肉食と聖女の旅 1
聖職者が巡礼する聖地として聖王国の霊廟があるのだが、大陸の北東に位置しているため、隣国との国境から目指しても、はやくて半年は必要だといわれている。
しかしそれは、移動といえば馬か自分の両足が基本な、この土地で生まれ育った人々を基準としており、交通機関が発達した現代日本で暮らす私の足では、いったいどのくらいかかるのか想像するのもむずかしい。
私が一日でいちばん歩いた距離は、ダイエットのためにしていたウォーキングだったけど、せいぜい十キロ程度である。それも休日限定だから、週一日か多くても二日のペースだった。
平日はその半分の五キロくらいがやっとだったし、毎日なんてとてもじゃないが歩けないし続かない。
週に四日だけでも、充実感は得られたのである。
そして大事なことだが、道は平らに整備され、疲れにくく膝や腰にやさしい靴を履かなければならないのだ。
「日本でだって、荒れた道を十キロも歩いたことないわ。田舎で車がないなんて、生きていけないし」
そもそも田舎の住人は、ちょっとそこまでのコンビニにも車で行く。しかし、いまの自分のもとにあるのは便利な車ではなく、荷物を運ぶためのロバが一頭だがな。
そのロバもいまは荷物をおろしていて、家畜小屋でエサと水を与えたので、明日の昼前までは休憩である。
私も寝床と食事の手配を終えたので、ようやく自分の食事にありつけたところだし。
乾いたパンを水で飲み込み、串焼きの肉が生焼けになっていないか、注意深く確認してから口に含む。
少し時間をおいたので、熱々だった串は冷めてしまっているが、しっとりしてジューシーなお肉だった。
「まだお昼すぎなのに、きょうもこれ以上移動しないとか」
歩く速度を落としたとしても、日の出から日の入りまで歩きっぱなしなんて不可能だけど、これはひどすぎる。国境を越えてからはほぼ毎日、朝は十時すぎに出発して、午後二時には宿を決めてしまうのだ。
目的地である聖王国は大陸の端っこにある半島なので、どうしても隣国を経由することになる。
それなのに、日本と違って他国の地図なんて、かんたんには手に入らない。詳しい地図もない状態で、現地の人に進む方向を聞きながら、見たこともない聖地にたどりつかなければならないのだ。
さらに、巡礼は自らの足のみで進まなければならず、悪天候が続くとまともに移動できないため、日程はその分延長してしまう。
『これってどんな無理ゲーなの?』
私は無理やり巡礼者の一行に加えられたが、肝心の聖女志願者は、腰が重くやる気がない。
まだ最初の国境を越えたばかりなのに、歩みはにぶる一方で、この調子では一年かけても聖地にたどり着くことはないだろう。
そう考えていると、高橋さんが取り巻きを連れてやってきた。この光景を見るのも、もう何回目だろうか。
「おい、貴様、アンジュが食べられないものを出すとは、なんと意地の悪い女なのだ」
金髪碧眼で整った顔立ち。ふつうならば、くたびれ果てていてもおかしくはない旅装束ですら、汚れも見あたらずシワもない。
平民が一生かかっても所持することがない、そうとうお金がかかっている装備なのは、まちがいないな。
まさに絵本の挿絵で見た王子様そのものだが、人を嘲る表情や、口からでる言葉には、知性や威厳、王族としての品格ですら、欠片も感じることができなかった。
母親が金目当ての卑しい人間だったと聞くし、育った環境もよろしくないので、こう育つのも必然といえる。
見るからに偉そうな態度だが、利き腕が高橋さんの胸に挟まれていては、まったく格好がついていないんだけどね。
頭のてっぺんからつま先まで、形づくるすべての要素が、愚かで幼稚で傲慢なだけの憐れな青年だと、春菜は評価を下していた。
「はぁ」
いつも思うが、なぜ高橋さんのウソをごまかすために、肉のかわりになる食べ物を準備しないといけないのか。
新鮮な果実やドライフルーツなんてお高い嗜好品、小さな村では買えないのが当然だろう。いまが秋もおわりに近づき、冬支度をはじめる時期なのを考えれば、食事をわけてもらえるだけで良しとしなければならないのだ。
生返事でこたえはしたが、これ以上、彼らの愚行につきあってはいられない。中身のないムダ話につきあっていると、脳が溶け出して、思考が停止するのも時間の問題だと思ってしまう。
最近では彼らとの会話もワンバターンと化し、会話から得られる情報も少なくなってきているのだから、口数が減るのも当然だ。
「なんだその返事は! こちらを馬鹿にするのも大概にしろ! 人が話しているときは、食べるな!」
準騎士の青年は、いつになったら自分の声量を理解するのか。大きな声とガタイで威圧しなければ、自分の意見を認めてもらえない無能だと、自分で公言していることに気づいていないのだろうか。
赤い短髪が、お約束のどおりの熱血漢ってイメージだけど、彼の所作はただ横暴なだけだ。粗野で乱暴な青年には、さわやかな成分が圧倒的に足りていない。
それに私が厨房で食べているのは、下女とはテーブルをともにしないという彼らに配慮した行動だ。
この二本しかない鴨肉の串焼きは、村人との交渉ごとを任されている私への、正当な対価である。
私は村長から、貴族相手に問題が起きないよう取りなしてくれと頼まれているのだ。
「お前、コソコソと物陰でなにをしている! やましいことでもしていたのか!」
いつでもそんな態度では、ちょっとでも言い返されるのを恐れているのかと思ってしまう。
「ありがとうロイン君。でも、あたしが我慢したらいいんだもの。あたしのために怒らないで!」
高橋さんがあごの下で両手の指を伸ばして組み、上目遣いて準騎士の青年を見つめる。
我慢できるなら最初から黙ってるだろ。口に出すってことは不満があるし、他人に解決してほしいという思惑がすけてるんだよ。
煽るようにさいごの串焼きに噛みつくと、高橋さんが血走ったような目つきでこちらをにらむ。座っている私にしか見えていないが、だれかに気づかれるとは考えないのだろうか。
「アンジュ様は優しすぎます。だから下女ごときがつけあがるんですよ」
このインテリ気取りも、いちいち言動が鼻につく。プライドだけは一丁前だが、いっさい行動が伴っていないのだ。
肩にかかるサラサラの銀髪を指にからめ、神経質そうにもてあそぶ痩せぎすの青年には、きょうまで何回、ハゲてしまえと念を送ったかわからない。
「フラン君! でもあたしの先輩だから……」
「こんな性悪女を庇わなくてもいいのですよ。アンジュ様は聖女なのですから、慈悲など与えず無能はクビにすべきなのです。下女など、かわりはいくらでもいますからね」
無駄な期待を抱くべきではないが、こんな人でも、親は愛情を持って育てたと思えば、なんだか気の毒に思う。教育の仕方を間違えたとしか考えられないけれど、乳母とかに任せきりだったのかも。いちおう彼も貴族の家に生まれたわけだし。
もうひとりの青年は無口で無気力で無表情なので、いてもいなくても変わらない。顔面が引くくらい整っているので高橋さんのお気に入りだが、本人は無関心を貫いている。
いまも高橋さんの後ろに立ってはいるが、興味なさげで気怠げだ。これで身だしなみを整えていなければ幻滅されるのだろうが、髪がベタついていたことも衣服がヨレていたこともない。
こういう性格なのかもしれないが、積極的に文句をつけてこない分、ほかの取り巻きどもよりマシともいえる。
お読みいただき、ありがとうございました
引き続き番外編を投稿いたしますので、興味を持っていただけたら嬉しいです




