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9、【実は本当の名前が別にありまして…】

「なるほど……ナツキじゃなくて、ウィズが本当の名前。 記憶障害でここ一ヶ月の記憶がなく、しかも吸血鬼で……600年生きている、と。驚いたな」


「私もですよ。年齢のことなんて、ついさっき知ったばかりで……まだ実感が湧いていません」


「そうかそうか。ウィズ、不安じゃないか? 大丈夫か?」


キイはまったく動揺せず、うんうんと頷きながら私の身の上話を受け止めてくれた。 それだけじゃなく、真っ直ぐ心配までしてくれる。 なんだろう……すごく、嬉しい。惚れそうになるじゃない。


今、私たち3人は街の食堂の個室で食事を囲んでいる。


「不安というより、不便ですね。常識とか世の中のことを丸ごと忘れてしまってるらしくて。何か行動しようにも、どうすればいいかわからなくて……」


「そうだったよね、それが今日のメインだったっけ」


黙々と食事を進めていたユエが、話題が本題に戻ってきたのを察して、ひょいと会話に乗ってきた。 キイはひとつ頷いて、今度は聞き役に回るらしい。


「まず覚えておいてほしいのは、今このテレジア聖王国は“戦争中”ってこと。 城内にいれば安全だけど、外に出れば保障はないわ」


「戦争……中、なんですね」


「そう。私とキイも、いざ要請が出ればすぐにでも戦場へ向かわなきゃならない」


「私は行かないぞ」


「はいはい、キイはいつもそう言うけど、いざという時には行くでしょ。 ただ、私たちは主に山賊の掃討担当で、今のところはツーマンセルで足りてる。戦争にはまず呼ばれないかな」


「戦争中の混乱に紛れて民の財を奪う者がいる。……赦せない」


キイが噛んでいたソーセージを、ぐっとフォークで突き刺す。 その顔ににじむ怒気。心から正義を信じる人なんだと伝わってくる。


「戦争が始まったのって、いつ頃ですか?」


「半年くらい前かしら。前の王が病死して、その娘が女王になってからね。 あまり大っぴらには言えないけど、“悪逆女王”って呼ばれてる。 ワガママに育った結果、命令のほとんどが強引で自己中心的なの。大臣たちも逆らえずに従うばかり」


「……噂レベルだけどね。隣国の第2王女を殺すために、国ごと滅ぼしたって話もある。ただの私怨で」


「私怨で国を……それもう、戦争じゃなくて大規模な虐殺ですよ」


「そうね。真偽はともかく、隣国が滅んだのは事実。 だからこそ、周辺の国々が反旗を翻して、今は“冷戦状態”」


「さすがに連合ができたことで、女王も強引には出られなくなった。大臣たちに説得されて、しばらくは膠着状態だろう」


――1度目の人生で見た戦火が、頭にちらついた。 どこに行っても、戦争は終わらない。 人間がいる限り、争いは止まない。 ……だから、私は人間が嫌いだ。憎くて、たまらない。


「それでいいんですか? 女王に、国全体が振り回されてる」

「普通ならそう言いたいところだけど……それでも国民が逆らえない理由があるのよ」


ユエが、真剣な眼差しで言った。


「“再天啓”って制度が導入されたの。天啓っていうのは本来、一生に一度しか授からない特性の付与。 だけど、一定の成果を上げた者に限って、もう一度チャンスが与えられるって制度。みんなそれが欲しくて堪らないの」


「しかもその再天啓を与えられるのは、王族の血を引く者だけ。つまり今は女王しかいない」


「えぇ……そんなにすごいものなんですか?」


「すごいも何も、前より高位の特性が得られるかもしれないし、何よりその特性は子孫にも引き継がれるの。 個人の力というより、“一族の資産”みたいなものよ」


「レベルアップ、みたいな……」


「れべ……る? なにそれ」


「あ、こっちの世界の……そういう話です」


ユエは首をかしげつつも、特に気にせず話を戻した。


「この半年で、国はすっかり変わっちゃった。王が変わるだけで、こんなにも」


私はうなずきながら、彼女の話を整理する。


「つまり、お二人は山賊退治が主で、戦場に出ることはまずない、ってことですよね」


「そうそう。ただ、納税している国民にしか基本的に出動しない方針になっちゃったのよね。女王の意向で。 戦争費用のために税が跳ね上がった結果、納税できない人が激増して……そういう人は“助けなくていい”とされてるの」


「だから業務量が減って、少人数でいい……だから二人だけで活動してるんですね」


「だが私は、“納税してないから見捨てろ”なんて理屈、認めない」


キイの目はまっすぐだった。 その芯の通った言葉に、ユエは少し呆れ顔で、でも嬉しそうに笑った。


「でも……全ての要請に応じてるって、大変じゃないですか? 人手、明らかに足りてない気がするんですけど……」


「不思議なことにね、私たちなら何とかやれてるの。相性が良いのよ。ね、キイ?」


「うむ。ユエは、私の“足”だ」


「足?」


「ユエの魔術で、私は一瞬で現場に運ばれる。重装備の私は、自力で駆けつけるには向いていない」


「空間と空間を入れ替える魔術。“置換魔術”って言うの。私にしか使えないんだけどね」


ユエが胸を張る。 すごい魔術。私にも……使えたら。


顔に出ていたのか、ユエがニヤッと笑った。


「……あれ? 使ってみたそうな顔してる」


「し、してました……? ちょっとだけです、一回だけ。好奇心だけで」


「でも、そういうのは振り回さないのが一番だ。護身用と割り切った方がいい」


キイの落ち着いた助言に、私は素直にうなずいた。 力は、必要最低限でいい。


「ご飯が終わったら、天啓の祭壇に行こう。特性が分かれば、魔術がどこまで使えるかもわかるかもしれないわ」


「はい……ところで、特性が分かったら、どうやって魔術が使えるようになるんですか?」


「感覚的な話だけど、想像して、願う。空気中には魔術の材料になるものが漂ってるって言われてるの。 それらを束ねる意思、名を“オムニス”――それに意志を投げる、って感じ。根拠は何もないけど、老人の魔術師が深淵を見たって言い始めてから、広まったのよ」


「……なんとなく、わかります」


あたしは真摯に返事をする。2度目の人生の影響で魔術には反応してワクワクしてしまうが、1度目の人生の記憶がそのワクワクに嫌悪する。力があるところには災厄がやってくる。あたしはそう考える。


「ご飯を食べ終わったら、天啓の祭壇に行こうよ。どんな特性を持ってるか、そこで分かるから。それ次第で色々変わってくるしね。 でもウィズ、600年も生きてるなら……もうすごい魔術が使えるんじゃない?」


「……そうかもしれませんね。もし適性が分かったら、そのあとはどうやって魔術を習得していくんですか?」


「うーん、感覚で言うと、想像を広げて、自然に“願う”感じを続けていくことかな。空気中には、水になるもの、燃えるもの、発電するもの……いろんな素が漂ってる。それを認知していけば、幅が広がるよ。それらを束ねる意志――《全能者オムニス》が反応し、念じ続けて魔術に慣れていく。もちろん、科学的な裏付けは全然ないんだけどね。またどこかの魔術師が”これで深淵に近づける!”って言って、これも広まった説なの」


「……なるほど」


実際、水素はあるし、酸素もある。エネルギーを引き起こす要素ならこの世界にもあるのだろう。


でも、どうやってそれを“引き出す”のか、そのトリガーは――“マナ”とか“MP”とか、そういうものがやっぱりあるんだろうか。


「話が脱線しちゃったね。あたしの魔術は“置換魔術”って呼ばれてるの。私とキイは、それを使って瞬時に現場へ行ってるの。で、キイがあとは全部どうにかしてくれる。この子、ほんとすごいんだよ。 盾って、こんなに戦えるんだ!?って毎回びっくりしてる」


「ほめすぎだ。私はユエがいないと動けない。装備が重くて、自分の足だけじゃ身動きもままならない。どんなに力があっても、バランスが悪ければ無意味だ」


「凸凹コンビなんだ、私たち。私には攻撃手段がないし」


「……いいですね。ちゃんと役割が分かれてて、お互いに信頼してて。まさに、運命共同体って感じ」


「ふふ、羨ましいでしょ。あたし、キイと出会えてほんとに良かったって思ってる」


「私もだ、ユエ」


見つめ合って、微笑み合うふたり。

――素直に、いいなって思った。

信頼し合える相棒、手を伸ばせば応えてくれる関係。

あたしには、そういう人が……いたかもしれない。





「_____迷惑じゃなければさ。俺に時間をくれないかな」






1度目の人生で、きっと“相棒”になっていたかもしれない彼。


彼は今、どこにいるのだろう。


この広い銀河のどこかで――まだ、生きているのだろうか。



生きてるなら、また会いたい。必ず会いに行く。


でも……もし会えたとして、私はその先、どうすればいいの?



“会いたい”



その想いは確かにここにあるのに、


それだけがぽつんと残って、そのあとの言葉が浮かんでこなかった。



会って、声を聞いて、笑って、触れて、名前を呼んで――


……その先に、私は何を望むのだろう。



ただ、今はそれがわからなくて。


でも、それでも――会いたい。


それだけは、迷いなく、思う。

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