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肉食と聖女の旅  作者: 夜昊


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肉食と聖女の旅 番外編 16

 

「えーっと、あなたって話せたんだね。知らなかったよ」


 進行方向とは逆の席に腰を下ろし、無気力青年が馬車に乗りこむ前に先制攻撃をする。あれは演技だったのかもしれないが、帰りの場所も気まずいなら、私は御者台に座ろうと思う。


「……僕のこと、知らないんですか?」

(彼は寿コトブキが名前を呼ばなかったことを気にしています)


 はぁ? さすがに自己紹介もしてないのに、いきなりシン君とか呼ばないだろ。高橋さんでもあるまいし。


「あー。私は城内の食堂で働いています。寿コトブキと呼んでください。あなたのことは、なんと呼べばいいですか?」


 気安く話しかけんなとかでも別に構わないが、そんな相手と密室にふたりはツラい。


「僕は、シン・マクルーズです。いまは準騎士です? シンって呼んでください?」

(彼は寿の態度に対し、調子がくるっているようです)


 チヤホヤされるのが日常だから、相手が素っ気ないと不安なのかな? 状況がいまいちわかってないけど、一緒に帰るってことは、王妃派ではないんだろうけど。


 扉に手をかけて、四人乗りの馬車に乗り込んできたシンは、なぜか私の隣に腰を下ろした。

 上座が空席とか、どういうことなの? 思わず真横のシンをマジマジと見つめてしまう。


 近距離で不躾な視線をぶつけたせいか、シンのつくりものめいた顔が、だんだん朱色に染まっていく。

 さすがにガン見はダメだったか。どうやら不快にさせたらしい。


「えっと、シンはこっち側に座りたいの? じゃあ私が反対側に座るね」


 若い子がキレやすいのは、異世界も一緒か。座席を蹴られる前に、さっさと移動する。と、シンも隣に移ってくる。


「ん?」


 疑問に思った瞬間に、シンは持っていた荷物を対面の席に置き、私の膝の上にあるバッグもその隣の席にのせた。


「はい?」


 物理的に席がうまった。荷物をよせてまで、シンの隣を避けるようなことは、日本人で社会人な私にはできなかった。

 こちらが避けられるならまだしも、わたくしのような醜女がイケメン様の隣を避けるなど、自意識過剰と言わざるを得ない。

 そんなことを考えていると、馬車がゆるやかに動きだす。走行中に、椅子取りゲームをしたいとは思わない。


「まあいいか」


 お友だちゼロ生活が長かったので、人恋しかったから気にしないことにする。コリエさんとおしゃべりしたのは、なん週間も前なのだ。


「僕、コトブキのことが気になるんだけど」

(彼は、寿コトブキ異母兄(あに)であるウルテ・マクルーズと仲がよさそうだし、自分に構うことなく馬車の中で爆睡していたので、興味がわきました)


 うへぇ。モデルみたいな男性から、私に気があるようなことを言われたわ。

 こんなの絶対に詐偽じゃん。お金をいっぱい盗られるやつだ。ホスト詐偽。決定だし……。


「まあ、別世界の生物ですし、めずらしいとは思いますけど」


 いままで生きてきたなかで、男性からの告白は経験がなかったので、ちょっとパニクったけど。副音声をちゃんと聞け。人前で爆睡したから、その行動が気になるって思ってるじゃん。


 春菜は、急に我に返った。


 それにしても、シン・マクルーズは、あの無口男と兄弟だったのか。歳がずいぶんと離れているようだし、顔立ちも似てないから身内だとは思わなかったよ。 

 だとすると、シンも宰相閣下の影なのか? これからいろいろと会話していけば、もっとわかるのかな。


 シン・マクルーズは、始終ダルそうに立っているだけの青年だった。

 先ほど、私が彼らに廃嫡を告げたときだって、ひと粒の砂よりも存在感がなかったし、そんな態度を誰ひとりとして追求するしなかった。あれはさすがにおかしいよね。

 彼に対しては王子でさえも返答を強要せず、ただ黙っているだけにもかかわらず、とがめられたところを見たことがない。

 それは彼の人間性が、希薄だからなのだろうか。


 そうだとしたら、いま目の前にいる青年には当てはまらない特徴である。好奇心旺盛な子猫のように、その両目はキラキラと輝いて見えた。

 私は女神様と会ったことがあるおかげで、彼の顔面に臆することはない。たしかに芸術的な美しさだが、私には耐性があるのだ。


「シンは、なんでこんな茶番につきあってたの?」


「だって、自分を聖女とかいってる頭のイカれたオバサンが、僕に粘着してくるんですよ?」

(彼は、彼女を蛇蝎のごとく嫌っています)


 彼はもともと、身代わり王子の側近として働いていたのではないのか?

 いままでまったく話さなかったので、女神様の加護は不発に終わり、高橋さんがシン・マクルーズを語るときは、自分に都合のいい話しかしなかった。

 なので、高橋さんに興味がないことと、実家が貧乏で爵位返上の危機真っ最中なこと、その財政をなんとか回復しようとしていることしかわからなかったのだ。


 高橋さんは、自分とシンが愛し合ってるとか、ヤキモチを焼いているから素っ気ないとか、自分の愛人としてみんなで城に住むとかいってたし。

 そのたびに女神様が、違う、嘘、事実ではない、妄想です、なんてつけ足すんだもの。笑いをこらえるのが大変だったわ。


「放っておいても、恋人のように振る舞ってくるし、どうしてだか、僕が結婚を望んでいるようなことをいうんですよ」

(彼は高橋から、王子がいるからシンとは結婚できないと、涙を流しながら告げられたことがあります)


「一緒に行動するだけで給金を出すと言われたので、承諾しただけですけど」

(彼はいくつかのバイトを請け負いましたが、絵のモデルでは画家が怪しげな薬を盛ろうとし、バルではパートナーを連れた女性たちにたかられて身動きが取れなくなったので、即日クビになっています。文芸好きが集まる同好会が主催した、詩や物語の朗読会が唯一安全なバイト先でした)


「それは忍耐力を試されたね。かなりストレスがたまったんじゃない?」


 私はシンが不憫に思えてきた。日本でもアイドルなみにキレイな人はたくさんいたけど、ストーカーを増産させるほどの美形は少なかったと思う。

 まだ若いんだし、妄想オバサン(高橋さん)から、無理心中を迫られなくてよかったよね。


「ようやく縁が切れて、清々します」

(彼は、別れの際、彼らの親族から預かった荷物を手渡しました。いい収入になったと喜んでいます)


「そ、そっか。それはよかったね」


 巡礼ごっこ中は、ほとんど表情が動かなかったから、おとなしい子だと勘違いしてたわ。

 王子たちと一緒にいたとき、高橋さんが離さなかったから、五人はほぼひと塊で行動していた。

 彼が望んだわけではないにしろ、友情未満な感情があったのかと思ったら、めっちゃビジネスライクだったわ。






 行きではかたくなに口を開かなかったシンは、宿に着くなり私を市場に連れだし、流暢りゅうちょうに隣国の言葉を操った。めっちゃ話せるんじゃないかよー。


 シンが外套のフードをめくり、目を伏せて軽く礼をすると、売り子は我先にと値引きしてくれる。おまけは買ったものより価値があるし、お茶に誘う声はひっきりなしだ。


「シンと一緒にいると、食べ物に困らないね」


 見たことのない果物を手に取り、深く香りを吸いこむと、和梨のような、甘い花のような瑞々しさで満たされた。


「これはペアラーといいます。皮がちょっと厚いから、ナイフがないと食べられないんてすよ」

(これは水っぽいプルーンに近いです)


「そうなんだ。じゃあ、帰ったらむいて食べようか」


 買った果物よりも、もらったもののほうが多い。

 それらをエコバッグや背負い袋に手分けしてしまい、散策しながら宿に帰る。どう考えてもシンに引き寄せられた住民がついてきているが、ピッタリ後ろにいるわけでわないから、気にせずに放っておいた。

 この街に滞在するのはひと晩だけなので、問題ないと判断したのだ。

 だが、その夜はすごかった。


「シン、お前のおかげで、晩飯が一品増えたぞ」

(この煮込み料理は宿の女将のサービスです。シンに惹かれて、宿の食堂が満席です)


 シンの異母兄も、話せることがわかった。

 夕飯時、食堂は非常に混み合っていたが、宿泊客はテーブルが確保されていた。四人で座ると、すぐにメニューが届けられる。

 優先されていたおかげで、食いっぱぐれることもなく、黄色い歓声の中、柔らかく煮込まれた鹿肉のシチューを平らげる。

 シンを見に、年頃の娘さんやその家族たちが大勢集まったので、女将さんは満面の笑みを浮かべていた。






「きょうも夜這いをされると思うから、僕の部屋で一緒に寝ませんか?」

(彼が夜這いされるのはいつものことです。セキュリティがあまい宿だと、従業員にも油断はできません)


 残念なことに、初日の宿でシンの部屋に潜り込もうとした娘さんが出てしまったのである。


「わかった」


「えっ! いいんですか?」

(彼は勘違いをしています)


 私はシンが不憫だったので、四人部屋をとった。

 どうせお高い宿にだって、バスタブはないのだ。寝るだけなんだから、みんな同室でも気にしない。

 高橋さんたちとも二回ほど野営をした日があったから、雑魚寝でも熟睡はできる。まあ、あれがあったせいで、旅程はぜんぜん進まなくなったのだが。

 体を拭くときは別料金を支払えばいいので、お手頃価格の宿のほうが、なにかと融通が効く。

 シンは腑に落ちないといった顔をしていたが、強い護衛が一緒のほうが安眠できるだろう。


 こんな感じで順調に進む。馬車のなかでの会話もはずみ、久しぶりの他愛もない会話に、私は調子にのったのだろう。

 この街の市場でも、おまけを手渡そうと人が集まってきた。


「坊ちゃま、わたくしめがお持ちいたします」


 貢ぎ物を渡そうと近づいて来た人たちが私に気づき、侍女か何かだと思ったのか、名前や今後の予定を聞いてくるのだ。

 あまりにも揉みくちゃにされるので、召使いのように振る舞ったら、シンは翌日からフードを深く被ったままになってしまった。

 出過ぎた真似をされるのは不快だったらしい。


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