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問い

作者: 快晴
掲載日:2025/10/20

「カレーは好き?」

 その問いかけが私に投げられたのだと気づくのに、十数秒を要した。

 隣に目を向けると、謎の若い青年が私と同じ公園のベンチに腰を掛けていた。見るからに若く、20歳といったところだろうか。平日の昼間から学生人生を謳歌していて羨ましいと感じると同時に、どこか淡い懐かしさもあった。

「カレーは好き?」

 私が謎の青年をまじまじと見つめていると、ロボットかのように問うてきた。何故そんなことをと、いくつか疑問の泡が浮かび上がったが、そんなものはすぐに弾けた。

「嫌いかな。大体のカレーは私には辛すぎる。だから好き好んで食べないよ。」

 私は公園の噴水をまっすぐ見つめながら答えた。ちらりと隣を見ると、謎の青年もまた、何も言わずただ同じように噴水を眺めていた。

 ここでまた再び、彼は誰で、どこから来て、なにをしているのか、何歳なのか、社会人なのか、家族はいるのか、近くに住んでいるのか、そもそも目的は何なのだろうか、といった具合に脳を埋め尽くしていった。無限に問いは湧き出てくるのだが、昼下がりの公園とは思えない程張り詰めた空気間に、私は迂闊に聞き出すことが出来なかった。

 少しの沈黙の後、謎の青年が噴水を見つめたまま、また問いを投げてきた。

「お兄さんは普段何をしているの?」

「会社員さ。もう働き始めて20数年かな。」

「どんな仕事なの?」

「大した仕事じゃないさ。私じゃなくたって代わりが利くような、どこにでもある仕事だよ。」

「そうなんだ。」

 そう。私はどこにでもいるただの会社員。たいして勉学に励むこともなく、普通の大学を卒業し、ろくに就職活動もしないまま、普通の会社に就職。私がしていることが、社会の役にだの、国民を支えるためだの、ただの一度も感じたことは無い。私であろうとなかろうと、誰一人関係のないことである。その思いを抱えて現在まで歩いてきた。

「・・・君は普段何をしているのかい?」

 この会話の流れのまま、私はついに話しかけることに成功した。たくさんの疑問の泡粒の1つが消え、どこか開放的な気持ちになった。しかし、私の問いに回答が返ってくることは無く、また謎の青年は黙って噴水を眺めていた。その噴水では、小さい子供とお母さんのような人物が水遊びをしていた。その景色に気を取られていて聞こえなかったのか、答えたくないのか、謎の青年の気持ちはわからない。ただ、再度この緊迫した状況に痺れを切らし、もうベンチを離れてしまおうかと思ったその時、謎の青年がまた問いを投げてきた。

「それが普段していること?」

「もちろん。今まで休んだことなんてなかったよ。」

「その仕事は好き?」

 謎の青年の問いに対し、今まで流れるように回答してきたが、ここで途切れてしまう。

 私は生きてきて考えたことが無い。今まで、私自身はどこにでもいるただの1人間であり、特別秀でているところも無い。ひたすらに親や学校の先生、職場の上司などから投げられたものを、私が何か考えて決断するわけでもなく、なるべく取りこぼすことのないように、ひどく抱えこんで猫背になり、足元の現実だけを見ながら歩いてきた。

 どうだろうか。その抱えてきた重荷を下ろし、ふと目の前の景色や、後ろを振り返った時、果たして何が見えるのだろう。私の意志ではない道の先には何が待っているのだろう。これには当の本人も分かれない。

 そもそも好きなどというものも考えたことが無い。カレーだってそうだ。おいしくないわけではない、ただ、他のものがあったらそれを食べるし、その他のものだって、好きとかで選択するわけではない。人間もそう。自分に都合よく働く人を身近におき、そうでない人は極力遠ざける。この人の選択のことを、最高の友人だとか、運命の恋人だとか、そういったもので美化しているにすぎず、結局は好きとかそんなものではない。好きなどで表現しただけであって、つまりは自分のいいように、相手のことなど気にもかけることなく選択しているだけに過ぎない。人間はそういったものだと理解している。だからこそ好きなどで考えず、単調な歩みを繰り返してきた。

「好きとかではない。選択しただけに過ぎないのだよ。」

 私の奇天烈な回答に対し、謎の青年は数分黙り込んだ。自身でも訳の分からない、意味の繋がりなど無いような単純な思考で出た言葉に対して、1人顔を熱くしていた。そして青年がゆっくりと口を開き、答えた。

「僕はカレー好きですけどね。あのスパイスはカレーでしか味わえない。そう思いません?」

 静寂の中から生まれた謎の青年のなんということのない言葉に戸惑いつつも、どこか鮮明に、頭の中にひどく繰り返し鳴り響いていた。

 どれくらい時間が経っていたかは定かではない。しかし、隣を見ると謎の青年の姿はなく、ずっと1人だったのではないかと疑いたくなるほど、あっけらかんとしていた。辺りは暗く、遊んでいた親子の姿はもう無い。夢でも見ていたのかと思った時に、お腹の虫が鳴き、空腹だったことを知る。

「今日はカレーだ。」

 そういって私は公園を後にした。




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