老け顔ですが?何かあります?
「君、卒業後の進路は決まっているかい? ――どうだろう、騎士団の諜報部に来てみないか? 君のその…なんというか、妖艶さと落ち着きぶり、実に興味深い。うちの部門にちょうど欠員が出ていてね、実地訓練もすぐに組める。情報収集向きだと思うんだが……」、3年生の騎士団志望のスカウトに来ていた人に声をかけられた。サラサは思わず苦笑いしてしまった。
……妖艶、ですか。私はまだ10歳ですが。
けれど、彼女自身、もう慣れていた。
***
幼い頃からずっと――年齢よりも上に見られる人生だった。3つ上の姉と並んでも、なぜか自分のほうが年上に見られ、5歳の頃には、すでに「10歳くらい?」なんて言われていた。年端もいかない少女にとって、それはなかなかの衝撃である。
姉のリリアは、天使のように可愛らしい顔立ちの持ち主で、まさに「子供らしい」少女の代表格だったが、同時に容赦のない毒舌家でもあった。
「サラサ、それ“老け顔”ってやつよ」
5歳のサラサには、ぐさりと刺さる一言だった。
それからというもの、なんとか幼く見られようと試みた。フリルいっぱいのパステルドレスに、ツインテールまでしてみた。が、鏡に映った自分を見た瞬間、言葉を失った。
――これは、ちがう。
似合わない。とにかく似合わなかった。可愛くなりたかっただけなのに、なぜか妙な仮装のようにしか見えず、それ以来、無理に“幼く見られようとする努力”は潔く諦めた。
それでも現実は厳しかった。
顔合わせの場では、同い年の男の子から「年上すぎる」「でかすぎる」「ババァ」「気持ち悪い」などと言われる始末。婚約話はことごとくご破算になった。
リリアには、「サラサは、一生ひとりだと思うよ」とさらりと言われて、サラサが思わず泣いてしまった時は、「仕方ないわね、私が養ってあげるから安心しなさい」と、意外な優しさを見せた。
それでも、サラサの胸には、消えない決意が芽生えていた。
――浮きたくない。同年代の中で、“浮いた存在”として生きるのは、もう嫌だ。
そう決心したサラサは、父と母に願い出た。
「お願い。学年、飛ばして入学したいの。……年齢より上の学年に」
両親は目を丸くして、しかし静かに耳を傾けた。
「がんばれるか?」
「覚悟はあるのか?」
「結婚相手は年上になるぞ?それでもいいのか?」
サラサは涙を拭って、まっすぐ前を向いた。
「はい。全部、分かっています。……それでも、挑戦したいんです」
姉のリリアも驚きながらも、サラサを支える姿勢を見せた。
「困ったらすぐに言いなさい。苛められたりしたら、私が乗り込んでやっつけてやるから」
――そして、サラサは本当に、がんばった。
必死に勉強して、8歳で学園の入学試験を受けた。結果は、まさかの合格。しかも上位成績だった。
入学式当日。
学園長が式の中で「今年は特別に、8歳の生徒が1人入学しています。皆さん、温かく迎えてあげてください」と話すと、会場にはざわめきが走った。
「8歳?」「どこに?」「今日は来てないんじゃ…?」
「子供すぎて、緊張して来られなかったのかもな」
そんな囁きが聞こえる中、サラサはクラスに分かれて、いよいよ自己紹介の番を迎えた。
「サラサ゠ハーネストと申します。8歳です。……分からないことばかりだと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
教室内が、ピタリと静まり返った。
――うそでしょ。8歳って、ほんとに?
そう思ったクラスメートたちの視線の中、サラサは口元をきゅっと引き結び、涙を必死にこらえた。その小さな肩がふるえるのを見て、皆の中にようやく、「ああ、この子、本当に8歳なんだ」という実感が広がっていった。
すると、その沈黙を破ったのは、王族の生徒だった。
クリストファー王子が、静かに、しかしはっきりと口を開いた。
「サラサ嬢。なぜ、8歳でこの学園に?」
サラサは震える声で、ぽつぽつと語り始めた。
「……私、老け顔で……同い年の子から、ババァとか、気持ち悪いって言われて……。普通に入学したら、また浮いちゃうから。だから……顔に合わせて入学しようと思って、がんばって……でも、でも……」
涙が堪えきれず、ぽろぽろとこぼれ落ちた。
すかさず、隣の女子生徒がそっとハンカチを差し出した。
「ありがと……ごじゃいます……」
その姿に、他の女子たちも黙っていられなくなった。妹を思い出したのだろう、小さなサラサの頭を優しく撫で、涙に寄り添った。教室の空気が、柔らかく、あたたかく変わっていった。
その様子を見ていた担任のマイルズ先生は、手をパンパンと叩いて、教室に声を響かせた。
「みなさん。サラサさんの事情、分かりましたね。彼女は8歳ですが、15歳の入試に合格しました。それも、上位の成績です。どれだけの努力をして、どれだけの勇気を持ってこの場に立っているのか――想像できますよね?」
先生は、教室の全員を見渡した。
「“ババァ”だとか、“気持ち悪い”だとか、そんな言葉を投げられてきた子が、それでも努力して、ここにいます。同級生として、困った時には助けてあげてください。それがこの学園の誇りというものです」
教室に静かな拍手が広がった。
サラサは、心配して集まってくれた女子たちに、深く頭を下げた。
「お姉様方……ありがとうございます」
そして、少し背筋を伸ばし、席へと戻った。
これが、サラサ゠ハーネストの、新たな学園生活のはじまりだった。
サラサは、いつだって一生懸命だった。
学園に飛び級で入学を果たしたとはいえ、まだたったの八歳。
見た目は十五歳以上に見えるものの、心も体も、やっぱり幼い。
それでも、刺繍にダンス、礼儀作法に加え、座学の授業にも必死に食らいついていた。
ほんのわずかな時間も無駄にせず、休み時間でさえ教本を広げたり、黙々と刺繍の糸を運んでいた。
刺繍の授業では、多くの女子生徒たちが“意中の相手”へ贈るためにと、花や紋章を縫い上げていた。
そんな中で、サラサは照れくさそうに言った。
「一番上手にできたら……お姉様に、あげようと思っていて……」
その一言に、クラス中の女性陣が思わず胸を打たれた。
“うちの妹にもそんなこと言われたら、泣いて喜ぶわよ……”
誰もがそう思った。
誰かに媚びるでもなく、ただ純粋な気持ちを持って、誰かを想い、布を縫う。
サラサの真っ直ぐな思いが、その針先からにじみ出ていた。
ダンスの授業でも、それは同じだった。
男子生徒とペアになり、手を取って踊ると、サラサは顔を真っ赤にしてしまい、動きもどこかぎこちなくなってしまった。
それを見た先生が、苦笑しながら声をかける。
「サラサさん、恥ずかしがっていたらダンスはうまくなりませんよ?」
するとサラサは、申し訳なさそうに言った。
「す、すみません……父以外の男性と手を繋いだの、初めてで……」
その場にいた全員が、思わず笑みをこぼした。
サラサは、大人びた容姿のせいで“しっかりしている子”だと思われがちだったが、やっぱり中身は年相応の、無垢な女の子だった。
そんなサラサにも、少しずつ“変化”が現れてきた。
最近、彼女の表情にほんのり色香のようなものが漂い始めたのだ。
落ち着きと芯の強さ、そしてどこか夢見るような目。
ある日、女子生徒の一人が、ふと声をかけた。
「ねぇ、サラサさん。もしかして、最近恋でもしてる?」
すると、サラサはほわんと頬を赤らめながら答えた。
「姉様にお借りした『この恋の果てに』って小説の……カイン様に、です」
その場にいた全員が、くすっと笑った。
“ああ、分かる。昔はそうだったわ”
少女が初めて恋愛小説に触れて、登場人物に恋をする。
夢を見て、そしていつか現実との違いに気づいて、そっと本を閉じる。
――けれど、その過程もまた大切な成長の一部なのだと、皆が優しく見守ることに決めた。
やがて、月日は流れ、サラサは学園最後の学年を迎えていた。
刺繍は驚くほど上達し、ダンスでも顔を赤らめることなく軽やかに踊れるようになっていた。
勉強でも常に上位十人に入り、先生方からも一目置かれていた。
恋はまだ本の中の世界にしか存在しなかったが、それでも彼女は、年上のクラスメートたちと自然に馴染み、穏やかな日々を過ごしていた。
ある日、先生から頼まれて届け物を済ませ、教室に戻ろうと廊下を歩いていたサラサに、見知らぬ騎士が声をかけてきた。
「君、卒業後の進路は決まっているかい? ――どうだろう、騎士団の諜報部に来てみないか? 君のその…なんというか、妖艶さと落ち着きぶり、実に興味深い。うちの部門にちょうど欠員が出ていてね、実地訓練もすぐに組める。情報収集向きだと思うんだが……」
あまりの唐突さに、サラサはきょとんとして苦笑いをした。
「すみません、私、まだ十歳ですし……卒業したら領地に戻るつもりなんです」
すると、その騎士は首をかしげて、肩をすくめながら笑った。
「冗談はよしてくれよ。三学年を通して、君の妖艶さは群を抜いてる。とても十歳には見えない。嘘はいけないよ」
「嘘じゃありません……老け顔ですが……何かあります?」
サラサは、うるんだ瞳で訴えるように言った。
だが、騎士はニヤニヤと笑って言う。
「その涙目、実にいい。演技力がある。こりゃ本物の逸材かもしれないな、君……」
その瞬間、サラサの背筋がゾッと凍った。
――これはまずい。
不安に駆られたサラサは、遠くから見覚えのある姿を見つけて叫んだ。
「マイケルにぃ様っ!助けて!!」
通りかかったのは、クラスでも誰もが信頼を寄せる、伯爵家の嫡男マイケルだった。
普段は「マイケル様」と呼ばれている彼が、“にぃ様”と呼ばれたことに少し驚きながらも、事態を察知して駆け寄ってきた。
サラサは即座にマイケルの背に隠れ、震える声で事情を訴えた。
「騎士団の方に、諜報部にって……」
マイケルは表情を引き締め、騎士に向かって言った。
「この子は、サラサ゠ハーネスト嬢。まだ十歳です。就職どころか、侯爵家のお嬢様として、学園生活を送っている最中です。ご配慮を」
騎士はようやく驚いた様子を見せ、何度も振り返りながら立ち去っていった。
その背中を見送りながら、マイケルはサラサの頭を優しく撫でて、言った。
「怖かったね。でも、もう大丈夫だよ。あんな無神経な誘い、もう来ないさ」
サラサは、ほっと胸を撫で下ろした。
マイケルがふと微笑みながら尋ねた。
「それにしても、今“マイケルにぃ様”って呼んでたよね? いつからそんなふうに?」
サラサは、恥ずかしそうに顔を伏せた。
「はい……マイケル様は、私にとっていつも頼れるお兄様で……心の中では、ずっとそう呼んでました。つい、口に出てしまって……」
真っ赤になった耳と、伏せた瞳。その可愛らしい姿に、マイケルは微笑んだ。
そして、ぽつりと、しかし優しい声で言った。
「……サラサ嬢。もし、卒業後に領地に戻るなら……私の婚約者になってくれませんか?」
思いがけない言葉に、サラサはぱちりと瞬きしたあと、頬を真っ赤に染めて答えた。
「……はい。マイケル様が、良いです」
マイケルは、サラサが密かに自分を慕ってくれていたと知って、胸の奥に温かいものが灯るのを感じた。
彼は伯爵家の嫡男ではあったが、目立たない容姿のせいで婚約者が決まらず、半ば諦めかけていた。
けれど、年齢の壁に阻まれて口にできなかった多くの男子生徒たちの中で、彼だけが、彼女の“素直さ”に心を動かされ、勇気を出して声をかけた。
そしてその返事は、奇跡のような“はい”だったのだ。
マイケルは、すぐに父と共にハーネスト侯爵家へ出向き、正式な婚約の申し入れを行った。
――まだ誰にも知られていない、この約束を、誰より早く現実にするために。
サラサとマイケルの婚約は、驚くほど早く学園中に知れ渡ることとなった。
もちろん、本人たちが触れ回ったわけではない。
だが、人の心を惹きつける変化は、言葉よりも雄弁だった。
婚約が決まる前、サラサの雰囲気にはどこか夢見るような憂いがあった。
それは、初めて読んだ恋愛小説の影響であり、まだ現実の恋を知らぬ少女の淡い幻想だった。
けれど――マイケルとの婚約が結ばれた瞬間から、サラサの表情が、瞳が、仕草のひとつひとつが、あからさまに“変わった”のだ。
朝の教室に現れたサラサは、まるで光を纏っているかのようだった。
大人びた顔立ちはそのままに、頬には仄かな赤みが差し、目元にはきらきらとした光が宿る。
まだ化粧を許されない年齢だったが、潤んだ唇はまるでリップを引いたように艶めいていて、髪は丁寧にハーフアップにまとめられ、いつもより柔らかく揺れていた。
そんな様子に気づいた女子生徒たちが、休み時間にそっと尋ねた。
「ねぇ、サラサさん。今、誰かに恋してるの?」
するとサラサは、恥ずかしそうに両手で頬を押さえて、顔を真っ赤に染めながら頷いた。
「はい。……マイケル様と、婚約致しました」
その瞬間、教室にほんの一瞬、静寂が訪れた。
そして次の瞬間には、女子たちから思わずもれた歓声がこだました。
「えっ!」「やっぱり!」「お似合いすぎる……!」
サラサは、それにも驚いたようにきょとんとしながら、ぽつりと続けた。
「恋って……こんなにドキドキするものなんですね。心が、くすぐったくて、でもあったかくて」
そんな彼女のもとへ、タイミングを見計らったようにマイケルが現れた。
穏やかで、どこか落ち着いた雰囲気を纏う彼は、サラサの隣に立ち、その小さな手を自然に取った。
「サラサは、そんなふうに思ってくれてるんだね。嬉しいよ」
サラサはマイケルを見上げ、愛おしそうな眼差しを向けながら、はにかんだ笑顔で答えた。
「はい。マイケル様が、大好きです」
そのあまりにもまっすぐで、純粋なやり取りを前に、密かにサラサに想いを寄せていた男子たちは、何も言えずに撃沈した。
彼女の心は、もう誰にも動かせない――マイケルというひとりの男性に、真っ直ぐに向いていると、痛いほどに分かったからだ。
とはいえ、全員が祝福ムードというわけではなかった。
一人の男子生徒が、少しふてくされたように呟いた。
「でもさ、サラサって、まだ10歳だろ? 結婚できるのは、あと5年も先なんだぞ?」
それに対して、マイケルはすぐに答えた。
「分かってるよ。でも、彼女が本当に大人になるその日まで、僕は待つ。彼女を大切にしたいから」
その言葉は、まるで何かの誓いのようで、教室にいた誰もが息をのんだ。
サラサは、幸せそうに微笑みながら、マイケルの袖をそっと掴み、愛おしそうに言った。
「卒業したら……マイケル様のおそばにいさせてください」
「もちろん。……ずっと一緒にいよう」
その甘すぎる会話に、女子たちは身悶えし、男子たちは言葉を失った。
その場の空気は、まるで砂糖菓子のようにとろけるほど甘くて、誰もが微笑まずにはいられなかった。
そして――時は流れ、卒業から数年後。
社交界の舞台に立つマイケルの隣には、かつてよりもさらに美しくなったサラサの姿があった。
その凛とした佇まい、輝くような微笑みは、誰もが目を奪われるほどだった。
“老け顔”と揶揄されていたかつての姿は、もはやどこにもない。
結婚後、彼女はまるで時の流れに逆らうかのように、年を重ねてもなお若々しく、瑞々しさを保ち続けていた。
不思議と、10歳で学園を卒業したときの印象そのままに、彼女は年を取らなかった。
その美しさは、まるで“本物の恋”が彼女の内側から輝きを引き出したかのようだった。
そして、かつて――
「ババァ」「気持ち悪い」「こんな年上やだ」と、容赦のない言葉を投げつけていた同年代の男子たち。
彼らもまた社交界に顔を出す年頃となり、サラサを見て気づいてしまったのだ。
あのとき、目の前にいた“特別な少女”の輝きに、どうして自分は気づけなかったのかと。
今、目の前にいるサラサは、誰もが振り返る“高嶺の花”になっていた。
けれど、その花はもう、マイケルという人の手の中に、そっと、大切に抱かれている。
彼女に向けたかつての言葉を、心の中で悔やんでも、もう遅い。
時は戻らない。そして、後悔が彼女に届くこともない。
彼女はただ、穏やかに、幸せに、マイケルと共に笑っていた。




