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第11章:真実の埋葬

# 虚無の回廊


## 第11章:真実の埋葬

*1995年12月23日*


高橋秀雄は渋谷の雑踏の中で、最後の希望となるかもしれない人物を待っていた。アメリカの通信社に勤務する日系人記者、マイケル・タナカとの接触だった。高橋は過去一ヶ月間、海外メディアとの連絡を試み続けていたが、ほとんどが失敗に終わっていた。


午後二時、約束の場所である駅前の喫茶店で、高橋はタナカを待った。しかし、約束の時刻を三十分過ぎても彼は現れなかった。高橋は不安を感じながらも、さらに待ち続けた。


午後三時、ようやくタナカらしき人物が喫茶店に入ってきた。しかし、その人物は高橋に近づくことなく、別のテーブルに座った。代わりに、見知らぬ日本人男性が高橋のテーブルに向かってきた。


「高橋さんですね。タナカさんの代理で参りました」


男性は丁寧な口調で話しかけた。「申し訳ございませんが、タナカさんは急用で来られなくなりました」


高橋は警戒した。「どのような急用でしょうか?」


「詳細はお聞きしていませんが、緊急の取材が入ったそうです」


男性の説明は曖昧だった。高橋は、これが罠である可能性を疑った。


「それでは、改めて連絡いたします」


高橋は立ち上がろうとしたが、男性が引き止めた。


「実は、タナカさんからお預かりしているものがあります」


男性は封筒を取り出した。「光明真理教に関する情報について、タナカさんのコメントです」


高橋は封筒を受け取った。中には一枚の手紙が入っていた。


「拝啓、高橋様。残念ながら、光明真理教に関する情報は、我々の調査では信頼性に欠けるという結論に達しました。情報源の証言に矛盾があり、証拠文書も偽造の疑いが強いとの鑑定結果です。従って、記事として採用することはできません。敬具」


高橋は愕然とした。タナカまでもが、情報の信頼性を否定している。しかし、この手紙の内容は、これまで受けた圧力と酷似していた。


「タナカさんは本当にこの手紙を書いたのですか?」


高橋の質問に、男性は頷いた。「間違いありません。彼は非常に慎重な記者ですから」


高橋は疑問を抱いた。事前の電話連絡では、タナカは高橋の情報に強い関心を示していた。この急変は不自然すぎる。


午後四時、高橋は喫茶店を出た。最後の希望も断たれ、海外メディアへの情報提供も不可能になった。彼を取り巻く包囲網は完璧で、抜け道は一切残されていない。


午後五時、高橋は自宅に戻る途中、書店に立ち寄った。週刊誌のコーナーで、かつて自分が働いていた雑誌を手に取った。光明真理教に関する記事は一切掲載されておらず、代わりに芸能人のスキャンダルが一面を飾っている。


高橋は他の雑誌も確認したが、光明真理教について言及している媒体は見つからなかった。まるで教団の存在そのものが、メディアから抹消されているようだった。


午後六時、高橋は自宅のアパートに到着した。部屋に入ると、机の上に一通の手紙が置かれていた。高橋は身に覚えがなかった。誰かが合鍵を使って侵入したのだ。


手紙の差出人名は記載されていない。封を開けると、短いメッセージが書かれていた。


「高橋秀雄様。あなたの努力は理解しますが、これ以上の活動は危険です。愛する人々のためにも、光明真理教に関する調査は中止することをお勧めします。これが最後の警告です」


手紙には脅迫めいた内容が含まれていたが、同時に妙な親しみやすさも感じられた。まるで古い友人からの忠告のような口調だった。


午後七時、高橋は手紙を何度も読み返した。差出人の正体は不明だが、メッセージの意図は明確だった。これ以上の抵抗は無意味であり、危険でもある。


高橋は窓の外を見つめた。クリスマス・イブの前夜で、街には華やかなイルミネーションが輝いている。平和で幸福そうな光景だった。しかし、その平和の陰に隠された真実を知っているのは、もはや高橋だけかもしれない。


午後八時、高橋は最後の決断を下した。残された証拠資料を使って、個人的な記録として真実を書き残す。たとえ誰にも読まれることがなくても、真実の記録を残すことがジャーナリストとしての最後の義務だった。


高橋は手書きで文書を作成し始めた。光明真理教の実態、政府への浸透、メディアへの圧力、自分自身への迫害。すべての経緯を詳細に記録した。


深夜零時を過ぎ、高橋は執筆を続けていた。クリスマス・イブの深夜、世界中の人々が平和と幸福を祈っている時間に、彼は孤独な真実の記録作業を続けていた。


深夜二時、高橋は文書を完成させた。二十枚の手書き原稿は、彼の知る全ての真実を含んでいた。これが彼の遺言になるかもしれない。


高橋は文書をビニール袋に入れ、床下に隠した。いつの日か、誰かがこの記録を発見し、真実を理解してくれることを願って。


深夜三時、高橋は疲労困憊で眠りについた。明日はクリスマス・イブ。多くの人々にとって希望と喜びの日だが、高橋にとっては絶望の日になるかもしれない。


しかし彼の夢の中では、真実が勝利していた。光明真理教の陰謀は暴かれ、社会は正義を取り戻していた。それが夢に過ぎないことを、高橋は理解していたが。


夜明け前、高橋のアパートの周辺では、複数の人影が動いていた。長い監視の末、最終的な行動に移る時が来ていた。真実を知る最後の証人を永遠に沈黙させるために。


高橋の戦いは、まもなく終わりを迎えようとしていた。しかし彼が残した記録は、地下深くに埋められた真実の種として、いつの日か芽を出すことを待っている。


クリスマス・イブの朝が近づく中、一人のジャーナリストの人生が静かに幕を閉じようとしていた。真実のために戦い、真実のために倒れる。それが高橋秀雄という男の生き方だった。

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