肉食と聖女の旅 2
「聖女は肉を食べないと、何度言えば覚えるのだ。お前は指示されたことすらできぬ、愚か者なのだな」
そんなセリフも、もう聞き飽きた。何度説明してもRPGのモブみたいに、同じ言葉を繰り返すんだもの。
そのたびにバカにされているんだから、私の精神衛生上良くないので、口を開かないでほしい。
彼は王子だと持ちあげられすぎて、謙虚さを養うことなく育ってしまったんだろうね。
「アンジュ様のお話どおりですね。何もできないなら、言われたことは終わらせなさい」
そう思うなら、お前が食事を準備したらいいだろ。まあ、無理なのはわかっているけど。
「まったく! 食事の支度もままならず、まともな宿も押さえられないとはな。お前、貴族を馬鹿にしているのか!」
街に泊まりたいならさっさと歩けばいいし、毎朝出発を遅らせる高橋さんに注意すべきだ。それでも不満をいうのなら、自分で旅程を計画したらいい。
ただ巡礼ごっこについてくるだけで、何ひとつ自発的に行動することがないくせに、態度だけはデカいのは許せないんだけど。
それに私は、彼らをバカにはしていない。私がしなくても憐れなくらい愚昧なのだ。
すでに国外に出てから半月は過ぎているるのに、いつまで経ってもこの態度のままだとはね。
「そうですよ。聖女様がこんなあばら家でお休みにならなければいけないとは」
そんなだから高橋さんに唆されて、このどうしょうもないメンバーに入ってんだよな。
「そうなのよねぇ、あたしも困っちゃって。先輩って、フォローしてあげないと仕事ができないんだもん」
聖女になると決めたのは自分のくせに、巡礼に出たくなかったからと、鬱憤晴らしに絡んでくるのも、もう慣れてきた。
買い物から宿や食事の手配、順路の確認に至るまで、交渉ごとのほぼすべてを私に任せているくせに、機嫌を損ねたら職務放棄するとは考えないんだろうか。
国境までは馬車で送られたが、隣国に来てからはずっと徒歩だ。移動が遅いんだから、街までたどり着けないときは村に泊まるし野営もする。
聖地への巡礼は徒歩のみと決まっているのだから、国内を馬車で移動したのはルール違反なのだ。
王子モドキが強行したのはわかっているが、それが巡礼にはよけいな行動で、聖女への道を遠ざけているのは間違いない。本来であれば、聖女の巡礼には神官が同行するものなのに、高橋さんが嫌がるからと、私にお鉢が回ってきてしまった。
神官が一緒なら道案内を任せても安心だったのに、楽をしたいがために断るから、どこまで進んだのか確認が必要なのだ。
村人たちは村長クラスじゃないと、自分が暮らす村が国のどこにあるのかすら、あまりわかっていない。だから聖王国への道をしる行商人を見つけるか、土地勘のある者を探し出さなくてはならないのだ。
そんな旅に同行を望んだのだから、自分たちがどう思われているかなんて、わかりそうなものだけどね。理解していないなら、さすがに想像力がなさ過ぎだろう。
「アン、お腹すいたぁ〜」
高橋さんが甘えた声を出すが、三十超えた女の一人称がアンって正気か?
本当は杏子だと知っているこちらとしては、痛々しくて居た堪れないんだけど。
「先にアンジュの食事を用意しなおせ! 肉が入ったスープと石のようなパンなど、食べられるものがないではないか!」
ほんとうに失礼な奴だ。村人たちにとっては、大切な日々の糧だぞ。
かたいパンは保存がきくし、スープに浸して食べるのがふつうなのにな。それに肉が入っているのは、村人たちが貴族の不興を買うのを恐れているせいだ。
彼らは、粗末なものを提供したと罰せられるのを、なんとかして避けようと考えたんだろう。
いつもなら豆と何かしらの根菜が入ったスープ、もしくは雑穀がメインの雑炊を食べていて、狩りがうまくいったときは肉を口にてきる。冬ごもりのための保存食を貯蔵するこの時期に、貴重な脂質とタンパク質をゆずってもらっておいて、なんて言い草だ。
対価を支払っているとはいえ、生活の余裕がない村人から貴族が物をとりあげたとなると、不満が募るのは避けられない。本来ならば感謝すべきことなのに、なぜ高橋さんの存在がこれほど青年たちの目を曇らせるのだろうか。
『女神様から魅了の能力は授かってなかったしなぁ』
とはいえ、彼らの言動にも思いやりが足りない。高橋さんを気遣っているようにみえるが、肉を食材にした食事を控えるとは、一度も言ったことがないのだ。
結局みんな肉が好きで、おいしいものを我慢するつもりがない肉食獣たちなのである。
彼らは聖職者が食べられないと認識しておきながら、その人の前で遠慮なくステーキなどの肉料理を注文する。
人前では我慢して少食を装っているのに、そんな食事風景を見せつけられるから、高橋さんが発狂して夜間に暴食するのだ。
「みんなには見せてないだけで、ふつうに食べていますけれど? この人、肉食ですから」
「ひどぉ〜い、ウソつかないでくださいよぉ」
彼女は鼻にかかった甘えた声で、ひと回り以上年下の青年らに絡みついているだけで、王都を出発してからひと月ちかくは経つのに、まともなことを言った試しがない。
毎日フルメイクで出発時間をニ時間も遅らせているくせに、体が弱いとか私の仕事が遅いとか、言い訳が湯水のように湧くのである。
あのつけまつ毛は最後のひとつらしく、すでにヨレヨレなのだが、残り少ないのりでコーティングして使っているようだ。瞳を大きく見せるカラコンの使用期限はとっくに切れていそうなのに、これからも使い続ける気なんだろうか?
「聖女が肉を食べるわけがないだろう!」
準騎士は頭もかたいのか、調べればすぐわかることなのに、真実を解明しようとすらしない。これで騎士を目指しているとは、恥ずかしげもなくよくいえたものだ。
「アンはかなしいですぅ〜」
「アンジュ様を泣かせるなんて、なんて悪辣な女なんだ」
「逆らうばかりで、務めもまともに果たせぬのか」
ヤレヤレ。あれが嘘泣きとすら呼べないお粗末な演技だということすら、彼らには判断ができていない。筋肉、無能、劣化王子が自分を棚に上げて発言するが、空気君は話しを聞いている素振りさえない。
まったく意味のない引率役も、もう充分だろう。
「それでは、ここで同行を終了します」
もっとはやくやめてもよかったのだが、国境沿いで騒がれても面倒だと、充分な距離を離したかったのだ。
「女の子があたしだけだなんて寂しいですぅ。先輩はあたしを見捨てるんですかぁ〜?」
うぜぇ。三十過ぎが女の子を自称するとか正気か? 女子中高生に土下座して謝れよ。こちとら二十歳を過ぎた瞬間には、弟妹たちからババァ呼ばわりされてたんだぞ。
しかも急な手のひら返しとか、私がいなくなると、彼らに内緒で食べ物を調達できなくなるから必死なのか。
下っ端官僚も、クビにしろって息巻いてたくせに、外国で放り出されるのはマズいと思ったのか、ダンマリじゃん。
「年下に寄りかかるのは、いい加減やめてください。高橋さんは人前では肉が食べられないからと、あとから追加の食事を要求しますよね。こっそり私が買ってきて調理しなきゃいけないし、そのたびにそこの同行者からうるさく言われるし、もう自分のことは自分でしてください。三十過ぎたいい大人なんですから」
高橋さんは私より六歳上なので、彼らからすると十五、六年の差がある。どう考えても彼らの親世代なのだ。
「嘘をつくな! 下女の分際で聖女に口答えをするつもりか!」
「あのですねぇ、あなたはなぜ私を下女と呼ぶのでしょう? 偏った情報しか集まらないのは、何故なのか考えたことがありますか? それは騎士としても、致命的でしょうね」
「煩い! 生意気な女め!」
いや、どう考えたってうるさいのはお前だろう。
その声量がデフォってことでもないのに、いちいち叫ぶのは何なの?
「アンジュ様の慈悲で生かされている分際で、大口を叩くなよ」
「聖職者が食肉をしないのは周知の事実! 大方、お前が食べるために聖女を引き合いに出したのだろうが」
とりつく島もないって、こういうことだな。
それに、私が高橋さんから生かされてるなんて妄想、どんな嘘を信じ込まされたら起こるんだろう。
高橋さんが詐欺師の才能にあふれているのか、取り巻きたちが引くくらい無能なのか。掛け合わせるとダメな例の最悪なパターンだな。
「はぁ。聖職者は肉も魚も食べられない。だから野菜や果物ばかりを食べていると思っているようですけど、毎日、肉も魚も食べていますよ。一度、町の神殿に足を運んだらどうですか?」




