30、【敗戦、飛び立つ】
何……!? 今の音、何なの……!
背中が凍るような衝撃が、街に響き渡った。
上から叩きつけられたような轟音に、私は思わず耳を塞ぎ、その場でしゃがみ込む。
足が震える。
でも、それより先に心が揺れていた。
ユーリィがまだ、戻っていない――
何かが、起きている。
そう思った瞬間には、私はもう走り出していた。
「はぁっ、はぁっ……ユーリィっ……どこぉ……!」
息が追いつかない。喉が痛い。
日頃の運動不足を呪うように、身体が思うように動いてくれない。
膝が軋んで立ち止まりそうになる、そのときだった。
「おいおいおいお〜い! ユウカさんじゃねぇか! どうしたんだい、胸押さえて、顔真っ青じゃねぇかぁ!」
鋭く響く声とともに、草をくわえた男が駆け寄ってくる。
ガブさんだ。両手にはなぜか、草刈り用の鎌を握ってる。
「ガブ、さん……? な、なんでそんな……武器なんて……!」
「へっへっへ、こいつぁぁ道具ってやつさ〜! そりゃぁ、俺っちの手に馴染んでるのがこれだっただけでよぉ。ま、久しぶりに戦の匂いがしてきただけさぁ!」
「や、やめてよそんな……! 冗談じゃ済まないってばぁ!」
「ありゃ〜、でもなぁ、冗談みてぇな音してたじゃねぇかぁ? そりゃもう、昔の本気のやつそっくりさぁ」
会話に身体が追いつかない。
息が上がり、膝が抜けそうになる。
震える足にもう一度力を入れようとした、その瞬間。
ヒュンッ――!
風を切る鋭い音。
何かが、横をかすめた。
「うおっとっとぉ!」
ガブさんが私に飛びかかるように覆いかぶさる。
地面に叩きつけられた衝撃と同時に、すぐ横の壁に矢が突き刺さっていた。
「な〜にぃ……こっち狙ってくるとは、礼儀知らずもいたもんだぁ」
言い終えるなり、彼はくるりと身を転がしながら鎌を手にとり、
矢の射出方向へ向けて、迷いなく腕を振りぬいた。
回転しながら飛んだ鎌が、物陰から顔を出していた敵兵の眉間を、容赦なく貫いた。
「ひっ……」
言葉にならない悲鳴が喉を這い上がる。
私の目の前で、人が――。
震える両手を握りしめていると、ガブさんが私に手を差し出した。
「さ、立てるかい、ユウカさん。ここでへばってると、もっと痛いもんが来るぜぇ?」
「う、うん……ありがとう、ございます……」
掴んだその手には、驚くほどの安定感があった。
「しかしまぁ、昔っから変わらないねぇ。“何かあったら真っ先に向かう”……それがユウカさんの悪い癖でもあって、好きなとこでもあらぁな」
「……やめてください、茶化すように言わないで……」
「おっとぉ、ごめんなさぁい。……でもな、動けなくなる前に一発食っといた方がいいんだぁ」
そう言うと、パチン、と目の前で手を打った。
驚きに喉が詰まり――不思議と、込み上げていた吐き気が引いていった。
「嘔吐すると、戦場じゃもう動けねぇ。……俺、そうやって死んでった仲間、何人も見てきたさぁ。ユウカさん、戻るなら今だぜぇ。 戦場ってのは、一秒の判断が命の差になる場所なんだぁ」
けれど私は――首を横に振った。
「おーい! デン! グウ! 武器は見つかったかぁ!?」
ガブの叫びに応じて、向かいの古びた物置小屋の扉が内側から強く開く。
月明かりの中、埃を巻き上げて現れたのは、剣を片手にした長身の男と、巨大な皮のグローブを手にぶら下げた太い腕の男だった。
「何とかな。……だが“傷剣”を師匠に返したのは、早計だったかもしれん。あれさえあれば、千人斬りも可能だった」
「何だ? 一人で十分だったって言いたいのか? じゃあ俺だって、“巨拳”を壊さなきゃ、あのくらいの連中まとめて捻ったさ」
「言ってろ」
「言ってるさ。言ってるだけで終わんねぇのが俺だ」
火花が散りそうな眼光を交わしながらも、互いの歩調は寸分違わぬまま、静かに並んで前へ出る。
その様子を見て、ガブがいつもの調子で吹き出した。
「なんだいなんだい、久しぶりに揃ったねぇ、この感じ。言い争ってるくせに、歩幅はバッチリかい?」
「喋りながら息切らしてるお前ほどじゃないさ」
「んなこたぁないさ〜。俺っちだって意外とバランス型よ〜?」
「バランスってのはな、静かにやるもんだ」
「そっちは静かすぎるんだってば。まぁいいさ、三人揃えば、十分やれるってことさぁ」
グウが小さく鼻を鳴らし、肩をぐるりと回す。関節がゴキゴキと音を立てた。
デンはすでに剣の柄を確かめながら、じっと空を睨んでいた。
「……盾が飛んでるな。旋回している。……ユーリィか」
「派手にやらかしてくれてるねぇ。ありゃ、見逃せねぇ」
「追うぞ。……あれを基点にすれば、状況の中心が見える」
「ったく、結局また巻き込まれる形かい。気が抜けねぇな……!」
「……抜くな。今回は、本物の“戦”だ」
三人の足音が、石畳を打つ。
月光の下、かつての親衛隊が静かに戦場へ戻っていく――その気配は、もう冗談のひとつも挟めないほどに、鋭く研ぎ澄まされていた。
「……行くぞ。話は終わりだ」
デンのその一言で、場の空気が変わった。
剣を握る拳に迷いはない。
前に進む。それ以外の選択肢は、彼の中にはなかった。
「はぁ〜、デンの奴、相変わらず無愛想でさぁ。けどまぁ、そこがいいんだけどよ」
グウが肩をすくめ、皮手袋を叩いて仕度を整える。
「おいおい。こりゃ仕方ねぇ。俺たち、ユウカさん護衛任されたみてぇなもんだろぉ? ちゃんとやってこーぜぇ」
「任された覚えはないがな。……ただ、守るとは決めた」
「なーんだぁ。お前だって、ちゃんと気にしてんじゃねーかぁ。やっぱ隊長肌は伊達じゃねぇ」
ガブはくしゃりと笑うと、腰の鎌をくるりと回して投げ直し用のリングに収める。
デンはユーリィの盾の軌道を睨み、グウは誰にも聞かれぬように自分の指を一度だけ鳴らした。
「盾の飛翔は一定軌道を描いてる。速度と角度は、街の中央に向かって落ちていく形だ。目標は、そこ」
「目と頭は相変わらず冴えてんなぁ……グウ」
「冴えてんのはお前の口じゃねぇか?」
「ったく、仲良しね。ふふ」
ユウカが呆れ半分で呟いた。
でも、その声には少しだけ、安心の色が混じっていた。
「……さて。ユウカさん。心の準備はいいかい?」
「え?」
「行くぜ」
次の瞬間、ガブがユウカの手を取り、デンが一歩前に出て、グウが無言で先行し、剣を構えた。
三人の歩調が合う。
まるでずっとこの時を待っていたかのように、迷いのない連携だった。
「ライラの底力、見せてやろうじゃねぇか。……俺たちが、何を守ってきたのか――!」
石畳を蹴り上げて、三人とひとりは、夜を裂くように駆けていった。
その先に待つのが絶望でも、誰かの涙でも――
背を向けることだけは、きっと彼らにはできなかった。
ーーーキイ視点ーーー
「…………」
「久しいな、キイ。いや、ここでは“ユーリィ”と呼ぶべきか?」
私の瞳にはもう、陽の色は宿っていなかった。
けれど、奥底に宿っていた“炎”だけは、まだ消えていない。
目の前に立つのは――ユウ・ヴァン・アイスハイト。
シュルド王国を束ねる“王”。
だが今日の彼は、王冠を捨てた“武人”の顔をしていた。
赤髪短髪。軽装で身を包み、無駄がない。
目元は鋭く、それでいてどこか冷たい。
……昔、誰かが“英雄の顔だ”と語った、その輪郭だった。
「言葉も返せぬか。無理もない。其方から見れば、我は“悪逆”の王だろう」
「……」
息をするのも苦しい。
言葉なんて、もう残っていない気がした。
「復讐に来たのだろう。……余にはわかる。正義ではなく、怒りでここに立っていると」
私は答えなかった。
「あるいは……お前の心そのものが、もう死んでいるのか。闘争本能のまま、ここへ舞い降りたのか?」
その言葉に――静かに、右腕を上げる。
バシュッ!
空を割く音と共に、私の元へ――あの盾が戻ってきた。
この盾だけが、私を私に繋ぎとめてくれている。
両手で構えるよりも先に、私は投擲の体勢へと移っていた。
「……それはさせん」
ユウ王が片手をわずかに上げた。
「重力魔法、発動しろ」
「はっ!」
兵の唱えと共に、周囲の空気が急激に沈む。
空間そのものが私の身体を押し潰す。
足が――地面にめり込む。
「くっ……あ、ああああ……っ!」
抗うも、盾は地へと滑り落ちた。
身体が、言うことをきかない。
いや、心がもう、言うことを諦めかけていた。
「……手早く終わらせてやろう。許しは求めぬ。だがこれも“平和”のためだ」
「……平和? あなたの言う“平和”って、なんですか……」
「秩序だ。“力”が過剰に膨れぬよう、均すこと。それが唯一の安定だ」
「エアデールが……!」
息が詰まった。
声が、震える。
膝を突いたまま、私はただ、顔を上げる。
「エアデールが、あなたの“秩序”のせいで……あの子が!」
涙が、頬を滑る。
けれどこれは悲しみじゃない。
自分が、なにもできなかったことへの――悔しさ。
「……心臓を狙え。いいな、苦しませるな。終わらせろ」
ユウ王が部下に命じた。
「……っ」
沈黙。
ただ一人、前へ出た兵士――彼は、私を知っている顔だった。
「……皇帝……私には……」
彼の手が震えていた。
「私には、キイ殿を……」
視線を伏せる彼の目尻から、一滴の涙が落ちる。
「……あの時、私が死にかけたとき、彼女が――私を……あの盾で、守ってくれて……」
「だからこそ、お前に命ずる。 迷いのない魔術を放てるのは、お前だけだ」
「迷いの、ない…? ……私を、救ってくれた人を……殺す為に生き延びたというのですか……?」
「そうだ。お前は“平和”のため、赦されて生かされた。……ならば、それを果たせ」
兵士は、顔を上げた。
その瞳に、ただ涙が――流れていた。
「……っ……!」
彼だけじゃない。
周囲に控えた兵士たち――
兜に隠れた顔、その多くが、**伏せられていた。**
誰一人、前を向いていなかった。
「感情を切り捨てろ。心を残すな。……それでは、“平和”は築けぬ」
「……!」
兵士の手に、光が宿る。
私を貫くための、魔術の矢。
その矢は、痛みを与えず、私を終わらせるのだという。
けれど――
その構えの中に映った彼の顔は、まるで、“自分”を殺そうとしているように震えていた。
「キイさん!」
鋭く飛んだ石つぶてが、重力魔法を詠唱していた魔術師の額を撃ち抜いた。
致命傷にはならずとも、その一撃は魔法を中断させるには十分すぎた。
地面に押し潰されていた重力が解け、空気が弾ける。
その瞬間、白馬に跨ったザインが駆け込んでくる。
韋駄天のごとく、迷いのない速度で――
彼は迷わずキイの元へと身を伸ばし、片腕で彼女の身体を引き上げた。
「ッ……!」
もう一方の腕は白馬のたてがみに絡みつき、己の体重を支える。
そして、そのまま馬体を揺らしながら戦場を抜けようとする。
それを見たユウ皇帝が冷静に命を下した。
「氷雪魔法で足場を凍らせろ。急げ」
命令を受けた魔術兵の詠唱が響き、地表に薄氷が這い始める。
だが――白馬は転ばなかった。
まるで浮いているかのように蹄が軽く、速度は衰えずに進んでいく。
「退路を断て。大地魔法で前方に壁を築け」
別の魔術兵が詠唱に応じ、地面が唸りを上げて隆起する。
白馬の進行方向に厚い壁が形成された。
だが――白馬は怯まず、その壁を垂直に駆け上がった。
「王手だ。大風魔法で吹き上げろ。雷雲で感電させろ。
痺れているうちに光魔法で射殺せ」
「……うぅ……!」
命じられた魔術兵の顔が歪む。
彼は内心、彼女が逃げ延びることを願っていた。
それでも、命令は遂行された。
風が唸り、白馬は宙に放り投げられる。
続けて放たれた雷撃が、真っ直ぐ彼らを貫いた。
空中で、痙攣する身体。
しかし、即死を避けるよう雷は加減されていた。
「すま、ない。キイ、さん……カックー……意識はあるか……?」
「ギリギリ、っす……」
キイは声を発さなかった。
現実を拒むことも、受け入れることもできず、ただ目を閉じていた。
だが、光は近づいていた。
遠くから拡散していた光が、ひとつの塊に収束し始める。
魔術による処刑――それは最終段階へと移ろうとしていた。
「くそ……間に合ったと……思ったのに……」
「先輩……ごめんなさいっす……」
「ザイン。お前は殺さない。安心するといい」
静かにユウ皇帝が近づいてくる。
その足取りはゆっくりで、しかしまったくの隙がなかった。
背に負った大剣は、ただの威圧ではない。
彼の剣技が、その存在を証明していた。
「陛下……なぜ……」
「平和を維持するために、力は要らない」
それは語りかけというより、呟きに近かった。
「平和は、対等な立場と、相互の理解によって築かれる。
だが、“力”を持ちすぎた者は、それを壊す」
「女……たち……とは……誰のことですか……」
「ウィズという少女がいるな。ハロルドから報告を受けた。
人を瞬時に死滅させる力を内包していると」
「……! そんな……彼女が、そんなことできるわけが……!」
「余も、最初は信じなかった。だがハロルドが素っ裸で戻らねば信じなかっただろう。
奴の服は、彼自身の魔術と同質の性質を持っていた。それが破壊された。
それだけで、信じるに足る」
ユウ皇帝は、なおもキイの方へと向き直る。
「神剣の力を扱えるとはな。アズル以外は使えぬと思っていたが――
お前も同類だ。
この平和を維持するため、武具は我が国で一括管理とする。
“適量”の力ある者は迎え入れる。
だが、“お前”と、“少女”は――排除する。処刑だ」
光弾が、完成する。
光が収束されていた空間が、静かに光弾の一点へと集まり始める。
ユウ皇帝が背を向け、兵たちの元へ戻ろうとした、その時。
彼の背後に、誰かが立っていた。
「お久しぶりです。皇帝」
その声とともに、首元に剣が添えられた。
――ディミトリだった。
「お久しぶりです。皇帝」
「お前、剣狼か。久しいな。衰えてないか?」
「ええ、足にはガタがきていると痛感していたところです」
「私の背後を取っておいて、それを言うか」
「影歩はまだ使えるようでして」
「……それは良い。その技術、我が国に貢献したくはないか?」
「遠慮させていただきます」
ディミトリの声が冷たく張り詰める。
「シュルド王国の兵たちよ!! 其方らの将の首は我が手中にある! 軍を引け!!」
声が空気を裂いた直後。
「ユーリィ!!」
――この声は……母さん?
痺れていた身体の感覚が、戻りはじめていた。
指先が、わずかに動く。
「……母さん……?」
キイはゆっくり首を持ち上げる。
視界が滲んでいる。その先に、泣きながら走るユウカの姿が見えた。
「心配したんだから……!」
すぐ傍には、ガブ、デン、グウ――見知った顔ぶれが揃っていた。
その光景に、ようやく何かが繋がっていく。
「おめぇら! この二人と、一匹の馬かぁ!? 担いで逃げるぞぉ!」
「了解した」
「おう!」
ガブがキイを背負い、デンがザインを、グウが白馬を担ぎ上げる。
躊躇いは、一切ない。動きは洗練されていた。
その場の空気がほんの一瞬、緩んだ。
……しかし。
「この手を使うとは、思わなかった」
ディミトリの前から、ユウ皇帝の姿が煙のようにかき消えた。
指輪が光を放った次の瞬間――彼はまるで存在をすり抜けるようにして消えたのだった。
「これは……ユエの魔術だ……!」
ディミトリが顔をしかめて叫ぶ。
「し損じた!! 皆、逃げるのだ!!」
その声が響いた時には、すでに空が染まっていた。
上空。
無数の氷柱が、まるで矢羽根のように静かに宙に留まっていた。
次の瞬間、それが一斉に落ちてくると分かる。
誰が見ても――“全滅級”だった。
「こりゃぁ、年貢の納め時ですかいぃ!!」
「バカ言うな! 走れ!!」
「走っても変わらねぇだろうが! 迎え撃つしかねぇ!!」
三人の怒号が交錯する中、ユウカが泣きながら叫ぶ。
「どうにかならないんですかっ!!」
その一声が、空すら切り裂くようだった。
そして、答えは――空からやって来た。
「――これならどうですか!!!!!」
空中に展開されていた氷柱が、霧のように溶けて消えた。
その向こう、旋回する漆黒の船体。
船の腹が開き、一人の少女が、床にへばりつくようにして飛ばされまいと必死にしがみついている。
「な、なんですかいぃ!? ありゃぁ……!」
「夢でも見てんのか、俺は……」
「なんでもいい! 助けてくれるなら、なんだっていい!!」
「ナ、ナツキ!!!」
「ウィズさん!!!」
「ウィズちゃ……う……」
「ウィズ様!」
「ウィズちゃん……!」
怒涛のような叫びが飛び交う中、船の中からナツキの声が響いた。
「どうにかして、この船に乗ってください! 脱出できます!!」
「下ろしてくれ! ガブ!」
「お、おうさぁ!!?」
「ディミトリ! あれくらいの距離なら跳べるだろう!! 母さんを頼む!!」
「――わかりました!」
ディミトリは即座に地を蹴り、ユウカを抱き上げ、そのまま宙へと跳び上がった。
風を切って、空へ。
船の開口部へと滑り込む。
その姿を見届けながら、キイは震える腕を掲げる。
「来い!!」
彼女の呼びかけに応じ、大盾が空を裂いて飛び出した。
向かう先はキイの手ではなく――空に開いた船の入口。
「ガブ! デン! グウ! どこでもいい! 私に掴まっていて!!」
「マジっすかぁ!? これかいぃ!!?」
「まさか、俺がここで体験するとは……!」
「腹括れ!!」
地を蹴る。
空気を震わせ、6人と1頭が宙を裂いた。
そしてその背に、運命を乗せた大盾が、静かに導いていた――
白馬が空を裂く。
その背に担がれたキイとザイン、片腕で馬を抱え上げたグウ、そしてそれぞれにしがみつくガブとデン――
すべてが引き寄せられるように、開かれた宇宙船の出入り口へ向かって一直線に跳躍する。
「え、そんな感じでくるのぉ!?」
ナツキの叫びが、風圧と驚愕に混ざって船内に響いた。
彼女は驚きのあまり四つん這いになって、その場から慌てて奥へと身を滑らせる。
船体に叩きつけられるようにして、先に到達したのは――大盾。
巨大な質量が勢いそのままに飛び込んだはずなのに、不思議と衝突音はしない。
なにか見えない“緩衝の手”に包まれたように、ただ静かに、内側の床を滑った。
その直後に、6人と1頭の巨体が次々と吸い込まれていく。
ドサッ、ドンッ――重い音が連なる。
だが、誰一人ぶつかり合うことなく、不思議な重力の反転に導かれたように次々と床に着地する。
呻き声も、安堵の吐息も、みんな声にならない。
乗れた――確かに、それだけが全員の胸を突いていた。
最後に船底の扉が、警告灯を残してゆっくりと閉まり始める。
その閉じ際、手元のパネルに手をかけていた一人の男が声を発した。
「おっけ〜い。愛しの宇宙へと上がっちゃって〜! タルホちゃ〜ん、ズバッとね〜!」
声は軽いが、手の動きは迷いがなかった。
そして通信端末越しに返った、少し呆れたような声。
「うるさい。いつも他人任せなんだから……!」
この船――あの光景――そして今、足下に確かにある“逃げ延びた温度”。
すべてが混ざり、誰もがただ黙り込んだ。
ーーーナツキ視点ーーー
……なんとか、上手くいった。
飛び交う魔法、雷鳴、氷柱の雨――その全部をかいくぐって、みんな、乗ってきてくれた。
(さて……これからどうする)
考えなきゃいけないのに、胸の鼓動がまだ耳の奥で跳ねてて、
頭が上手くまわらない。
(どうするも何も……いろんな人、巻き込んじゃった……)
屋敷にいた人たちも、逃げ出してきた兵も、そして……あの人たちも。
この船に詰め込んで、飛び出してきたのは、誰のため? 私の判断?
(……後で考えよう。後悔は後回し。今は――)
……今は、動けるうちに動くしかない。
止まったら潰れそうだ。誰より先に、自分が。
私の背後、船室では誰かが咳き込んで、誰かが誰かの名前を呼んでる。
ここが安全だって、まだ誰も信じきれてない。わかるよ、それは。
ユウカさんも、キイさんも、顔を上げられてなかった。
泣くことも忘れて、ただ座り込んでる。
私も……あんまり変わらないかも。
(それと、なんだったかな……あの星の名前……)
思い出した。
ああ、そうだ。
あの惑星の名前は――
こうして私たちは、無責任にも、さまざまな人たちを巻き込んで、
【惑星アポリア】から飛び立っていくのだった。
お疲れ様です。
【惑星アポリア編】の第1章が完結となります。
さて、これからどうなっていくのか。
あまりお願いすることじゃないのですが、この第1章の展開が大好き!って人は高評価や感想、レビューもお待ちしております。
それでは。
星野アリカ




