしょうし、いい思い出がつくれますよ」
ここは高橋さんのための世界じゃない。私たちが召喚された原因をつくった国だから、ある程度は面倒をみてくれたが、神と崇め祀る存在ではないのだから、もっと謙虚であるべきだったのだ。
私たちの存在が邪魔だと判断したなら、いつでも陛下は立てた親指を下に向けただろう。
だって自国民より異世界人のほうが優遇されるなんて、あってはならないことだからね。
「なに? 四年って」
(さきほどと同様に、話は聞いていません)
「それも聞いていなかったんですか? ここで活動できるのは五年程度ですよ。女神様が調整してくださったけれど、この世界の魔素が身を蝕んで世界の異物を排除すると、そういう仕組みで成り立っているのだと説明されたじゃないですか」
正しくは、女神様がなにもしなくても五年はもつと言われたから、もう少し生きられるのかもしれないが、私には正確な年数がわからない。
「そんなの聞いてないわよ!」
(事実ですが、聞かされていないのではなく、彼女が聞いていなかっただけです)
「そうですか。こんなに大事なことを聞いていないから身を滅ぼすんですね」
「アンタだって死ぬでしょ」
(彼女は、自分だけが不幸になるのが許せず、寿を巻きこもうとしています)
(冗談じゃない。なんで大嫌いな人と、また一緒に旅立たなきゃいけないんだよ)
「いいえ? 私は日本に帰りますよ。旅の道中の素行を監視し、逐一王国に報告すること。処置なしと判断したならば、国境を超えて三日ほどで見切りをつけていいと指示されていたんです。なのに貴方たちときたら、旅行気分で買い物をしたり、すぐに休もうとしたり。この地に着くまで二週間もかかったじゃないですか」
高橋さんの本性を見て幻滅したのか、それとも自分が立たされている現実に気がついたのか、取り巻きたちは空気のように黙り込んでいる。
「あなた達の身分証では自国に戻ることはかないません。そもそも手続きが煩わしいと、私に丸投げしたんてすから楽なものです。あなたたちの身分証はこの国に入国後、すぐに処分しておきましたよ。もう母国の地は踏ませない。それが陛下とあなた方のご両親がお決めになったことです」
「そのようなこと、あるはずがない!」
(彼は、わずかな可能性にすがる気持ちでいます)
「俺たちはお前なんかと違って、皆から期待されているんだよ!」
(彼は、家族に甘やかされ守られていたことに気がついていません)
(準騎士はだめかな。更生の見込みもないなら、家族があきらめるのも仕方がないか)
その期待を裏切られたから、君たちは切り捨てられたのだ。
「ご両親は報告を受けて泣いておられたのに、あなたたちは反省する気すら起きないのですか?」
準騎士の男は末っ子で、親兄弟たちから甘やかされていた。親族たちには、この巡礼に同行するのならば処分は避けられないので、子息の帰国はあきらめよと陛下が仰ったのだ。
だが、ここにいるということは、家族の説得はかなわなかったのだろう。
そもそも聖女の巡礼に同行しても、聖職者ではないのだから意味はない。必要とされない同行者として、ムダにつきまとっているのだから、神殿関係者からの心象はよくないし、名声のためだなんて鼻で笑われるだろうね。
まあ、徒歩で国外旅行をしたことで、ちょっとした話のネタが増えるくらいか?
「お前が嘘の報告をしてたんだろうが!」
(彼は、責任を転嫁することにしました)
「まさか! 報告はすべて映像です。王宮から連絡用の魔道具を持たされていますからね」
それが私の仕事だ。彼らの行動がいかに愚かで自国に利益をもたらさない存在であるのかを、皆に、特に家族や親族たちに納得させなければならなかった。
ひとりを処分したことで、一族全員との関係にひびがはいるのを陛下は避けたが、それは王妃を廃して、側妃を正妃に据えるために必要なことだったのだと思う。
「あなたたちが街でハメをはずして酔いつぶれたり、小さな村で横暴な振る舞いをしたり。すべて陛下はご存知です。もちろん高橋さんと寝室をともにしたことも含まれていますよ」
これが決定打になるだろう。聖女を名乗るのならば、それがいかなる存在であるのか知っていなければならなかった。
高橋さんは自分がイメージする聖女を追求したのか、現実を見ていなかったのである。
「それでは皆様、もうお会いすることもないですが、これからはひとの話に耳を傾け、冷静に判断できるように努力なさってくださいね」
「なんでよ! あたしも日本に帰りたいわ」
(現状では不可能です)
「残念ですが、日本に戻るには喚ばれた国からでないと帰れないんですって。つまり国に入れない高橋さんには不可能です」
「イヤよ!」
(彼女は、相当焦っています)
(それは見たらわかる)
「あなたが真面目に仕事をしていたら、こちらの四人もこんなことにはならなかったと思いますけどね」
「シャン君! 何とかしてよ!」
(彼女は、彼が王子でないと理解していません。それに、彼にはこの問題を解決する能力がありません)
自分の半分しか生きてない子どもに何言ってんの? 日本でもこちらでも、他人に寄生して生きてるからこんなことになるんだよ。
両腕を振りあげて、子どもに当たり散らす彼女は醜い。奇しくもこの世界に呼ばれたときに着ていた、乙女色強めのカーディガンを見ながら、別れを告げることになるとはね。
「この国を超えて聖王国に向かっても構いませんが、身分証も持たず、聖女ではないので入国は叶わないでしょう」
「聖女じゃないってなによ!」
(いまから性欲を絶ち、正しい方法で巡礼をやり直せばワンチャンあるかも)
(女神様、このシリアスな場でワンチャンはどうかと思いますけど)
「女神様がおっしゃいましたよ。日本に戻るのならば、決してこの地で人を殺めてはならぬ。聖女でいたいのならば、この世界の男と交わってはならぬと」
「そんなこと言われてない!」
(正しくは聞いていない、です)
間違いなく言われた。だから私は忘れることなく、自分の言動には細心の注意を払って過ごしたのだ。
隣に立つ青年たちの表情を見たらいい。それだけ厚く、この世界の女神様は信仰されている。聖女を自称するくせに、まったく女神様を信じても敬ってもいないなんて、彼らには信じがたいことなのだ。
「この地に降り立ち、すでに半年近くが過ぎました。残り四年半ほどてすが、残りの人生、思い残すことのないように」
最後まで、後ろに控えている無気力君はダルそうに立ってるだけだったな。キレイな書割だったけど、話したこともないので特になんの感情もわかない。
「それでは永遠にさようなら」
寿春菜は踵を返して歩き出す。背後に駆け寄って来た気配があったが、春菜の肩を掴もうとしたその手は弾き飛ばされた。
大人しく忠告に従えばいいものを、大柄な準騎士の利き腕はもう使い物にならないだろう。
魔道具を持たされていると伝えたのに、私に攻撃が通じないとは考えなかったのか。本当に想像力のない愚かな者たちだったな。
どこの国でも魔道具は貴重で、その技術が他国に漏れないよう、厳重に管理されているのは、すぐにわかることだった。国境を超えている時点で、魔道具が奪われないように対策されていることは、子どもでも想像がつくことなのに、家から切り捨てられるほど期待されていない人間というのは、その程度なのだろう。
いままで下女だからと荷物をすべて私に管理させ、町や村への入出の手続きを丸投げしてきた。宿や食事の手配や物品の補充まで、自分たちでは何もしなかったから、これからどうするのやら。
ありがたいことに私は言語系の祝福をもらったので、どこの国でも言葉に不自由はしないが、高橋さんは他国の言葉はわからないようだった。元王子や取り巻きたちも、高位貴族の教育を受けているのだから、隣国の言葉くらいは使えるだろうが、話しているのを聞いたことはない。
「この国も人が足りないのか、ふるいもかけずに誰も彼も受け入れて、国民の感情は後まわしですか。なにか考えがあったのかもしれませんが、将来はどうなることやら」
私には関係ない話だけど、国民には憐れみをおぼえる。これでは他国の犯罪者の溜まり場になるのも近そうだ。
純粋な労働力として受け入れているのだろうけれど、その分、自国民の雇用が減るし財産は他国へと流れ出る。治安が乱れたあと、この国にはなにが残るのだろうか。
「そもそも、移民の管理なんてしてないのかもなぁ」
私は自分の務めを終えて報告が済んだら、あと半年をまた働きながら家に帰るときを待つ。
この国に喚ばれてすぐはお金がなかったから、すべて国からの補助金で助けられたのだ。私はそれを返さないという選択をしない。借りたものはきちんと返して、気持ちよく去りたいと決めている。
女神様にはなにかお考えがあったのか、私への能力をだいぶ強化して授けてくれた。たしかに私は、誰とでも話せるようにして欲しいと願ったが、それは通訳を介さずとも会話できるようにという、『言語理解』の意味だ。
だが、女神様は言葉が通じるのはもちろんのこと、話題にも困らないようにという能力を、与えてくれた加護に含ませていた。
私は、一般人との会話も一国の指導者たる国王と話すときも、話題に事欠くことなく話すことができた。
例えば、陛下がことしの小麦が不作で困ったと発言すると、私にはなにが原因でそうなっているのかがすべてわかるのだ。天候による災害が原因となった土地もあれば、大きな穀倉地をもつ領主の不正、官僚がどれだけ横領したかも答えることができてしまった。
会話に困りはしなかったが、それを話すかどうかはかなり気をつけないと、怨みを買うことになる。
高橋さんが聖女ごっこを楽しんでいるあいだ、私は毎日を綱渡りのように、常に緊張感を持って過ごしていたのだ。相手の逆鱗を避け、必要とする情報を小出しにし、ときには対価ももらわず求めている情報を与えて信頼を勝ちとった。
それに会話の流れで知ってしまった、お世話になっている人が不利になるような情報は、けっして口に出さずメモにも残さぬ徹底ぶりで、漏れるのを防いでいたのだ。私はそうとう頑張ったと思う。
そして、たとえ犯罪者であっても私の密告によって処刑されないよう、配慮する必要があった。
家に帰るためには人を殺めてはいけないと、女神様がそう仰ったのだから。
「もう彼らがどこでどうなろうとも、私の責任ではなくなったんだ」
その結果、私は異世界でのバイトを終えて日本のわが家に帰ることができるが、高橋さんはここで短い生涯を終える。
高橋さんは、女神様にストーカーにあわないようにと願っていたし、ついでに、貧乏人や不細工からつきまとわれるのは許せないと余計なことまで口走っていた。
女神様はそれに対して、誰からも執着心を持たれないようにすると返していたのだ。
高橋さんは聞いていなかったようだが、聖女でもなく、自分になんの利益ももたらさないと知られたいま、彼らはいつまで寄り添ってくれるだろうか。
余命宣告され、家族どころか友人すらいない異世界で、高橋さんは偉そうに命令するだけでなにも成すことのない若者たちを、役に立たないとすぐに切り捨てるだろう。だが、その後は?
「よりにもよって高橋さんと異世界転移だなんて、私の運も尽きたと思ったわ」
女神様は、誰も高橋さんに執着心を持たないよう加護を与えた。きっと飽きれば捨てられる物のように、すぐに関心を持たれなくなるに違いない。
まあ、私には関係のないことだから、あとは本人が考えるだろう。
「なんとか生きて帰れそうかな」
この国で王妃の手先が偽王子の暗殺に動かなかったということは、すでに王妃一派は拘束されたのだろう。
私たちが国境を越えたあたりで襲われるだろうと想定していたが、そのような気配はまったくなかった。私は魔導具を持つことで守られていたから心配なかったが、目の前で偽王子たちが殺されるのも困る。
あんな奴らを見殺しにしたとしても、心は痛まないと思うが、それが原因で日本に帰れないとか言われたら泣く。
「終わりましたね」
(彼は、ねぎらいの気持ちを抱いています)
国境で別れた御者が、ふらりと正面に立つ。ニコニコしているが、なにを考えているのか読めない男だ。
(彼に慰労の気持ちがあったとは驚きだわ。他人にはぜんぜん興味がないと思ってたよ)
「予定より、十日以上も長引いてしまいました」
彼らと別れたらきっと迎えにくるだろうとは思っていたが、ここまで国境から離れないとは考えもしなかった。
王子の顔のままで隣国の王都に行かせるつもりはなかったから、名もない小さな村で解けるようにしたかったが、彼らの素行の悪さに足を引っ張られたのだ。
「この程度は想定していましたよ」
(言葉どおりです)
話していると馬車が一台やってきたが、操作しているのは無口な方の御者だった。監視と護衛役だから、さきほどまでのやりとりから帰国すると判断したのだろう。
なんの特徴もない馬車は国境まで使用していた派手なものとは違うので、こちらの国で手に入れたのかも知れない。
「それでは帰りましょうか」
(彼は、多忙なのにくだらないことにつきあわされ、立腹しています)
ま後ろからの声に、驚いて振り返る。
そこにいたのは自分のギフトをもってしてもロクな情報が得られなかった、無気力青年だった。
「えっ! この人、話せたの?」
さらに振り返って御者たちを確認すると、ふたりの表情は真反対だったが、これは通常運転だ。つまり想定内のことらしい。
ふたりとも、私が会話から情報を得られることを知っているから、話をふっても必要以上話さないのだ。
「今回はさすがに疲れました。はやく王都に帰りたいです」
(彼は、精神的な疲労を訴えています。現在この場にいる四名で、シャトーブリアン王国の首都に最短の日数で帰るには、国境まで四日、そこから王都まで六日かかります)
頭には、彼への返事に必要な情報が頭に浮かぶ。このメンバーなら、最短で十日後には王都に着くが、いまはそんな返事をしたいわけがない。
私は無難に返すことにした。
「そうだね。私もいい加減、うちに帰りたいよ」
旅立つ前に陛下と約束したことが破られたとは思わないが、どうやら私には明かされていない、別の目的があったのだろう。
残念ながら王都までの帰り道も、平穏とはいえない日々が待ち受けていそうだと、春菜はしょんぼりしながら、馬車のステップに足をかけた。
ながらくお付き合い頂き、ありがとうございます
女神様の思惑などは不明なままですが、これにて物語は完結いたしました
杏子が更生し、聖王国に入国できるかは、この物語では登場しませんし、取り巻きの三名も同様です
また、ほかの作品でお会いできるとうれしいです




