肉食と聖女の旅 番外編 17
道草ばかりでダラダラ歩いていた道を、馬車は問題なく進む。徒歩で十七日もかかった距離を、たったの四日で国境まで戻って来ることができた。
途中、少しだけ気まずい思いをしたが、シンは私に怒っていたわけではないという。こんなときこそ女神様の副音声がほしかったのに、若いっていいわねとしか言われなかった。
シンの身分証明書はウルテが確保しており、高橋さんたちと別れた日には、シンの手元に戻っていたらしい。入国時に六人いた私たちは、メンバーが四人に減っている。何かしらの追及があるかと思いきや、あっさりととおされた。
「コトブキ、結婚して僕と一緒に暮らしませんか?」
(シンは寿が自分の顔に興味がないし、性的な視線を寄越さないので安心していますす。世の中でゆっくり話せる女性は、寿と母親くらいだと思っています)
それは完全に家族枠だ。この子、なんにも興味がなさそうに突っ立ってるだけだったのに、わりとマザコン体質なのかな?
「将来有望な若者よ、はやまってはいけない。私はキミより十年長く生きているんだよ」
めずらしいから冷静に考えられないんだろうけど、ツチノコとは結婚できないんだぞ。
たった数か月暮らしただけだけど、この国は故郷という気持ちが強い。油断しきっていたこちらも悪いが、いきなりなにをぶち込んでくるのだろうか。
「は? それがどうかしたんですか?」
(彼はまったく年の差を気にしていません。ちなみに、正しくは十一年とふた月と一週間の差です)
はあっ? ひとまわり違うの? それは犯罪だわ。
「ゴメン、正確には十一年とふた月と一週間の差があるんだよ」
私が小学生の時、ようやく生まれたんじゃないか。成人式で白いふわふわを首に巻いてた頃は、シンはまだランドセルを背負ってたんだぞ?
「僕の両親は二十一歳差ですけど、いまでも新婚のように仲がいいですよ」
(母親が十五歳のとき、三十六歳の父親に猛アタックしました。当時、先妻は出産で亡くなり、息子は十二歳でした シンが生まれたのは父親が三十九歳、母親は十八歳、異母兄が十五歳のときてす)
「えっと、じゃあご両親の年齢って――」
「父は五十六歳、母が三十五歳です。異母兄は先妻の子ですから、ことしで三十二歳ですね」
「いや、お母さん若すぎ! 親と変わらないとかヤバくない?」
「なにがヤバいんでしょうか?」
(ヤバいのはマクルーズ伯爵家の経済状況てしょう)
あー。貧乏すぎて、高橋さんの取り巻きから二軍落ちしたんだもんね。
「言ったと思うけど、私、この世界で五年経つと死ぬんだけど」
「なぜですか?」
(それは女神が訂正し忘れています)
「はぁ!?」
「どうかしたんですか?」
なんで? いままで女神様に関係することは、こんなふうに頭に浮かぶことはなかったのに。
シンのプロポーズは、とりあえず保留だ。
年齢差を理由にお断りしたものの、微妙な寿命の問題を解決しないことには、シンが納得しなかったのである。
王都に帰ってもシンとの交流は途絶えなかった。たまに城下に遊びに行って、はやりのお菓子をシェアして食べるのも楽しい。
仕事も順調だし、コリエさんが省エネ版の懐中電灯を開発し、量産することになったのだ。
私は国から借り受けた十万オースを、速攻で返した。
誤召喚から一年が経ったので、王都の神殿を訪れた。
シンも一緒に行くと聞かなかったので、いまもがっちりと私の右手を握って、隣に立っている。
「それで、貴方はどうするのですか?」
そんな、ふつうにたずねられても…………。女神様はいつからこうなるとわかっていたんだろうか。
「あの、五年で寿命の話は?」
「あの時点では真実でした」
「ではいまは?」
「わたくしが治める地で生きられるように、能力を与えたのですよ。もちろん体も適応できるように変化しています」
「となると、逆に地球では暮らせないとか?」
「いえ、もともと貴方の体は地球産です。帰りたいのならば、加護を戻せば以前のように暮らせるでしょう」
右手を強く握られたのを感じる。
「高橋さんのことをうかがってもよろしいでしょうか?」
「彼女は現在ひとりで過ごしています」
(彼女が集めた若者たちは、それぞれの道に進み解散しました。彼女は言葉もわからず、自分から人に訊くこともしないため、保護施設に収容されたままです)
「あー」
それもそうか。加えて女神様から加護をもらっちゃってるもんね。
「私ひとりで帰ったら、不都合が起きませんか?」
また右手に力がはいった。
「問題ないでしょう」
(高橋杏子は存在せず、かわりに戸籍のない同年代の女性に、その経歴が与えられます)
「経歴とは、学歴や職歴でしょうか?」
「残念ながら犯罪歴も含まれます。年金の加入歴や納税の記録を消し去るのは、なにかと面倒なのです」
(召喚時で亡くなったことにしたほうが簡単ですが、戸籍がない人への救済の意味もあるので、協議の上で決定しました)
協議って神様同士のってことなのかな。これ以上はあまり知りたくないよ。
一年前、女神様は離婚する夫婦が消えると仰った。あのときすでに、高橋さんが身を滅ぼすことをご存知だったのだろうか。
「寿 春菜、貴方はもとの世界に帰りますか」
握られた右手が震えている。さすがにきょうまで一緒にいたのだから、シンの気持ちを疑ってはいない。
両親や弟妹たちとの関係が最悪だったとしても、ここに残るかどうかは迷っただろうな。日本へ帰還するために頑張ってきたんだし、あのレベルの生活水準をこの国に求めるなら、一世紀以上待たないといけないだろう。
正直いってこの世界は、私にとって江戸時代みたいなものだ。国民のほとんどが太陽とともに生きていて、日が沈むと寝てしまう。
それなのに、この期に及んで帰還するか迷ってるなんて、自分でも信じられない。ここまで恋愛脳になれたことにビックリだ。
どちらを選んても後悔するし、愛する丸鶏揚げは今後一生食べられない。
「あの、質問してもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
(会うのは今回限りになりますから、思い残すことがないようにしてくださいね)
「ここに残れば、私もいなかったことになるのですか? 戸籍のない誰かが、私の経歴を引き継ぐんでしたよね」
「そのとおりです」
(貴方がここに残れば、戸籍がないために結婚に踏み切れない女性が選ばれます。その女性は子どもを持つことを諦めていますが、戸籍があれば三人の子に恵まれます)
それは喜ばしいことだと思う。いまどき三兄弟なんてかなり珍しいし、少子化現代の救世主だね。
「寿家には長女は存在せず、双子のどちらかが跡取りになるんですね? それによってふたりの仲が悪くなったりはしませんか?」
「問題はないでしょう」
(寿秋夜が跡取りになります)
それはそうかも。妹は大学生の頃からつきあってる人がいるし、結婚は秒読み状態だったもんね。
となると、弟は結婚もしない長女に気をつかっていたのかも。実家の私の部屋は、ほとんど空き部屋になってるけど、帰ったときはいつでも使えたもんな。
「私が残ったことで、この国に不利益は起きませんか?」
「国王派があなたの能力を悪用することはありませんし、危機は未然に防ぐでしょうね。わたくしの子どもたちが苦しみから解放されるのだから、とても喜ばしいことよ」
(この地で生まれるすべての子どもたちに、わたくしの加護を与えられたら良いのですが、それではこの世界の終焉がはやまるだけなのです)
「ええっと、つまり私は、地球産の生きものだから女神様からの加護が与えられたし、この世界に馴染むような改良がしやすかったということでしょうか?」
「ええ。貴方たちをしばらく預かると決まったとき、望みを叶えるついでに、わたくしの世界の調和に役立ってもらったのです」
(魂がふたつ盗まれたと問題になったけれど、どちらの神にも都合がいいように交渉しました)
「つまり、高橋さんも寿命はまだあるのですか?」
「ええ」
(あの魂は、日本に戻れは不幸を運ぶ者以上にはなれない存在です。こちらで苦労し生き方を変えれば、違ったものになれるでしょう)
女神様がそうおっしゃるなら、この世界の人が高橋さんに害される可能性はないんだろうな。
ヤケクソになって大暴れしそうな感じだったけど、いまは身代わり君たちとも離れてひとりだと聞いたから、言葉が通じない相手に強気に出ることはないのかもしれない。
女神様が目の前から消えると、神殿の祈りの間に立っていた。この広間には、来たときと変わらず多くの信者が訪れており、熱心に祈りを捧げている。
「僕のために残ってくれたんですよね」
シンは一気に距離をつめて、私をギュッと抱きしめてきた。
「あの、」
私の言葉は続かなかった。シンがちゃっかりキスしてきたからだ。
いきなりディープとか、母親の遺伝子を引き継ぎすぎである。
「コトブキ! 今月末は結婚式ですからね」
(招待状も送付し返事も到着しており、準備は完全に済んでいます 外堀は完全に埋めてあります)
「はぁ? 私が帰ってたらどうすんの?」
「ひとり淋しく、さびれた領地に帰ったでしょうね」
(事実です これがきっかけで二度と社交界にはあらわれず、マクルーズ伯爵家は爵位を返上し平民になります)
「重っ!」
責任重大すぎんか?
「僕、もう成人してますから、すぐに籍を入れましょう。陛下から婚姻許可証もいただきました」
(正しくは、十八歳になるのは三日後、つまり現時点では嘘となります。結婚許可証は本物なので、三日後から使用可能です)
すでに外堀は埋め立てられ、更地状態た。しかも根まわしは済んでいる。
「コトブキの誕生日、三月の最終日って言ってましたよね」
(日本とは一年の日数が異なります)
「うん」
「だから結婚式を九日後の三月末にしました!」
(彼はその日を、寿の誕生日にしたいようです)
シンは笑顔全開で、ボールを取ってきた犬のように、褒めてほしいと見つめてくる。
街なかでこんな姿を見てしまったら、まわりの女性たち、いや男性だって、彼に引き寄せられるだろう。
さすが人間ホイホイ。笛を吹かなくても人がついて来そうだ。
「わかりました、シンと結婚します」
「やった!」
(異界の子よ。幸せになりなさい)
さらっとシンにおかわりされた私は、観衆の中でグッタリしつつも、ハルナと呼んでほしいとお願いした。
感極まったシンに締めあげられ、背中をタップして助けを求めたが、結局はあきらめてその肩に頬をよせたのだった。
数年後、財力を回復したマクルーズ家では、父親とそっくりな息子と年子の娘が生まれ、すくすくと健康に育っていた。
ふたりの子どもは、まだ幼いとはいえ父親の美貌を受け継いでおり、天使もかくやと縁談がひきもきらない毎日が続いている。
前年に生まれた末子は黒髪の娘で、素朴な顔立ちである母親の特徴を模したような姿だった。兄弟のなかでは目立たないが、父親に特に可愛がられているという。
「ハルナ、僕はあなたのそばにいられて幸せです」
(真実てす)
「ありがとう。わたしもすっごく幸せだよ」
これで肉食と聖女の旅は完結です。
あと2話、人物紹介とタイムラインにおまけを投稿する予定ですので、話の流れがわかりにくかったときに、確認していただければと思います




