死を選んだ花嫁編⑤ 花嫁衣装の自決(前編)
ある日、魔女だと名乗る人が言った。
あなたは近い将来、自分の手でその命を絶つことになると。
その時、私はありえない話として笑っていたのだろうか。
それとも、ありえる話だと思って納得していたのだろうか。
今でも思い出せない。
自分の感情なのに。
ただ、あれ以降、私はずっと夢の中を生きていた気がする。
魔女の予知は絶対だ。
もう、私の運命は決まっていたのだろう。
「お前の婚約者となったアルシェリーナ伯爵令嬢だ、ご挨拶を」
「はじめまして、アルシェリーナ。僕はアレッシオレント」
ふわりと笑った彼はそれは美しい人だった。
5才の自分がぽーっと頬を染めるくらいに。
アレッシオレントは私より5才年上の人で、この時にはすでに10才を迎えていた。
背丈もあり、私よりずっと大人に見えた。
何を話したのか何一つ覚えていない。
5才当時の記憶など、そんなものだ。
その後、定期的に彼とは会ったものの、優しくされた記憶も、楽しかった記憶も殆ど無い。
忘れてしまったわけではない。
彼はこの頃からすでに、私を毛嫌いしていたのだ。
大きく関係が変わる事もなく時が過ぎ、私は10才、彼は15才の少年期に入っていた。
貴族の習わしとして、騎士団に所属し身体を鍛え、成長期とあいまって、彼は私が圧倒されるほどのスビートで大人になっていった。
思春期にとっての5才差は大きい。
私はまだ私は10才の子供。
彼と同世代の、デビューを控えた貴族の令嬢たちと比べれば、その差は如実に表れた。
だからといって、彼が浮名を流したことはない。
そのあたりは、とても真面目でまっすぐな人だった。
有力貴族の令息としての矜持も、自身を律する自制心にも優れた人だった。
彼はその後も私を見てはくれなかった。
貴族同士の婚姻にはありがちな政略結婚で、我が家がかなり圧力をかけた結果の婚約でもある。
10才を過ぎると貴族の子女が社交界デビューの前哨戦といっても過言ではないお茶会への参加が増える。
婚約者がいる場合は婚姻後も続く人脈の為、婚約者がいない場合は優良な相手を探すため。
だから、どの家も自分の子供たちを着飾らせ参加させるのだ。
当然、私も彼も園遊会やお茶会に参加する。
その中で彼は群を抜いて美しい人だった。
社交界において「国の薔薇」とも称された母親と、代々、容姿の美しさから数多くの王妃や側妃を送り込んだ侯爵家の父の間に生まれたのがアレッシオレント・バレリアントだった。
はちみつ色の瞳にプラチナブロンド。
同世代の令息たちより頭一つ高い、誰もが一目ぼれをするに値する人物だった。
成長すればするほどに、彼の容姿は人目をひいた。
彼は一足先に16歳で社交界にデビューをした。
すでに社交界では有名で、エスコート役の申込が絶えないらしい。
社交界デビューがまだ先の私には、その世界がとても遠く未知のもので、彼が遠くに行ってしまった寂しさしかなかった。
そのうち、どうしたら彼は私を見てくれるのか、ばかり考えるようになつた。
彼は最低限の挨拶以外の会話をしてくれない。
いつも冷めた表情で私の話を聞き流し、不愉快そうに眉間に眉を寄せるだけ。
ある程度の年齢に達した頃には、私を見る目も冷たくて、「君の事が嫌いだ」と言葉にされなくても、理解が出来るようになった。
でも、言わせてほしい。
伯爵家の令嬢として、物心がつくよりもっと前から厳しい淑女教育をされた。
私は伯爵家に生まれた落ちたその瞬間から、父と一族の希望を一身に背負わされた。
艶やかな黒髪に蒼天色の瞳、白い肌に紅をささなくてもふっくらとした唇。
「将来が約束された」娘だった。
私は母親の手から離され教育係と乳母に託された。
貴族にはよくあることだが、私は特別だ。
将来を約束された娘だったから。
妹が二人生まれても、私は約束された娘のままだった。
それでも、両親の期待に応えられるならと努力した。
厳しい教育の息抜きすら許されなくなり、ほぼ監禁状態になった。
愛情からではない。
期待している娘が失われたら困るからだ。
なぜなら、私は期待された娘で、父親はかなりのお金をかて私を養育したから。
背筋を伸ばせと背中に物差しを入れられ、頭を揺らすなとと書籍を載せられる。
落としたら、太ももをたたかれた。
さすがに肌にこのる傷をつけるのはためらわれたのか、鞭でたたかれることはなかった。
カトラリーの選び方を間違えて、ご飯を抜かれたこともある。
血のにじむ努力をしても、父からは「当然だ」くらいの反応しかなかった。
10才を過ぎるころには私は感情を出すことや、自分を出すことはもうできなかった。
出来なかったじゃない。
わからなくなっていた。
当時、王家には年頃の王子が2人いたので、父は王太子妃や王子妃を狙ったが、2人ともすでにお相手がいた。
そんな父が次に目を付けたのが侯爵家の令息である。
特にアレッシオレントは、国内の貴族がこぞってその正妻の座を娘にと狙っていた。
彼が私を見てくれない。
彼が私に笑ってはくれない。
彼は私に話しかけてはくれない。
彼は私の名前すらもよんでくれない。
それをどんなに伝えても、「お前の努力が足りないからだ」と切り捨てられた。
ある日、父が遠い国から来たという予言の魔女を面白半分で家に連れてきた。
信じていたわけではなく、父としては余興のつもりだったのだ。
彼女曰く魔女と言っても魔法を使えるわけじゃない。
魔法を使えた魔女はすでに、歴史の中に埋もれ、絵本の中に出てくるだけだ。
けれど、魔女は、未来を言い当てることが出来た。
絵本の中ではこの大陸は戦争に明け暮れて、我が国も度重なる戦争と飢饉で、国の焼結の危機にあった。
その危機から国を救うため、国王は古の言い伝えのある魔女過去から召喚することにした。
なんとかしてくれと頼むのだ。
他力本願の何物でもない。
幼い頃は、その絵本の中の魔女に憧れたが、大人になったら、国のトップが他力本願過ぎて笑った。
絵本では、魔女は召喚され、国と大陸には無事に平和が訪れた。と物語は終わる。
だけど、どうやって平和をもたらしたのか肝心の事は何一つ記載されていない。
大人になった私はそれが知りたいのに。
絵本の続きには魔女は過去に帰るとき、人々から引き止められてしまい年を取る。
だけど魔女には待っている人がいるから、もとにの場所に帰るためにも、人々と約束する。
魔女は自分の血を引く分身が生まれてくるよう過去を変えるのだと。
それが「聖女」伝説の始まりだった。
なんと中途半端な話だろうか。
そもそもなんで、魔女が聖女に化けるのか。
魔女と聖女では雲泥の差がある。
それでも、今でも脈々と魔女の伝説は続いていて、聖女祭も続いている。
それなら、聖女は魔女になりえるのね。
聖女のはずの彼女みたいに。