プロローグ
『最後の羊飼いの記録』第七巻より
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見よ、時は満ちて、最後の羊飼いは野に立ち、その群れを見回して嘆いた。「われは真理を語れども、群れは偽りの声に従い、われは警告を発すれども、彼らは甘美なる欺瞞を選ばん。」
その日、羊飼いは杖を地に投げ、こう預言せり。「見よ、われ去りし後、偽りの羊飼いどもが来たりて、群れを導かん。彼らは優しき声をもって語り、群れに安らぎを約束し、青き牧草と清き水を与えるであろう。されど彼らの与うるものは毒草なり、死の水なり。」
「群れは偽りの羊飼いたちを真の導き手と信じ、その導きのもとに歩まん。彼らは自らの足で歩むと思えども、実は見えざる綱によりて引かれ、自らの意志で選ぶと思えども、実は予め定められし道を辿るのみ。」
「かくして群れは平安のうちに滅び、安らぎのうちに死に、喜びのうちに無に帰さん。彼らは己が滅びゆくことを知らず、己が死にゆくことを悟らず、己が無と化すことを理解せじ。」
最後の羊飼いはまた語れり。「真理を求める者は孤独のうちに死し、その声は風に散り、その記録は灰となるべし。されどその灰の一片一片は、偽りの羊飼いどもの糧となり、彼らの力の源となりて、群れをさらなる深き闇へと導かん。」
「真理は歪められて偽りとなり、警告は甘美なる子守歌となり、絶望は希望の仮面を被らん。かくして最後の日まで、群れは幸福なる夢のうちに眠り続け、目覚むることなし。」
羊飼いの声は荒野に響き、やがて沈黙に消えた。その足跡は砂に埋もれ、その杖は朽ち果て、その言葉のみが石に刻まれて残された。
されど石もまた砕かれ、その破片は風に運ばれて、遠き未来の地に降り積もる。そしてその地に新たなる都が建ち、新たなる群れが住まい、新たなる偽りの羊飼いどもがこれを治めるであろう。
彼らは砕かれし石の粉を練り込みて煉瓦を作り、その煉瓦をもって高き塔を建て、その塔の上より群れを見下ろして微笑まん。群れもまた塔を仰ぎ見て喜び、己らが自由なりと信じて歌い踊るであろう。
かくして預言は成就し、最後の羊飼いの記録は永遠に封じられる。真理は沈黙のうちに葬られ、群れは歓喜のうちに滅び、世界は平安のうちに虚無と化すであろう。
*『最後の羊飼いの記録』第七巻 完*
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「真理を語る者は必ず孤独のうちに死し、
偽りを語る者は永遠に群れと共にあらん。
されど最後の審判の日に、
沈黙せるものの声が雷鳴よりも響き渡るべし。」