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トリマーズ

作者: 猫舌

抜け毛と少女の思いが絆をつくる

『トリマーズ』


抜け毛の秘密


 静かな山間の村、霧織町。そこに住む16歳の少女、リナは、動物の毛を刈る「トリマー」として生計を立てていた。彼女の手は、羊のふわふわの毛や犬の剛毛、猫の柔らかな毛を丁寧に扱うことで知られていた。しかし、リナの真の才能は、誰も知らない秘密にあった。彼女は動物の抜け毛から、まるで生きているかのような人形を作り、それを操ることができたのだ。


 リナの工房は、村外れの小さな小屋。そこには、色とりどりの毛糸の束と、彼女が作った人形たちが並んでいた。狼の毛でできた勇敢な戦士「ガル」、兎の毛でできた軽やかな斥候「ミミ」、そして猫の毛でできた神秘的な魔術師「シャオ」。これらの人形は、リナが心を込めて紡いだ毛糸で形作られ、彼女の意志に応じて動く。だが、リナはこの力を誰にも明かさず、ただ一人、夜の森で人形たちと訓練を重ねていた。


 ある晩、村に異変が起きた。霧織町の守り神とされる「聖獣」が住む山から、不気味な咆哮が響き、村人たちが怯え始めた。リナは、村の長老から「聖獣が怒っている」と聞かされる。原因は不明だが、村の周辺で家畜が襲われ、森の動物たちが姿を消していた。長老はリナに、トリマーとしての知識を活かし、聖獣の機嫌を直す方法を探してほしいと頼む。


 リナは迷った。自分の力を使えば、聖獣の真相に迫れるかもしれない。だが、人形を操る姿を村人に知られれば、魔女として追放される恐れもあった。それでも、村を守りたいという思いが彼女を突き動かした。リナは工房に戻り、ガル、ミミ、シャオを手に取った。「みんな、準備はいい?」彼女の声に、人形たちの目がキラリと光った。


 その夜、リナは人形たちを連れて森へ向かった。ガルは鋭い爪で道を切り開き、ミミは小さな体で周囲を警戒し、シャオは毛糸の尾から微かな光を放ち、道を照らした。リナは人形たちに意識を集中させ、まるで自分の手足のように操る。彼女の額には汗が浮かび、息が荒くなる。だが、初めて感じる一体感に、胸が高鳴っていた。


 森の奥深くで、リナたちは聖獣の住処にたどり着いた。そこには、巨大な白い狼がいたが、その目は濁り、毛は乱れていた。「聖獣が…病気?」リナはトリマーとしての経験から、狼の異常に気づいた。だが、その時、背後から黒い影が襲いかかってきた。リナは咄嗟にガルを動かし、影を跳ね除ける。影は獣とも魔物ともつかぬ姿で、異様な気配を放っていた。


 「これは…聖獣を操ってる?」リナは気づいた。聖獣の異変は、誰かが仕掛けた罠だったのだ。彼女は人形たちに指示を出し、影との戦いに挑む。ガルの力強い突進、ミミの素早い動き、シャオの光の術が連携し、影を追い詰める。だが、影は数を増やし、リナの集中力は限界に近づいていた。


「もうダメ…?」と思った瞬間、リナの心に、動物たちの温もりが蘇った。彼女がトリムした動物たちの信頼、毛を紡ぐ時の静かな時間。それらが、彼女に力を与えた。「私は、みんなの毛で作ったこの子たちを信じる!」リナは叫び、全ての意識を人形たちに注ぎ込んだ。


 そして






尻尾を紡ぐ時間


 霧織町の朝は、霧が薄くたなびき、鳥のさえずりが響く。リナの工房の裏庭には、村の農家から預かった老犬、コロが寝そべっていた。コロはゴールデンレトリバーの雑種で、ふさふさの尻尾が自慢だったが、最近は毛玉ができ、動きが鈍くなっていた。農家の主人は「コロを元気にしたい」とリナに頼み、彼女は快く引き受けた。


 リナは木製のスツールに腰掛け、コロのそばに膝をついた。彼女の手には、細いトリミングハサミと小さなブラシ。コロはリナを見上げ、茶色の目で静かに信頼を伝えた。「よし、コロ。尻尾をきれいにしようね。気持ちいいよ」とリナは囁き、コロの背中を軽く撫でた。コロは尻尾を小さく振って応え、地面にゴロンと横になった。


 リナはまず、コロの尻尾をそっと持ち上げた。毛は金色と白が混ざり、まるで朝陽を浴びた麦畑のよう。だが、根元には毛玉が絡まり、毛先は土で汚れていた。彼女はブラシを手に取り、毛玉の端から優しく梳き始めた。ブラシの動きはリズミカルで、まるで小さな歌を奏でるよう。コロは目を細め、時折鼻を鳴らしてリラックスしていた。


 「毛玉はね、ゆっくり解かないと痛いから」とリナはコロに話しかけながら、指で毛玉をほぐした。彼女の指先は、まるで糸を紡ぐ職人のように繊細で、毛一本一本に気を配った。毛玉が解けると、彼女はハサミを手に取り、傷んだ毛先を少しずつ切り揃えた。ハサミの音は「チク、チク」と小さく、コロの耳がピクリと動くたび、リナは微笑んだ。


 トリミングの間、リナは抜け毛を丁寧に集めた。彼女の膝の上には、木箱が置かれ、そこにコロの金色の毛がふわふわと積もっていく。この毛は、彼女の人形作りの材料になる。リナの心には、コロの尻尾の毛で作る人形のイメージが浮かんでいた。温かくて忠実な、コロのような心を持つ人形。もしかしたら、コロの毛は新たな仲間、「陽だまりの守護者」の一部になるかもしれない。


 「コロ、君の毛は特別だよ。強いし、優しい」とリナは呟き、尻尾の最後の毛を整えた。コロの尻尾は再び軽やかに揺れ、まるで新しい命が吹き込まれたようだった。リナはコロの頭を撫で、額をくっつけた。「ありがとう、コロ。君のおかげで、きっと素敵な人形ができるよ。」コロは「クゥン」と甘えた声で答え、リナの頬をペロリと舐めた。


 その時、工房の棚に並ぶ人形たち——ガル、ミミ、シャオ——の目が、朝日を受けてキラリと光った。リナは振り返り、人形たちに微笑んだ。「コロの毛、みんなにも分けてあげるね。」彼女は立ち上がり、木箱を抱えて工房に戻った。今日のトリミングは、ただの仕事ではなく、動物との絆を紡ぐ時間だった。そして、その絆は、彼女の人形たちを通じて、さらなる物語を織りなすのだ。


毛から命を紡ぐ


 夕暮れが霧織町を包む頃、リナは工房の扉を閉め、静かな作業の時間を迎えた。木のテーブルには、朝にトリミングした老犬コロの金色の抜け毛が、木箱の中でふわふわと輝いていた。工房の棚には、ガル、ミミ、シャオが並び、まるでリナの作業を見守るように静かに佇む。壁に掛けられた羊毛や猫毛の束が、ろうそくの明かりに揺れ、部屋に温かな気配を添えていた。


 リナは深呼吸し、コロの毛を手に取った。毛は柔らかく、触れるとコロの温もりが蘇るようだった。「コロ、君の毛で新しい仲間を作るよ。どんな子がいいかな?」彼女は呟き、目を閉じてイメージを膨らませた。コロの忠実な性格、尻尾を振る陽気な姿——それらを形にする人形を思い描く。彼女の心に浮かんだのは、陽だまりのように温かく、仲間を守る小さな守護者の姿だった。


第一の工程:毛の選別と洗浄


 リナはコロの毛を丁寧に広げ、土や埃の混ざった部分を小さなピンセットで取り除いた。彼女の指は繊細で、まるで楽器を奏でるように動く。選別した毛は、木の桶に張ったぬるま湯に浸した。そこには、リナが森で摘んだハーブ——カモミールとラベンダー——が浮かび、毛に清らかな香りを移す。リナは毛をそっとかき混ぜ、汚れを落としながら、「コロの心をきれいに保つよ」と呟いた。洗った毛は布に広げ、窓辺で自然乾燥させる。コロの金色の毛は、夕陽を受けてまるで光の糸のようだった。


第二の工程:紡ぎと染め


 乾燥した毛を、リナは小さな手紡ぎ車にセットした。足でペダルを踏み、指で毛を撚りながら、彼女は細い糸を紡いでいく。コロの毛は丈夫で、しなやかな糸に変わった。リナは一部の糸を、クルミの殻で煮出した染料で淡い茶色に染めた。金色と茶色の糸を組み合わせることで、人形に奥行きと温かみを与えるつもりだった。紡ぎながら、彼女はコロとの思い出を思い出す——尻尾を振って走る姿、農家の子供たちに囲まれる姿。それらが、糸に織り込まれるように感じられた。


第三の工程:人形の形作り


 テーブルに広げた布の上に、リナは木の芯材を置いた。これは森で拾った軽い枝を削ったもので、人形の骨格となる。彼女は金色の糸を芯に巻きつけ、守護者の小さな体を形作った。腕や足は、糸を束ねて編み、柔軟性を持たせた。頭部には、コロの毛を丸めて詰め、茶色の糸で表情を刺繍。リナは特に目を丁寧に作り、黒い石を埋め込んでキラリと光る瞳を完成させた。「コロみたいに、優しくて強い目だね」と彼女は微笑んだ。人形の尻尾には、コロの毛をそのまま使い、ふさふさ感を残した。


第四の工程:命の吹き込み


 人形が完成した瞬間、リナは工房の中央に座り、人形を膝に置いた。彼女は目を閉じ、コロとの絆を思い浮かべた。トリミングの時の温もり、コロの信頼の眼差し。それらを心に集め、そっと人形に触れた。「君の名前は『ヒカリ』。コロの光を継ぐ子。」リナの声は、まるで呪文のよう。彼女の指先から、微かな光が人形に流れ込む。人形の目が一瞬輝き、ヒカリは小さく動き出した。尻尾が揺れ、頭を傾げる姿は、まるでコロそのものだった。


 リナは息を吐き、額の汗を拭った。ヒカリを手に持ち、棚のガルたちに紹介する。「新しい仲間だよ。みんな、仲良くね。」ガル、ミミ、シャオの目が光り、ヒカリを迎え入れるように見えた。リナはヒカリを胸に抱き、コロの毛が新たな命に変わった喜びを感じた。この人形は、ただの物ではない。コロの心とリナの想いが織りなす、生きる絆だった。


さまざまな色の糸を紡ぐ


 霧織町の工房に朝の光が差し込む頃、リナは新たなトリミングの準備をしていた。テーブルの上には、昨日村人から預かった動物たちの抜け毛——猫のミケ、羊のモコ、野鳥のキリ——が木箱に分けられ、色とりどりに並ぶ。棚では、コロの毛で作ったヒカリがガル、ミミ、シャオと並び、リナの作業を静かに見守っていた。リナは深呼吸し、「今日はみんなの毛で、新しい仲間を作るよ」と呟いた。


ミケの毛:しなやかな魔術師


 村の雑貨屋の猫、ミケは、三色の毛が自慢だった。リナは昨日、ミケの尻尾をトリミングした時の感触を思い出す。ミケの毛は滑らかで、触れるとまるで絹のよう。彼女はミケの毛を手に取り、まずブラシで軽く梳いた。白、黒、茶の毛が混ざり、光を反射して虹色に輝く。リナは「ミケの気まぐれな性格を形にしよう」と決め、毛をハーブ水(ローズマリー入り)で洗い、しなやかな質感を保った。


 乾燥後、リナはミケの毛を小さな紡ぎ車で細い糸に変えた。毛の短さゆえ、撚りを強くし、切れにくい糸に仕上げた。白と黒の糸を混ぜ、神秘的な模様を持つローブを編んだ。人形の芯材には、柳の枝を使い、軽やかで柔軟な体を作った。顔には、ミケの茶色の毛で猫のような尖った耳を付け、青いガラス玉で鋭い目を表現。「君は『ルナ』。夜の魔法使いだね。」リナが命を吹き込むと、ルナはしなやかに跳び、毛糸の尾から小さな光の玉を生み出した。ヒカリが興味深そうにルナを見つめ、リナは微笑んだ。


モコの毛:頑強な守護者


 モコは村の牧場で一番大きな羊で、毛は厚く、弾力に富む。リナはモコの背中と腹をトリムした時、毛の重さに驚いた。モコの毛は純白で、まるで雪のよう。彼女は毛を広げ、太い毛と細い毛を分けた。太い毛は人形の体に、細い毛は装飾に使うつもりだった。洗浄にはミントの葉を加え、モコの清潔な香りを残した。


 モコの毛は長く、紡ぐと丈夫な糸になった。リナは太い糸を束ね、鎧のような外殻を編んだ。人形の芯には、オークの木を削った頑丈な骨格を使用。モコの毛の弾力を活かし、衝撃を吸収する体を作った。頭部には、細い毛を巻いて角のような突起を付け、力強さを強調。目は赤い石で、燃えるような意志を表現した。「君は『ボル』。みんなを守る盾だ。」命を吹き込むと、ボルはどっしりと立ち、毛糸の鎧がキラリと光った。ルナがボルのそばで軽く跳ね、リナは二人の対比に笑った。


野鳥キリの羽毛:軽やかな斥候


 キリは、村の森で怪我をしていた野鳥で、リナが治療した際に集めた羽毛だった。キリの羽は青と緑が混ざり、風に揺れるたび色が変わる。リナは羽毛を傷つけないよう、指でそっと整えた。羽は軽く、通常の紡ぎでは糸にできないため、彼女は特別な方法を選んだ。羽を細かく刻み、羊毛と混ぜてフェルト状の布を作った。洗浄はせず、森の清涼な香りを残した。


 リナはフェルトを薄く伸ばし、鳥の翼のような布を裁断。芯材には葦を使い、軽量な体を作った。羽の先をそのまま使い、翼と尾を飾った。顔には、キリの小さな羽で鋭い嘴を表現し、目は黄色のビーズで遠くを見通す視線を再現。「君は『ソラ』。空を舞う目だよ。」命を吹き込むと、ソラは工房の天井を滑るように飛び、羽毛がキラキラと光った。ヒカリがソラを追いかけ、工房は一瞬、生き物の楽園のようになった。


絆の瞬間


 作業を終え、リナは新たに生まれたルナ、ボル、ソラを棚に並べた。コロのヒカリが、仲間たちに囲まれ、尻尾を振るように揺れる。リナは疲れを感じながらも、胸に温かい喜びが広がった。「ミケ、モコ、キリ…みんなの毛が、こんな素晴らしい子たちになったよ。」彼女は動物たちとの時間——ミケの気まぐれな仕草、モコのどっしりした歩み、キリの自由な飛び方——を思い出し、それが人形に宿っていると感じた。工房のろうそくが揺れ、人形たちの目が一斉に光る。リナは微笑み、明日の冒険に思いを馳せた。


霧の中の散歩


 霧織町の朝は、霧が薄く漂い、草の香りが空気に溶ける。リナは工房の扉を開け、肩に小さな布袋を掛けた。袋の中では、ヒカリ、ルナ、ボル、ソラ——彼女が動物の抜け毛で作った人形たちが、折り畳まれて静かに眠っている。今日は村の動物たちのトリミングの日だが、その前に、リナはいつもの散歩に出かけることにした。動物たちと過ごす時間が、彼女の心を整え、人形たちに新たな命を吹き込むインスピレーションを与えてくれるのだ。


 リナはまず、農家の老犬コロを預かりに牧場へ向かった。コロはリナの足音を聞きつけ、ふさふさの尻尾を振って駆け寄る。「おはよう、コロ! 今日も元気だね。」リナは屈んでコロの頭を撫で、首に緩いロープを付けた。次に、雑貨屋の猫ミケが店の軒下から顔を出し、気まぐれにリナの足元にすり寄る。「ミケも一緒に行く?」ミケは「ニャ」と短く答え、リナの後をのんびりついてきた。牧場の羊モコは、リナが柵を開けると「メェ」と鳴き、のっそり近づく。最後に、森の入り口でリナが治療した野鳥キリが、木の枝からヒュッと飛び降り、彼女の肩に止まった。


 一行は、霧織町の外れを流れる小川沿いの小道を歩き始めた。コロはリナの横で軽快に歩き、時折草むらに鼻を突っ込む。ミケは道の端を優雅に歩き、蝶が飛ぶと鋭い目で追いかける。モコは少し遅れがちだが、草をむしゃむしゃ食べながらのんびり進む。キリはリナの肩から飛び立ち、木々の間を縫うように舞い、時折さえずりを響かせる。リナは動物たちの個性に微笑みながら、「みんな、自由だね」と呟いた。


 小川のせせらぎを聞きながら、リナは布袋に手を伸ばし、ヒカリを取り出した。コロの金色の毛でできた人形は、朝日を受けてキラキラ輝く。彼女は人形をそっと手のひらに置き、意識を集中させた。すると、ヒカリがピクリと動き、尻尾を振ってリナの指にじゃれる。リナは声を潜め、「ヒカリ、コロみたいに歩いてみる?」と囁く。ヒカリは小さく跳び、コロの後を追いかけるように道を進んだ。リナは動物たちに気づかれないよう、ヒカリを操る手を隠した。


 続いて、ルナ、ボル、ソラも袋から出し、試しに動かしてみる。ミケの毛でできたルナは、猫のしなやかさで石の上を跳び、まるでミケの影のよう。モコの毛のボルは、どっしりした歩みで道の端を守るように進む。キリの羽毛のソラは、リナの意志に応じて空中を滑り、キリと並んで飛ぶ。リナは四体の人形を同時に操り、額に汗が浮かぶが、動物たちと人形が調和する姿に心が弾んだ。「みんな、まるで本物の仲間みたいだね。」


 道の途中で、村の子供たちがリナを見つけて手を振った。「リナさーん! コロたち連れてる!」リナは笑顔で手を振り、人形たちを素早く袋に戻した。子供たちが近づくと、コロは尻尾を振って歓迎し、ミケは気高く顔を背ける。モコは子供に草を差し出され、嬉しそうに食べる。キリは木の枝に戻り、子供たちを見下ろす。リナは子供たちと少し話しながら、動物たちの世話を続ける。「コロの毛、きれいになったね!」と子供が言うと、リナはヒカリのことを思い、密かに微笑んだ。


 散歩の最後は、川辺の大きな柳の木の下。リナは動物たちを休ませ、コロに水を飲ませ、ミケの背中を撫で、モコの毛を軽く整え、キリに小さな木の実を差し出した。彼女は袋から人形たちを出し、木の根元に並べた。「今日もいい散歩だったね。みんなのおかげで、毎日が特別だよ。」霧が晴れ、朝日が川面を照らす中、人形たちの目が光り、動物たちの穏やかな息遣いが響く。リナは目を閉じ、この瞬間を心に刻んだ。トリミングの仕事が待つ工房に戻る前に、彼女は動物と人形に囲まれた幸せを噛みしめた。


霧の川辺のエルフ


 霧織町の朝、小川沿いの小道をリナは動物たちと歩いていた。コロが草むらを sniffing、ミケが優雅に尾を揺らし、モコがのんびり草を噛み、キリが木々の間を飛び回る。リナの布袋には、人形のヒカリ、ルナ、ボル、ソラが収まり、彼女の心は穏やかな喜びに満ちていた。川辺の柳の木が見えてくると、リナはいつものように動物たちを休ませようと足を止めた。だが、柳の木陰に、見たことのない影が揺れているのに気づいた。


 影は、細身の青年だった。長い銀髪が霧に溶け、尖った耳が朝日を反射する。彼はエルフだった。緑のローブをまとい、手には木の杖。リナが驚いて立ち尽くすと、エルフは微笑み、柔らかな声で言った。「霧織の娘よ、恐れず。私はフィン、森の旅人。この川の清らかさに惹かれて休息していた。」コロが興味深そうに近づき、ミケが鋭い目でフィンを観察する。モコは無関心に草を食べ、キリはフィンの杖に止まった。


 リナは緊張しながらも、「私はリナ、トリマーです。動物たちと散歩中なんです」と答えた。フィンはキリを指で軽く撫で、「動物と心を通わせる者か。素晴らしい」と頷く。すると、彼の目がリナの布袋に留まった。「その中には、特別な力が宿っているね。何だい?」リナはドキリとした。人形の秘密を隠してきたが、フィンの透き通った瞳に、嘘は通じそうにない。彼女は勇気を振り絞り、袋からヒカリを取り出した。「これ…私が動物の毛で作った人形です。動くんです。」


 リナは意識を集中し、ヒカリを操った。コロの金色の毛でできた人形は、尻尾を振って跳び、フィンの足元でクルリと回る。フィンは目を輝かせ、「なんと! 毛に命を織り込む技か!」と感嘆した。彼は杖を軽く振り、川面から小さな水の玉を浮かべた。「ならば、遊んでみよう。私の魔法と、君の人形の舞を合わせて。」リナは少し戸惑いつつ、フィンの楽しそうな笑顔に心を動かされ、ルナ、ボル、ソラも取り出した。


 遊びが始まった。リナは四体の人形を同時に操り、川辺を舞台に小さな物語を紡ぐ。ヒカリはコロの陽気さを模し、水の玉を追いかけて跳ねる。ルナはミケのしなやかさで、水の玉を軽く叩き、虹色のしぶきを散らす。ボルはモコの頑強さで、フィンが作った水の壁に立ち向かい、どっしりと守る。ソラはキリの軽やかさで空を舞い、水の玉を追いかけて急降下。リナの指は糸を引くように動き、額に汗が浮かぶが、動物たちの姿を思い浮かべるたび、力が湧いた。


 フィンは杖を振って水の玉を増やし、時には小さな水の鳥や魚を形作る。「君の技は、動物の魂を映す鏡だ!」と彼は笑う。ヒカリが水の鳥にじゃれつき、ルナが水の魚を追い、ボルが水の波を押し返す。ソラは水の玉をくちばしでつつき、キリと競うように飛び回る。コロは興奮して吠え、ミケは水のしぶきに驚いて飛び退き、モコはマイペースに草を食べ、キリはフィンの肩に戻る。川辺は笑い声と水音で満たされ、霧が朝日を受けてキラキラ輝いた。


 遊びが一段落すると、フィンはリナに近づき、「君の力は、ただ操るだけではない。動物との絆を形にする魔法だ」と告げた。彼はポケットから小さな青い石を差し出し、「これを人形に編み込めば、もっと強い命を宿せるよ」と囁く。リナは石を受け取り、胸が高鳴った。「ありがとう、フィン。でも、この力は村には秘密で…」フィンは頷き、「心配ない。エルフは秘密を守るのが得意だ。」彼はウィンクし、霧の中に消えた。


 リナは動物たちと人形たちを見回し、微笑んだ。コロが彼女の手に鼻を押しつけ、ミケがそっぽを向き、モコが「メェ」と鳴き、キリがさえずる。ヒカリたちはリナの意志で小さく動き、川辺の思い出を刻むように揺れた。彼女は青い石を握り、工房に戻る道を歩き始めた。「新しい仲間、作ってみようかな。」霧織町の朝は、いつもより少し魔法に満ちていた。



人形たちとの静かな一日


 霧織町の朝は、霧が柔らかく漂い、遠くで羊の鳴き声が響く。リナは珍しくトリミングの予定がない日曜日を迎え、工房兼自宅の木の扉をゆっくり開けた。窓から差し込む朝日が、棚に並ぶ人形たち——コロの毛のヒカリ、ミケの毛のルナ、モコの毛のボル、キリの羽毛のソラ——を照らし、毛糸の目がキラリと光る。リナは微笑み、「今日はみんなと、のんびり過ごそうね」と呟いた。彼女の心は、動物たちとの散歩やエルフのフィンとの出会いで得た温かな記憶に満ちていた。


朝:朝食と人形の「お目覚め」


 リナは台所で簡単な朝食を用意した。焼きたてのパンに、地元の農家からもらったハチミツを塗り、庭で摘んだミントを浮かべたお茶を淹れる。木のテーブルに腰掛け、窓の外でコロが農家の子供たちとじゃれる姿や、ミケが雑貨屋の屋根で昼寝する姿を想像しながらパンをかじる。モコは牧場で草を食べ、キリは森を飛び回っているだろう。彼女は動物たちの不在を少し寂しく思うが、今日は人形たちとの時間が楽しみだった。


 食後、リナは人形たちを棚から下ろし、テーブルに並べた。「おはよう、みんな!」彼女は意識を集中し、指を軽く動かす。ヒカリが尻尾を振って跳ね、ルナがしなやかに伸びをし、ボルがどっしり立ち上がり、ソラが羽を広げてテーブルを滑る。人形たちはリナの意志に応じ、まるで小さな生き物のように動き出す。彼女はエルフのフィンからもらった青い石を手に持ち、「これ、誰に編み込もうかな?」と考えるが、今日は急がず、ただ一緒にいる時間を味わうことにした。


昼:工房での遊びとメンテナンス


 午前中、リナは工房の片隅で人形たちと「遊び」を始めた。彼女は古い毛布を床に広げ、木のブロックや布切れで小さな「村」を作る。ヒカリはコロの陽気さを映し、ブロックの家を跳び越えて「探検」。ルナはミケの気まぐれさで、布のトンネルをくぐり抜け、時折ブロックを倒してリナを笑わせる。ボルはモコの頑強さで、ブロックの塔を守るように立ち、ソラはキリの軽やかさで毛布の上を舞い、空中から「偵察」。リナは人形たちを操りながら、動物たちの性格を思い出し、笑顔が絶えない。


 遊びの合間に、リナは人形たちのメンテナンスを始めた。ヒカリの尻尾に絡んだ糸をほどき、ルナのローブに緩んだ縫い目を補修。ボルの鎧には、モコの毛を少し足して強化し、ソラの羽にはキリの新しい羽毛を貼り付けた。彼女は小さなハサミと針を手に、まるでトリミングの時のように丁寧に作業する。「みんな、いつも頑張ってくれてるから、きれいにしないとね。」人形たちは動かず、静かにリナの手を受け入れる。窓から差し込む光が、毛糸の温もりを際立たせ、工房は穏やかな空気に包まれた。


午後:庭でのんびり


 昼食は、リナが残り物の野菜スープとパンで簡単に済ませ、庭に出た。工房の裏庭は、草花が咲き乱れ、小さな木のベンチが置かれている。リナは毛布を敷き、人形たちを膝に並べた。そよ風が吹き、近くの小川のせせらぎが聞こえる。彼女は人形たちを操り、庭で小さな「冒険」を演じる。ヒカリが草の間を駆け、ルナが花の陰に隠れ、ボルがベンチを守り、ソラが木の枝に止まる。リナは目を閉じ、動物たちの姿を思い浮かべる——コロの温もり、ミケの気高さ、モコの落ち着き、キリの自由。それらが人形に宿り、彼女の心を満たす。


 ふと、リナはフィンの言葉を思い出した。「君の力は、動物の魂を映す鏡だ。」彼女は青い石をポケットから取り出し、ヒカリの胸にそっと当ててみる。「これで、もっと強い絆を作れるかな?」ヒカリの目が一瞬強く光り、リナは驚きと喜びを感じた。だが、今日は試さず、ただ人形たちと風を感じることにした。彼女はベンチに寝転び、人形たちを胸に抱く。「みんな、ずっとそばにいてね。」そよ風が毛糸を揺らし、人形たちは静かに寄り添った。


夕方:工房での静かな締めくくり


 夕暮れが近づくと、リナは工房に戻り、ろうそくを灯した。彼女は人形たちを棚に戻す前に、簡単な「物語」を演じた。テーブルに布を広げ、ろうそくの光で影を作り、人形たちに小さな役割を振る。ヒカリは勇敢なリーダー、ルナは賢い助言者、ボルは忠実な守護者、ソラは遠くを見通す斥候。リナは人形を操りながら、霧織町を守る冒険を即興で語る。物語の最後、ヒカリが「仲間」を救う場面で、リナの声は少し震えた。「みんながいれば、どんな困難も乗り越えられるよ。」


 物語が終わると、リナは人形たちを棚に並べ、そっと撫でた。「おやすみ、ヒカリ、ルナ、ボル、ソラ。今日も楽しかったね。」ろうそくの光が揺れ、人形たちの目が最後にキラリと光る。リナは窓の外を見やり、コロたちが待つ村を思う。明日からはまたトリミングの仕事が始まるが、今日の静かな一日は、彼女の心に深い安らぎを残した。


 リナはベッドに潜り、青い石を枕元に置いた。「フィン、いつかまた会えたら、もっとすごい人形を見せるよ。」彼女は微笑み、目を閉じる。霧織町の夜は静かに更け、工房では人形たちがリナの夢を守るように佇んでいた。

ふわふわのもふもふ


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