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5、【友好の印】

レーヴンと打ち解けるのに、時間はほとんど必要なかった。


あたしと彼は家に入り、テーブルを挟んで椅子に腰掛け、向かい合って話した。 彼は地球のアニメや漫画にやたらと詳しくて、しかも趣味がめちゃくちゃ合う。 話題が尽きるどころか、彼が次から次へと投げてくるから、こっちは反応するだけでも忙しいくらいだった。


会話の流れで、わかったことがひとつある。 あたしが身投げしてから、転生までのタイムラグはほぼなかった――どうやら死んだ直後にこの世界へ来たらしい。 その事実自体は些末なことだったけれど、思い出してしまうのは“彼女”のことだった。 前世で、交際していた彼女。


あたしが上司を殺したとき、彼女はそこにいて、咄嗟に気絶させて――置き去りにした。 本当に好きだった。将来のことも、少しずつ話してた。 でも、うつで休職してからは、情けなくて顔も合わせられなかった。 元気になったら連絡しよう――そう思ってた。 なのに、最後の言葉さえかけずに、勝手にこの世を去った。


ここに来てようやく、自分が何をしたかを俯瞰して見られるようになった。 だから何だって話だけど、それでも、あの子が幸せであってくれればいいと願うくらいは許されると思う。 会いに行こうとは思わない。行く資格なんて、ないから。 でも…もし叶うなら、遠くから一目だけ、様子を見られたら。


それくらいなら――思うだけなら、許されるでしょ?


「もうそろそろ日が落ちてきたな。帰らなくていいのか?」


「帰らなくちゃ」


「どこで寝泊まりしてるんだ?」


「ひみつ」


「あっそ」


「……ってのは冗談で、あっちの方のお城に住んでるの」


「……へえ、お姫様か?」


「かもしれない」


「いや冗談で言ったんだけどな。地球人のお姫様が、こんな辺境で暮らしてるとか…ホント不思議だ。もしかして次は、ゼウスとか出てくるかもな」


レーヴンが肩肘ついて空を眺めながら、ぽつりとつぶやく。 あたしは冷ややかな目でそっちを見て、つい吹き出しそうになった。


この家のある土地にはレーヴンも馴染みがないらしい。 もともと拠点だけ作って別の任務に出ていたけど、再びこの地域で依頼を請けて戻ってきたのだそうだ。 彼の仕事は――ざっくり言えばトレジャーハンター。調査や冒険を生業にしてるらしい。


「神様かあ…。ちょっと会ってみたいかも。どんな奴なのか見てみたい」


「だろ! 全知全能ってやつは、偉そうでムカつく野郎かもな。暴言吐かれたら耐えられる自信がねぇ。敬礼の練習しとくか!」


夢中で妄想語りを始めるレーヴン。目をキラキラさせているその顔を、あたしはちょっと羨ましく思った。 あたしにとっての“神様”は、あまりに理不尽な力で人生を塗り潰す存在だったから。


…もし本当にいるなら、文句のひとつでも言いに行ってやりたい。 それでも――彼みたいに夢を見ることを否定はしたくない。


「男の子って、そういうとこあるよね」


つい、口元が緩んでしまう。 するとレーヴンは笑いながら、軽く肩をすくめた。


「いやいや、性別関係ないだろ。ワクワクは誰にでもあるもんさ。 そこに宝があるかもって思えば心が動くだろ?  もしかしたら、運命の人がそこにいるかもしれない、って思ったら飛び出したくなる。もしかしたら、世界の中心に自分がいるかも――ってな。そうなったら俺は主人公だよ。俺の物語を、どこかで誰かが読んでるかもしれない」


「いや言いすぎでしょそれは」


「たとえ話だよ。夢を持って、知らない航路を行けるうちに突き進んでさ――それで俺は…満足して、」


「して?」


「んー、老後にのんびり暮らす。安定って大事だろ?」


「一気に現実味出してくんのやめて!笑」


「だって動けなくなるんだぜ? 若いうちに後悔を消しとかないとな。ツケがたまると死にきれない」


レーヴンが窓の外へちらりと目をやる。


「……そろそろ帰る時間じゃないか?」


「あ、うん。帰る」


「ああ、ちょっと待った。これ渡しとく」


彼が懐から取り出したのは、懐かしい形の通信端末だった。 一瞬ガラケーかと思ったけど、微妙に違う。


「これで連絡取ろうぜ。馴染みある形だろ?」


「古っ。でもまぁ、ありがと」


「文句言うなっての。動けばそれで十分だ」


端末を受け取り、軽くお辞儀をして玄関へ向かうと、背後から声が飛んでくる。


「そういえば――まだ本名って教えてくれてないよな?」


「……ナツキ」


「ナツキ? 苗字は?」


「ない。ただのナツキ」


「なるほど。ナツキ、ナツキ……いい名前じゃん」


彼は腕を組みながらその名を何度か口にしていた。 少し変わってるかもしれないけど、あたしの最初の名前だ。


両親がくれた、大切な名前。


「ねえ、また……明日も、ここにいる?」


「午前中は出てると思うけど、午後には戻るはずだ。どうした?」


「なんとなく。聞いてみただけ」


「さいですか」


あたしは椅子からぴょんと跳ねるように立ち上がり、丁寧に頭を下げた。


「今日はありがとう。じゃあ、また」


「おう。またな」


この世界が“異世界”じゃなかったとしても―― こうして地球から来た誰かと出会えるなんて、思いもしなかった。


今日は、本当に嬉しい一日だった。 レーヴンは少し変わってるけど、明るくて話しやすいし、やっと普通に“人”と接せられた気がする。


あとは村か街を見つけて、住まいと仕事を確保して、静かな生活を始める。 できればストレスフリーで、穏やかな場所で――人として、ちゃんと生きてみたい。


結婚もしてみたいけど……男の人に恋できるかはまだ自信がない。 でもそれは、きっとそのうちわかる。

そんなことを思いながら、あたしは夜の森を歩いて帰った。


ーーレーヴン視点ーー


あの少女――カーミラ。 最初は全身から「触れるなオーラ」を撒き散らしていて、少しでも気を抜いたら拳が飛んできそうな雰囲気だったが、地球人だとわかった瞬間、あらゆる手間が一段階軽くなった。


地球ネタで間をもたせつつ、趣味を合わせておけば会話のフックになる。 それに、こういう“孤立した状況”ってのは、ちょっとした共通点が心の扉をノックしてくれるものだ。あの様子じゃ、長くひとりでいたんだろう。気持ちはわかる。孤独は、効く。


「タネは仕込んだしな。しばらく様子見でいい」


あいつに渡した通信端末には、さりげなく発信機が仕込まれている。 まずは棲み処の特定。生活パターンの把握。それから接触の“必要性”を見定める。


仕事脳は絶好調。冷静に分析して、成果を積むために動く。 でも、もう片方の“感情回路”がこっちをジッと見てくる。 ――それは、卑怯じゃないのか? ――相手の善意を、利用していないか?


「……ほんとめんどくせぇな、感情ってやつは」


星々が沈黙する銀河の片隅で、まさかの“同郷人”に出会うとは思ってもいなかった。 地球出身者がどんな経緯でここに来たのか、それすらも今は関係ない。 今の俺には、仕事がある。情報を引き出し、依頼を全うする。それだけ。


「仕事じゃなけりゃ、こういうのも楽なんだけどな。……全部、老後資金のためだよ。悪いけど」


ふと腰に視線を落とす。さっきまでは装備していなかったパルスガンが、今は確かにそこにある。

念のための備え。――けれど、それが自分の選択の重さを物語っている気もする。


窓の外を見上げる。 そこには、地球では決して見られない光景――赤、青、黄、三つの星が、夜の空を異様な光で照らしていた。 違う世界、違う空。けれど、出会った少女の中には、確かに“地球”の記憶が息づいている。


「――さて、どこまで踏み込むべきか、だな」


静かに、銀河の風が窓枠を揺らした。

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