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夢見た令嬢の愚かな幸せ(中編)


 ふふふ、と自然に笑いが込み上げてきた。

 私を下に見て、いつも嘲笑っていた公爵夫人は、あの事件の後、離縁を申し出て一介の騎士の身分として辺境の領地に行った元第二王子を追いかけていったらしい。

 あのお高く留まった彼女だって所詮は「女」だった。


 私は今、とても幸せだ。

 好きだった人は手に入らなかったけれど、一生、私を忘れられない呪縛をかけることができたのだから。



 あの人の正妃になる日を夢見ていた私にもたらされたのは、隣国の第一王女の輿入れだった。

 表向きは友好のため。

 でも、私は知っている。

 その王女があの人の初恋の人であるということを。


 かの第一王女は本来であれば、女王になる予定の人で、輿入れは不可能だった。

 けれど、王女の父である現王が新しく娶った側室が、待望の男子を産んだ。

 なんでも、多産で有名な家柄の娘らしく、その後も数人の子を産んだ。


 そうなると、王女は後継者から外れることになった。

 だが、長く後継者であったため、婚期を逃したのだ。

 事実上、押し付けられた印象の強い婚姻であるが、あの人はそれでも良いと言ったと聞いた。


 その事実は私を何よれも苛立たせた。

 王女が私より美しければ、嫉妬はしない。

 王女が私より年下であるのなら、まだ、許せた。

 だけど、あの人より7歳も年上で、人並み程度の美しさしかない王女が、「王女」というだけで、あの人の隣に立つことが許される。


 人はこうして嫉妬に身を焼かれるのか。


 父は、王女の輿入れが現実化した頃から、私への興味をなくした。

 それもそうだろう。

 娘を王子妃の座につけることを目指していたのに、それが不可能になったのだから。

 なら、側室はどうだろう。

 それは私が嫌だ。

 でも、父に命令されたら私は逆らうことはできない。


 幼いころから絶対服従で育ってきたのだから。



 結婚式はとても美しかった。

 あの人と王女が霞んでしまうくらいに。

 式典の催事一切の取り仕切りを任された、父は王家に嫌がらせをしたのだ。

 そのうえ、王女の国も、国の威信をかけてドレスや調度品を用意したが、かえって王女を追い込んでしまった。


 たくさんのダイヤと真珠の縫い込まれた婚礼衣装は、純白ではなく象牙色。

 薄茶の髪がぼやけ、肌の色と同化してしまった。

 地味な顔つきを変えようとした化粧も、ただの白塗りになっている。

 美しい王子の隣に並ぶべく、おそらく、王女も努力したのだろうが、父の悪意の前では、あがくことすらできていない。


 一瞬だけ、とても気の毒に思ったけれど、それは一瞬だった。

 本来なら、私が美しく装ってその場に居れたかも知れないと思うと、一度は抑え込んだ嫉妬が湧き上がってくる。


 横を見ると、あの公爵夫人は、これでもかというほどに美しく装い笑顔を振りまいている。

 けれど、私は知っているの。


 彼女の瞳は、夫である公爵をすり抜けて、斜め前に座っている一人の男を見つめていること。

 彼女はずっと、この第二王子を敬愛していた。

 熱烈に。


 二人は王家の厳格なルールに従い、二人きりで会うことなく、愛を育んでいたのだ。

 なのに、第二王子は兄である王太子が婚姻した後でなければ婚姻ができない。

 王女は余計なことをしたのだ。

 娘と第二王子の仲をしっていただろうが、彼女の父は、同じ公爵家の跡取りとの婚姻を整えた。


 貴族の娘の矜持を唱えて、婚姻したところで、恋心を封印なんてできない。

 だから、私は初めて、令嬢を嘲笑うことができた。

 愛のない結婚は楽しいのかしら。

 自分以外を愛する男に嫁ぐのは、どんな気分かしらと。


 彼女が婚姻した公爵は若くして爵位をつぎ、王太子の側近を務める逸材だが、とても堅物で有名だ。

 そして、とても嫉妬深いと聞く。

 なにより、公爵には別に愛する女性がいるのだが、公爵邸の侍女をしており、平民で身分がないそうだ。

 そして、実は、公爵の閨の担当だったという噂だ。


 貴族の男子の閨指導は大抵、2度行われる。

 1度目は手慣れた未亡人が、あれこれ導き教える。

 2度目は純潔の乙女に、あれこれを行うのだ。


 純潔の乙女は大抵平民から選ばれ、お手付きと呼ばれる。

 時には、傍女として一生を終える者や、良縁を紹介される場合もある。

 そして極まれに、愛されてしまう者もいる。


 つい先日、私は彼女が公爵と不仲であることを聞いた。

 あけすけなご婦人たちの会話を偶然、聞いてしまったのだ。

 男が集まれば、色恋の話になるが、女も同じだ。

 そして、女のほうがあけすけだ。


「公爵様はお手付きに入れあげてしまって、ご婦人とは初夜もなかったとか」

「あの方、堅物ですものねぇ。純潔の乙女にはまってしまったのね」

「まあ、よほどよいものをお持ちなのかしら。はまったままだなんて」

「いわだわぁ、あからさまでしてよ」

「我が家の息子も選ぶ相手は気を付けないと…」


 その話を聞いて、私は彼女にほんの少し同情した。

 貴族の娘として、名門に嫁いだのに、夫は別の女に夢中で初夜すらない。

 けれど、表面上は夫婦として、夜会などに参加する。


 ああ、そうか。

 だから彼女は私をやっかんでいたのか。

 だけど、その私も王子妃候補から外れたから、敵視しなくなったのね。

 私には、もう、虚しさしか感じなかった。


 美しい結婚式も、その後に行われた舞踏会も私には葬式。

 恋焦がれたあの人が私の人生から立ち去る儀式だもの。




 あれから。



 かれこれ、彼の結婚式から1年が過ぎた。

 彼と王女の仲は良好で、睦まじいと聞く。

 ただ、いまだ懐妊の知らせがなく、

 側近たちも30に差し掛かった王子妃に不安を感じているらしい。


 らしいというのは、父から聞いたからだ。

 私はあれから1年が過ぎても、邸から出ることはない。

 夜会も舞踏会も「体調不良」で欠席した。

 最初のうち、父は、私のできる精一杯の抵抗だと思っていて、ここぞとばかりに王子に対して「娘はショックでふせっている」とチクリとやっていた。


 だが、それも半年が過ぎると、父は娘のことをどうするかを悩み始めた。

 王太妃になれる道が閉ざされたのだから、別の輿入れ先を探さなければならない。

 隣国や周辺国にまで手を伸ばして、輿入れ先を探している。


 そんな矢先、

 王家から、第二王子の正妃にと打診が来た。






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