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4、【赤い革ジャンのナイスガイ?】

「……ごめんなさい。私の名前は――カーミラ」


「カーミラ、か。いい名前だな。俺はレーヴン。よろしくな」


彼はそう言って、家の中から椅子を二つ持ってきた。 そのうちの一脚にまたがるように座り、背もたれに腕を預けてゆるく前かがみになる。


私はというと――座らなかった。 椅子の前に立ち、軽く腰を落として構えを保つ。 立ったままでいるのは、ただ警戒しているからではない。 “あの時”の記憶が脳裏にこびりついていて、今も私の身体に冷たい拒絶を走らせる。


レーヴンの視線がわずかに鋭くなった。


「……そんなに警戒しなくてもいいと思うんだけどな。ま、いいさ。ちょっとこっちから先に言わせてもらっても?」


「……うん」


「さっきの小屋、金目の物も食料も大したもんは置いてない。アレはただの仮拠点だ。滅多に使わないし、正直、がっかりすると思うぜ」


「べ、別に……盗む気で入ったんじゃない」


「ほう? じゃあ何を探してた?」


「……関係ないでしょ」


「ふむ。ま、そこは掘り返すつもりはない」


椅子にもたれていた彼がゆっくりと体を起こし、首を鳴らすように音を立てる。 次にこちらを見たときの目は、さっきよりもずっと鋭く、よく鍛えられた狩人のような光を帯びていた。


「ひとつ、どうしても聞いておきたいことがある。いいか?」


「なに?」


「……なんで、日本語が喋れる?」


瞬間、背筋が氷のように冷たくなった。 この異世界に“日本語”という単語が存在している――その事実に本能的な警戒心が沸き上がる。


私は日本語を話している“つもり”はなかった。口から出ていた言葉が、自分にとって自然だった。それだけのはずだったのに。


どうする、どこまで話す? 顔に出てないだろうか? 平静を装いたいのに、頭の中はぐちゃぐちゃに混線している。


「……そんなにビビらなくてもいいんじゃない? 俺も日本語、話せてるしさ。仲間じゃん、俺たち。 しかも君、ここの言語とも混ぜながら喋ってるし。器用だよね。すごいと思う」


混ぜているつもりなんか、まったくない。私は、ただ、話してるだけだ。


「……“仲間”って、どういう意味?」


「そのままの意味だよ。カーミラちゃん――君、地球人なんでしょ? 俺も一応、地球人だからさ。ここで君と会えたのが嬉しいんだ」


……地球。 その名を聞いた瞬間、記憶と想像がごちゃ混ぜになる。 本当に地球がある? 私はそこから来た? それともただ、転生して似た言語を持つ世界に紛れただけ?


「それに、“カーミラ”って名乗ったろ? 地球じゃ有名な吸血鬼の名前じゃないか」


「……」


顔を逸らしてしまった。 隠すつもりはなかったのに、突かれたことで自分の小さな嘘が浮き彫りになった気がした。 レーヴンは少し間を置いてから、優しい声色に切り替えた。


「……まぁ、気にすんな。事情なんて話したくなるまで言わなくていい。俺が知ってるのは、君が今つらそうだってことだけだから」


低くて落ち着いた彼の声が、なぜか耳に心地よく届いた。 その響きに、胸の奥が少しだけほぐれていくのが自分でもわかった。


「話したくないわけじゃ……ないんです」

「そっか。それじゃ、何が怖いの?」


「……身体の大きい男の人が、怖いんです……」


「えっ? いや、だって君、めっちゃ強そうじゃん? さっきの動きを見たらわかるよ」


「……」


「うーん……俺が小さくなれたら良かったんだけどなぁ。その手の魔法、習ってないんだよね」


ーーー不意に、懐かしい声がよみがえる。 1度目の人生で出会った、優しくて大切なあの人の言葉。


「……その……時間を、かけて……私に話す機会を頂ければ……だから、困らないでください」


「そっか、うん。それでいいよ。カーミラちゃんって呼べばいいんだよな? 改めて、よろしく」


レーヴンさん、実はそれも問題で……。あたし、今の本当の名前、知らないんだよね。――ほんと、どうしよう。

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