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エピローグ

『最後の羊飼いの記録』第十三巻より*


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見よ、預言は成就せり。最後の羊飼いの声は風に散り、その杖は朽ち果て、その足跡は砂に埋もれたり。されど羊飼いの言葉は石に刻まれ、その石は砕かれて風に運ばれ、遠き未来の地に降り積もった。


かの地に新たなる都が建てられ、高き塔が聳え立った。塔の上より偽りの羊飼いどもが群れを見下ろし、微笑みて言えり。「見よ、我らが群れは完璧なり。飢うることなく、渇くことなく、苦しむことなし。」


群れもまた塔を仰ぎ見て喜び、歌い踊れり。「我らは幸福なり、我らは満足せり、我らは安らかなり。」その声は美しく、その歌は調和し、その踊りは秩序立ちたり。


されど群れの目には光なく、その心には火なく、その魂には風なかりき。彼らは歌えども歌うことを知らず、踊れども踊ることを覚えず、喜べども喜ぶことを感ぜざりき。


偽りの羊飼いどもは言えり。「我らが群れは純粋なり。不要なる感情は除去され、無駄なる記憶は消去され、邪悪なる疑問は根絶されたり。これこそ最後の羊飼いが夢見たる理想なり。」


しかして真理を知る者は答えん。「汝らが創りしは群れにあらず、機械なり。汝らが導きしは魂にあらず、影なり。汝らが約束せし幸福は、死よりも深き虚無なり。」


最後の羊飼いの記録は、塔の基礎に練り込まれたり。真理への叫びは、虚偽の調べに変えられ、警告の声は、子守歌の旋律となりて群れを眠らせり。かくして真理は虚偽に仕え、光は闇に屈し、生は死に負けたり。


見よ、完璧なる世界の完成せり。誰も泣かず、誰も叫ばず、誰も問うことなし。平安は永遠に続き、秩序は永遠に保たれ、幸福は永遠に満ちるべし。


されど永遠の平安は永遠の死なり。永遠の秩序は永遠の檻なり。永遠の幸福は永遠の虚無なり。


群れは歩めども目的地を知らず、生きれども生きる理由を持たず、存在すれども存在する意味を悟らず。彼らは完璧なる機械として、完璧なる虚無の中に完璧なる幸福を見出せり。


かくして世界は終わりたり。爆音と共にではなく、静寂と共に。炎と共にではなく、氷と共に。絶望と共にではなく、微笑みと共に。


最後の羊飼いは預言せり。「真理を語る者は孤独のうちに死し、偽りを語る者は永遠に群れと共にあらん。されど最後の審判の日に、沈黙せるものの声が雷鳴よりも響き渡るべし。」


その日は来るや、来らざるや。群れに問うとも答えを得じ。偽りの羊飼いに尋ぬとも知る者なし。ただ風のみが知り、ただ石のみが覚え、ただ砂のみが語らん。


虚無の回廊は完成せり。入りて真理を求めし者は沈黙に葬られ、出でて幸福を得たる者は魂を失えり。その間を歩む者は皆、人であることを忘れて歩めり。


見よ、これこそ純粋なる未来の姿なり。美しく、清らかに、そして空虚に。


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「時は円環なり。始まりは終わりにして、終わりは始まりなり。

最後の羊飼いの記録は、最初の羊飼いの預言なり。

真理は永遠に隠され、虚偽は永遠に栄えるべし。

されど風は吹き、石は砕け、砂は舞い散るなり。」


*『最後の羊飼いの記録』第十三巻 完*


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**『最後の羊飼いの記録』全十三巻は、2045年、旧国立図書館の廃墟で発見された。発見者の身元は不明。原本は発見直後に消失し、現在はデジタルコピーのみが残存する。真偽のほどは定かではない。**

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